Bランチを初めて食してから約2週間後の土曜日、まだ明るい6時半前に再び店の前に立った。そのとき私の脇を抜けるように数人の客が店のドアを開け中に入った。何となく危機感を感じた私は急いで中に入った。その危機感は当たらずとは言えども遠からずで、すでにテーブル席はすべて埋まっていた。空いているかと期待したテーブルは予約済みだった。
仕方がない。私はカウンター席を利用することにした。
座ってみると今回はスピーカーの音が適度に調整されている。でもその代わり、客の一人が連れてきた赤ん坊の泣き声がけたたましい。それでも意外にその泣き声は不快ではなかった。近頃の子育ては大変だと知らされているからかも知れない。店も他の客も聞こえない振りをしてくれていた。
ウェイトレスがドリンクメニューを持ってきてくれたがアルコールには手を付けないことにした。ほろ酔い気分でいるわけにはいかない。アルコールは味覚を鈍らせる。シェフの料理を見逃さないためにも、頼りない自分の味覚を鋭くしておく必要がある。シェフが本気ならこっちだって真剣に料理に向き合う必要がある。
Bランチの4倍の価格(¥3800)に設定されたディナーのBコースに挑戦することにした。前菜に選んだのはトビウオの焼き料理。毎年春がくると黒潮に乗って日本近海にやってくるトビウオは、ぶつ切りにして海水を入れた大釜に投げ込み、ただ煮込んだだけでも旨い。開きを焼いても旨い。そんなトビウオをフランス料理ではどう焼いて見せようというのだろうか。
料理が運ばれてきた。焼き魚の香ばしさを保ちながらも魚の生臭さが見事に消えている。もちろん骨は一本残らずきれいに抜かれている。骨をのどに引っかけるとやっかいだ。ピンセットで骨を抜く姿が頭に浮かんだ。
前菜の後はじゃがいもの冷たいスープ。そしてハーブが効いたパン、オマールエビ、口直しのデザート、肉料理、デザート、コーヒーと続いた。デザートはアイスクリームが冷たく甘く、ハーブの匂いが鼻全体を包み幸せな気分にしてくれた。店を出たのは9時過ぎだった。つまり店の中で3時間近くを過ごしたことになる。
食事が終わったときランチの時と同じようにシェフが話しかけてきた。料理を出すのに時間がかかりすぎたことを詫びながら次は人手を増やすつもりだという。この店がフリーペーパーに紹介されたらしい。若いシェフは今回も熱っぽく語っていた。もしかしたらここは有名な店になってしまうのかも知れない。
若きシェフのたくらみは今のところ順調のようだ。
-2005/7/31
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