パチンコ日報

ニュースにならないニュースの宝庫

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業界はホスピタリー精神を看護士さんから学べ

2013-07-11 05:48:55 | トミナガ
病院の待合室で
◆看護婦さんが監禁される!?◆

患者さんは82〜83歳(会社経営者)、
看護婦さん25〜26歳(新人のようだ)

●看護婦さん
ね〜佐藤さんの別荘へ連れて行ってください〜〜

●患者さん
お〜そうか。ウチ(別荘)にきたら、あなたは監禁されるで〜

●看護婦さん
ええ〜カンキン???

看護婦さんは、患者さんのジョークが分からないみたいだ。

それもそうだ。

年の差50もあって、まさか、この人に拉致されるとは思ってもいないだろう。

でも、この新人看護婦さんのニコッと笑顔が素敵である。

一瞬、自分のおじいちゃんを思い浮かべたのだろうか。

とても元気な患者さんや。

なんで、病院にいるんやろう?

こんな老紳士でユーモアいっぱいの患者さんに出会う時は、看護婦さんも張りつめていた神経も和らぐのではないかな。

看護婦さんの“監禁”が解ける時って、わりとこんな瞬間なのかも。

ツクリ笑顔でさえも、つくることがギコチナイのが、パチンコ屋さんの笑顔である。

賭けごとだから、もっと柔和な笑顔がほしいのに・・・

儀礼的な礼に、義務的な笑顔。

まだまだ下手くそな接客、低レベルなマナーが平然として横行しているのはなぜ?

業界もかつてない厳しい折に変われないのはなぜか・・・

顔で嘘をついているような愛そう笑いがほどけた時が、稼働が上がる時ではないかと思う。

あの天下のマルハンでさえ、最近よく目につくのは、顔にただ、笑顔が貼りついているような病的感を感じる時さえある。

お客さんのための笑顔が自己満足の笑顔になってはいないか。

ホスピタリー精神の最先端の医療の現場のなかで、患者目線で昼夜密着している看護婦さんから学ぶべきことは多い。

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在日を生きる =町内会と共生する思い=

2013-05-05 05:56:07 | トミナガ
町内会の重臣から、
ゴルフコンペの参加について説明を受けた。
熱心だ。
とにかく催しモノには格別な熱心さを感じる。
彼らには朝鮮人だからという
ワダカマリもヘダタリもない。

思い起せば、わたしの幼い頃は
差別と偏見、蔑視の傷跡を負った時代といえる。
にんにく臭いといって、いつも遊び仲間の
遠くに追いやられていた。

いまのニュース沙汰になるようなイジメに
比べようにもならん次元の残虐さを感じている。

八百屋さんに大根の葉っぱをもらって帰る道で
大勢に待ち伏せされて道をふさがれた。
朝鮮人は可哀そうとヤジられて、
股の下を潜って行けと言うので・・・
その時、足で蹴っ飛ばされた。
葉っぱは散らばって、
泣きながら拾い集めた記憶は
今も生々しい記憶として残っている。
(大根の葉っぱのキムチは独特の歯触りで風味も格別、
いまは、日本のひとが好んで食べている)

家に帰って、悲しむオモニの顔を見るのが辛くて、
何度もひとり悔し涙をのんだ。
これが差別に反抗して向き合い始めた
キッカケのような気がしている。

幼い頃にあった民族差別の
数々の傷跡は今になっても・・・
やり場のない哀しい記憶として、
脳裏に刻まれている。
差別に目覚め、
階級意識を開花させていったのも、この時だ。

ふと、そんなことがよみがえるのは、
町内の日本の人々が優しいからである。
優しさの和みの、反動なのかカラダの硬さがほぐれそう。
今日も家の真向かいに誇らしげに咲く、
「さつき」の花が話題になった。
ツツジよりも1カ月ほど、遅く咲くので、
サツキの名がついたと言われるが
ツツジを待たずに大きな花びらを
満開にさせたので近所の話題になっている。

「今年こそ、夏祭りに参加したいんですけど、
どうしたらいいんですか」」と提案して見た。
花見だ、食事会だ、葬式だ、旅行だの・・・
昔から町内とのおつき合いには、格別な注意をはらってきた。

各地転々としながらも、
日本の人のなかでも生き甲斐を感じられるように・・・
大阪に住んでからは、
差別や違和感もなく、すごせたのは・・・・・
民族がひしめく日本唯つの在日的大都会のセイだったのだろうか。

たまに、近所の井戸端会議に、すり寄った時には、
在日として民族を生きる宿命のようなものが切迫してくる。
在日として、「共存して生きる」ことを思い知らされる。

折り入って、
身の上話を打ち明けることもある。
むしろ在日には言えない事柄も
民族を超越した・・・
人間的信頼関係からしてか・・・

朝日親善とか日朝友好とか、
どっちが主催で
どっちが主導じゃなくて、
共に助け合い生きることを前提に・・・
お互いに尊重しあうことを理解しながら・・

北とか南との政治対決に影響されることもなく、
総連とか民団の投げやり的な主義の主張にも左右されない。
日本のなかで在日が共存して民族を生きるには、
それらの利害関係に影響されることなく、
独創的ものが体制づくりにあるべきだと
切に願わざるをえない。

