日本プロ野球名球会 ＞ 名球会コラム ＞ 第９回 平松政次
―昭和４０年春の選抜高校野球大会で４試合連続完封勝利という球史に残る記録をつくった平松政次氏は、この年の第１回ドラフト会議で中日ドラゴンズから４位指名を受けたものの、社会人野球を希望して日本石油に入社した。
やっぱり巨人に行きたかったんですね。子どものころから巨人の大ファンで、プロでやるんだったら巨人だと。だからドラゴンズが指名してくれたのは嬉しかったんですが、巨人の指名でなければ社会人へ行こうと、そう心に決めていたんです。
まあ一種の待ちです。でも、社会人で力をつけてからと、そういう気持ちがあったのも確かでしたね。社会人でダメだったらプロでもダメだと。ここで頑張って力をつけて、改めて巨人からの指名を待ちたいと思ったわけですよ。
で、日本石油に入社して２年目、４２年のシーズンはチームも僕も調子がよくて都市対抗への出場を決めた。そして準々決勝、準決勝へと駒を進めていったときに、巨人のスカウトの方が会いに来て、ドラフトで１位指名したいという話を持ってきたんです。チームの仲間は都市対抗での優勝を目指して頑張っているわけだし、僕一人だけ早々とね、プロ入りを決めてしまうというのも申し訳なくて、もう断り続けたんです。
ところが、スカウトの方も仕事ですから毎日毎日電話をかけてくる。根負けしましてね、OKの返事を出したんです。僕もプロなら絶対巨人だと思っていたし、そうすればスカウトの方の面子も立つと思ったんです。
で、都市対抗は無事優勝して、あとはドラフト会議だけ。ワクワクしながら待っていたんですが、蓋を開けてみたら「君を絶対１位指名する」といっていた巨人は全然違う選手を１位指名して、僕との交渉権は、２位指名をした大洋の手に落ちてしまったんです。もちろん、巨人に対して特別な感情は残りましたよ。でも、その気持ちがあったからこそ、逆に僕はプロの世界で生き残れたとも思っているんです。
―大洋ホエールズのエースピッチャーとなった平松氏は、150km台のストレート、そして右バッターの胸元に切れ込んでいくカミソリシュートを武器に、V９時代の全盛・巨人軍に立ちはだかった。
やっぱり巨人戦に勝たないと、名前が全国に知られないんですよ。甲子園で優勝したピッチャー、都市対抗で優勝したピッチャーというだけではダメで、巨人打線、とくに長嶋さん、王さんを三振に切って取って、完封で巨人を負かすと。そういうピッチャーじゃないと「さすが平松」っていってもらえないんです。巨人戦はテレビで全国放送されるし、翌日はスポーツ新聞の一面でしょ。やっぱり全国の人に平松っていうピッチャーを知ってもらうためには、巨人戦に勝つしかないんですよ。
巨人戦のときは、３日ぐらい前から気持ちがグーッと締まってくる。身体も神経もピリピリしてきて、試合前日となると、もうほとんど眠れなくなるんです。もちろんベッドには入りますよ。でも、１番バッターはこう攻める、２番バッターはこのボールで三振に取る、３番の長嶋さんはこう、４番の王さんはこの組み立てで行こうって考えていくうちに、だいたい夜が明けてきちゃうんですね。でも、神経が集中して眠れないぐらいのほうが、結果的には成績がいいんです。
４５年のシーズン、巨人がV６を達成した年ですが、この年は対巨人戦で３３イニング無失点、３試合連続完封勝利という記録をつくっているんです。もう最後のバッターを三振にとって完封勝利をもぎとったときなんか、「どうだッ」てマウンド上で叫んでいましたね。若かったですから天下をとったような気分で、本当に野球をやっててよかったって心の底から思いました。
―平松氏は別名「ガラスのエース」と評されたように、右肩の故障に悩まされつづけたピッチャーでもあった。
どんどん投げていると突然、ある１球でバシッて右肩の筋肉が切れちゃうんですよ。そうなると右手は上がらないし、箸も持てない状態になっちゃうんです。だいたい１ヶ月ほどで回復するんですが、それを繰り返すたびにストレートのスピードが落ちていって、４８年ごろには目一杯投げて１４０キロぐらいのストレートしか投げられなくなったんです。
そうなるとボールの緩急とか内外のコントロールで、打者のタイミングを外して討ち取っていくと、そういうピッチングになっていかざるをえないんです。５４年のシーズンに最優秀防御率のタイトルを取ったんですが、そういう組み立て主体のピッチングのほうが成績がいい場合もある。ただ、自分自身はさみしいですね。ずっとストレートで三振を取ってきたピッチャーが、変化球で三振を取る。これはね、本当にさみしいことなんです。
全盛期の伸びのあるストレートのイメージがずっと頭のなかに残っていて、それと現実との乖離が、自分自身を苦しめるんですよ。いまでも思いますよ、もし肩を壊さなかったら僕はもっと勝てていた、もっと凄いピッチャーになっていたって。
財団法人 産業雇用安定センター刊「かけはし」
２０００年９月号より抜粋
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