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SMAPヒット曲見出し=佐々木宏之(東京情報編成総センター)

SMAPの曲の見出しを並べ、大きな反響があった14日付朝刊スポーツ面=内藤絵美撮影

血が通う紙面の大切さ

 目を疑った。驚き、そして胸が熱くなった。

 手にしたスマホ画面。前夜の勤務でレイアウトした紙面(東京・中部・北海道本支社発行)、そして数々の見出しの画像が、たくさんの方々によって多様なネット媒体を通じて拡散され、無数に流れていく。こんなことは約15年間の編集記者生活で初めてだ。

 アイドルグループSMAPの解散問題が初めて報じられた13日。私は14日付朝刊スポーツ面の編集責任者だった。私は44歳。見開きの右面担当の塩崎崇記者は42歳。2人とも熱狂的ファンでもない。しかし、ほぼ同世代(SMAPメンバーは43〜38歳)のスターとして敬愛し、親しみを抱いてきた。カラオケに行けばよく歌う曲がある。「解散か?」。衝撃は大きかった。

 そんな思いを紙面に込めたい。スポーツ記事の見出しにヒット曲の題名をちりばめれば、ファンに限らず多くの読者が共感を覚えてくれるのでは。塩崎記者がシングル一覧を用意し、2人で記事に合う見出しを選んでいった。「記事内容とかけ離れず」「なるべく、よく知られた曲に」と注意して作業を進めた。

 プロ野球西武ライオンズ・秋山翔吾選手の自主トレの話題には「らいおんハート」。他にも「KANSHAして」「俺たちに明日はある」……。この日のトップ記事はサッカーU23(23歳以下)日本代表戦。青色が象徴だ。「電光石火のゴールが決まれば『青いイナズマ』だな」。願いが通じたか、開始5分の得点で勝利。最終版は「青いイナズマ 白星発進」と大見出しを張り、8曲目(途中の版では最大9曲)となる最後のピースがはまった。

 反響は、私の予想をはるかに超えた。ネット空間だけでなく、「涙があふれた」「愛ある紙面だ」といった、多くは好意的な声が本社に寄せられ、紙面をなんとか入手したいという問い合わせも含めて100件以上に及んだ。

解散騒動に衝撃、変化球的な編集

 小学4年からSMAPファンという北海道当別町の大学生、北村吏紗子(りさこ)さん(19)はネットで紙面を見て「うれしかった。動揺が少し収まった」という。新聞は購読していないが、「祖父母の家が毎日新聞なので取り置いてもらった。新聞のファンになりました」。

 時事ネタを見出しにちりばめる手法は新しいものではない。本紙は過去にも、ヒット曲に限らず文学作品や映画の題名などをあしらっている。ただ、編集記者の基本的な三つの役割に照らせば「変化球」だという点は強調したい。三つとは(1)ニュースの価値を見極め、掲載面や扱いの大小を判断する(2)的確で分かりやすい見出しをつける(3)記事・写真・図版を読みやすくレイアウトする−−ことだ。

 スポーツ面編集の場合、最も大切なのは、競技の結果・経過、競技者の思いを正しく伝えること。記事や写真の前に編集記者が立ちはだかり主張しすぎて、素材の良さが失われることはある。SMAP見出しを優先し、「記事内容を正確に伝えるための情報量を損ねている」という批判も頂いたが、当然の指摘だ。

ネット相乗効果、「拡散力」を実感

 それでも、これを機とみて試みたのは、解散問題が国民的関心事という確信があったためだ。だからこそ私たちも大きな関心を持って見つめているというメッセージを曲名に託した。多くの読者の脳裏にメロディーが浮かぶはず。実際、「(私は)ファンでないのに、紙面を見てこれだけ曲名が分かるってすごい」というネット上の反応を見た。SMAPがいかに世代を超えて愛されているか、紙面への予想以上の評価で痛感した。

 新聞は「日々作る歴史書」と言われる。後世、時代の息吹を感じられる紙面にしたいと私は意識している。また、報道機関である以上、冷静で客観的であることは当然重要だが、人間らしい「怒り、驚き、悲しみ、笑い」といった感情も大事にしていたい。

 作り手の血を通わせ、私たちの紙面らしさを出すことが大切だ。そして、一人でも多く「新聞って悪くない」「読んでみようか」と思っていただければと願う。

 もう一つ見過ごせないのが「拡散力」。紙面に曲名をちりばめるインパクトは、新聞のサイズとレイアウトという特性があってこそだ。しかしネット空間で拡散し共感が広がることは、一昔前には考えられなかった。新聞とネットの相乗効果と言えるだろう。

 SMAPは18日のテレビ生出演で「存続方針」を表明した。SMAP見出しに対する反響は私たちに何を残したのか。若い世代を中心に新聞離れが進み、紙面のあり方が問われる中、新聞編集が社会に果たす可能性を再認識する機会となった。

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