激変する半島情勢と日本の狭間で
生きる在日の葛藤や矛盾、限界がいりまざっている。
模索するにも、あまりに遅すぎた・・・



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トミナガハネモノ塾その3…ハネモノは耕す畑のようなもの

2013-04-15 06:12:35 | トミナガ
ハネモノの客層は耕すモノ

遊び感覚とは、遊んだと感じる、満足感に浸ることである。

春夏秋冬の季節とともに、種まきから始めて苗に、苗から枝から実を結んで育っていく。

水をやり過ぎても根っこを枯らしてしまい、土が乾いたら水をやる。喉を枯らして辛そうな時に放水すると喜んで花びらまで届いて、やがてパッと花が咲く・・・ハネモノ客の特性も耕す畑のような存在価値があるモノである。

だからゆっくりと遊べる憩いの空間があればどんなに喜ぶであろうか。

一発逆転でもなければ、大量出玉でもない。

賭けた投資で倍以上の勝利感をたしなむことができる。

ゆっくり、じっくりと時間をかけて遊ぶ客層であることは言うまでもない。

地域は近く、いつも自転車か歩きでいい時も悪い時もコツコツと訪ねてくれる。

お年寄りご年配が多くて多店舗に浮気もしない。

いい噂も、悪い噂も、誰よりも先に届く。だから、いつも間にかこの人たちは広告塔の役割もしている尊い存在でもある。

耕して、耕して、水をあげ、肥しをあげて、末長くお付き合いをさせていただく、貴重な客層である。だから、心から耕すことである。

だから、ハネモノ客層には「お客さまと呼ぶ癖」をつけることをお勧めしたい。

35年も経った今でも脳裏に焼きついて離れません。

大阪の郊外のある店の店長時代、釘師ではなく役物師にであった。ハネモノで、ミラクルボールのVの手前をセルで浮き上がらせて、「店長、こうするんだ」と、自慢げに語っていたことが忘れられません。

これが釘師ではなく、役物師に出会った最初でありました。

「ナンデせんのや?みんなやってるやん〜」

それからは、アタマとウデとハートで勝ち取ることで無我夢中に釘技術に拍車がかかりました。

反面教師です。

ハカマのオトシを風車だけでアケシメ

1.生命釘をさわらず、風車でアケシメ

正月とお盆期間を除外した年間を風車だけでアケシメを行った。

通常のアケシメよりダントツな稼働を示した。

もちろん利益もついてきます。ここには釘と玉の流れの読みにならず、誰でもできる原理がある。

自店の稼働の手づくりが、もっとも効く手段が風車だけのアケシメです。

紙面上では説明しにくいものですが、ひと言でいうと下記の通りになります。

風車の核を中心に東西南北の方向をタテに横に線引きして考えると、風車の曲げ具合で大きく分類すると4方向に別れ玉の流れも、当然、曲げた反対方向に展開していくわけです。

この前提はオトシの生命釘は大きくアケてそのままです。

説明にも限りがありますので、この辺にしますが、何度もくどいようですが「釘調整は玉の流れ調整」だということです。

ストレートのゲージと玉の流れ 風車と生命釘の関連性

(風車をそれぞれ東西南北の方向に曲げて、調整をした時の入賞順)



上記の原理は誰でも知っていますが、その原理をシステム化している人は少ない。

システム化というのは最低限、機種別、日別、曜日別に振り分けて実用化して見ることです。

そして、東西南北方向の風車調整を細分化して、これらを実践的に応用して見ることで調整の妙味が加減して行けると言うことです。


例えば、下図のように現実の釘と玉の流れ関係においては、東西南北の調整では無理があることを、体験している。したがって、通常の営業で導入する時には、東北、東南、西北、西南に向けた調整の合体と応用ということになる。



