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名球会コラム しごとの風景 - 職業としての野球

第29回 米田哲也 現役選手にとって過去の実績は常に「ゼロ」

―阪急ブレーブス(現オリックスブルーウェーブ)は昭和31年、超高校級といわれた鳥取・境高校のエース・米田哲也氏の獲得に成功。シーズン開幕早々から公式戦のマウンドに送りだした。


阪急から誘われたときに、最初「バッターせんか」という話があったんですよ。当時の阪急は打撃が弱いチームだったから、どちらかというと僕をバッターとして育てたかったんじゃないですか。だけど、バッターで入団したらピッチャーにはなれない。その逆に、ピッチャーだったら打つほうもできる。だから、採ってくれるんなら投げるほうでって頼んで、結局、ピッチャーとして阪急に入団したんですね。
春のキャンプを過ぎてもずっと1軍のメンバーに残って、それで開幕早々の高橋ユニオンズ戦に先発ピッチャーとして初登板した。そりゃ最初はプレッシャーありましたよ。甲子園の大舞台を踏んでいるわけでもないし、ちょっと前まではただの田舎の高校生ですからね。
だからキャッチャーが構えたミットをめがけてどんどん投げていくというピッチングですね。タイミングとか球種というのは全部、キャッチャーが組み立ててくれる。それに従って4回と3分の2まで何とか相手を0点に抑えて、あと1人アウトにすれば勝利投手の権利が発生すると、そういう場面までもってきたときに突然、監督がマウンドに上がってきて「降板しろ、先輩に代われ」と。
当時は、ルーキーには勝ち星を与えるなと、そういう考え方がある時代だったですね。ルーキーが簡単に勝ち投手になると天狗になる、先輩をないがしろにする、だから最初からあまり勝たせるなと、そういう変な秩序意識がまだ残っていた時代なんですよ。
やっぱり悔しかったですよね。それで次の先発試合、なおさら頑張って、2打席目には僕自身、満塁ホームランを打ちましてね、結局その試合、13対3で完投勝ちしたんです。それ以来ですね、先輩たちの僕に対する見方が変わってきたというか、それまでの「この小僧っ子が」という感じから、仲間扱いというかね、そういう温かい感じに周囲の態度が少しずつ変わっていったんです。


―1年目に9勝、2年目に21勝の勝ち星をあげた米田氏は一躍、ブレーブスのエース格となり、以降、ヨネ・カジ・コンビと呼ばれた左腕の梶本隆夫氏とともに、ブレーブス投手陣を支える中心選手として長く活躍をつづけていく。


僕は2年目から19年連続で二桁勝利という日本記録をつくったんですが、そうやって長く一線級で活躍できたのは、やっぱり気持ちの問題というのが大きかったですね。たとえば、夏場は暑いに決まっている。ですが、自分では絶対に「暑い」って口に出さないって決めていましたね。暑いといっただけで気分が沈むし、気持ちが萎える。そうなったら絶対にバッターには勝てないんですよ。だから、どんなに暑い日でも「暑くない、絶対に暑くない」って自分に言い聞かせながらマウンドに上がっていきましたね。やっぱり気持ちなんです、勝負の最後の分かれ目というのはね。
それから「盗む」ということも、よくしましたね。たとえば、僕より速い球を投げる先輩がいる。そうすると、その先輩の投球フォームをひたすら観察するんです。そしてポイントがわかると、そのフォームを真似て投げてみる。で、自分にとって得るものがあれば、それを徹底的に練習して自分のものにしていくんです。たとえば、僕は入団10年目ことから次の武器が必要だと思って、フォークボールの練習をはじめたんですが、それを自分のイメージどおりに操れるようになるまでは、やっぱり4年の歳月がかかりましたね。
あと自分の身近なところにライバルを設定して、その人を意識しながら練習するということも大事ですね。たとえば、僕の場合は梶本隆夫さんていう、絶大なライバルが隣にいましたから、その面では非常に幸運だった。梶本さんがあれだけ走るなら自分はそれ以上走ってやろうとか、梶本さんが投げ込みで200球投げたなら自分は220球投げてやるとか、そういう励みになる存在が近くにいたことも、僕の野球人生を振り返ってみれば、非常に大きなプラスだったですね。
現役選手の実績というのは常に「ゼロ」なんです。試合でピンチに陥ったときに、過去の実績が自分を助けてくれるかといったら、まったくそうじゃない。自分を救ってくれるのは「負けてたまるか」という気持ちと、それから日々の練習で身につけてきた技術力だけですよ。だから絶対に過去の実績を振り返らない、自分の技術力に満足しない、そういう姿勢が必要なんですね。それがなくなって過去を振り返りはじめたら、それは現役引退のシグナルなんですよ。


財団法人 産業雇用安定センター刊「かけはし」
2002年5月号より抜粋

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