いうまでもなく、紙面上では説明に限界がありますしかし、やって見ることに効果が実感できるので、是非お試しいただきたい。



最後に

■いつもペーですわ・・・と。

自店ではどのような役割として登場させたいのかと聞きますと、よくありがちな答に「ウチは赤字で、トントンで、何も儲かっていません」

「稼働があって見栄えがすればいい」と聞きますが・・・

ぺーで行けるならば最高のおもてなし。もちろん平均値ではある。たまに耳を疑うときがある。

今日もペーですわ。

いつもペーですわ・・・と。

これじゃ客数が増える訳がない。

なんだか、本気が伝わってこない。

こんな時に、先人は「割数のメリハリ」とは、よく言ったもんだと感心している。現場とお客さま視点を直視した名言とさえ思える時がある。

■ハネモノは人生の生き様

誰にもそれぞれの人生があるようにパチンコフアンにも人生がある。

ハネモノに生きる。ハネモノと共に生きた元店長とは、ハネモノでも盛り上がった。東京で8時間にも及ぶパチンコ談義をしました。特にハネモノには格段の熱情でした。

わたしの人生はパチンコを抜きにして語ることはできません。

まだ、オールチューリップが繁栄していた時代(35年前)に、「主人の供養にパチンコしている」という、人に運命的な出会いをした。

楽しくてパチンコするのではなく、悲しくて、苦しいからするのだと目撃したのが業界における「お客さま視点」の出発点と言える。

「今日は主人の供養にパチンコしています」

あれから30数年の年が過ぎた。今でもその頃の衝撃的な出会いが脳裏をかすめる。

ハネモノに無我夢中の主人に反抗して、当時店長であったわたしに「主人のパチンコをどうにかやめさせてください」と強く嘆願されたのであります。

複雑でした。あれから1カ月半ほどたったある日に、どこかで見かけた人がひょっこりパチンコをしているではありませんか。

あの時の奥さんでした。あれほど反対した奥さんが何でパチンコを眼を疑いました。

「奥さん、今日はご主人は!?・・・」

「店長さん!あれから間もなくして主人はなくなりました。癌で・・・」

胸が詰まりました。

こんなドラマがあるんですか。

そして奥さんは「あんなに好きだったパチンコを何で反対したんでしょうね。今日は主人の供養にパチンコしています・・・」と。

泣けました・・・

そこに、いるのが最も庶民であると気づいたときには熱くなる胸を押さえきることができませんでした。

それからは悲しくて、淋しくてパチンコしている人の姿に出会った時には胸がギュッとつまる思いがするのです。庶民の娯楽にはパチンコと人生の生き様があるのです。

最後まで、ありがとうございました。




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トミナガハネモノ塾その2…ハネモノの釘論的錯誤と限界

2013-04-12 05:38:06 | トミナガ

釘論的な解釈と初心


釘と技術というような嫌悪感がハネモノの導入を拒んでいる、もうひとつの要素のような気もする。

しかし、ハネモノの調整は、原理原則の釘論の理解にほかならない。

「経験の年数ではなく釘原理の解釈」の度合いではないだろうかと思います。これが30年を釘経験にたずさわってきた、今でも貴重な教訓になっています。

はじめて、ハネモノの釘を経験した店舗で異様な稼働に驚嘆して、即座にもう一列増設を主張した兵庫県の経営者。

マルハンとダイナムなどを近隣に対峙させながら独自化を実現するための手立てとして現状の2列を4列までに増台して、ハネモノでは地域一番の特徴を占有した青森のある店舗。

傾斜と釘の関連性に苦慮した静岡の某店舗とテレコの配列の調整の混乱を突破して高稼働を実現した福井県の店舗も、釘経験は初心者でありました。

問題なのは釘の初心者ではなく、むしろ釘経験にアグラをかいた新鮮な目線の喪失感です。

ゲージ構成別の玉の流れに執着した結果、集客に成功した和歌山では、「あまりに、できない自分が腹立たしくて・・・」釘研究会でハンマーを投げてきた、ヤツもいた。

その彼も、関西地区で店長をしながらハネモノに格別なチカラを注いでいるひとりである。

釘と玉の流れの原理

玉は釘に支えられ、釘は玉の流れとともに生きている。

ところが通常は生命釘=スタート的な認識が殆どで、数値結果に依存するところが大半であります。

どのように鳴いているのか、鳴かせるかなどの関心は二の次となることが多い。

でも、ここでもっとも大事なことは、結果はプロセスの一部に過ぎないということです。

釘と玉の流れの関係を制することがハネモノを制すると言っても過言ではありません。

ハネモノの釘調整は「玉の流れ調整」なのです。

そこには原理があり、原則があるのです。

いわゆる、玉のながれがどの道をどのように通って、命へ、またはハネに、Vに到達したかということです。

何回鳴いたとか、何回開いたとかは、釘と玉の流れによる結果の一部に過ぎません。

ハネモノのお客さまの目線は、鳴けばいい、入ればいいと言うだけでは長続きしません。

ハネモノの醍醐味は釘と玉の流れによって、味付の仕方が違ってきます。コクがあるけどキレがあるという、どこかのコマーシャルが如く、単なる入賞ではそれが捻出できないということなのです。

また、ラーメン例になりますが麺と具に絡む接着剤的要素でもある、骨のゼラチンなどが溶け出し、濁ったスープのようなのが欲しい訳です。



上記に記されているのは、ある店舗の入替1日目のゲージ指示です。

この一般的な調整釘の例に過ぎないことが、あと後まで生命釘のアケシメの繰り返しで終始していくのが現状であるということに、憂慮をしないではおられません。

この図には釘と玉のナガレの関係が表示されていないからです。

上記、これが入賞における一般的営業としても、A+B+Cを絡めて応用して見ると持ち味はかなり変化して見えてくる。

さらに風車とハカマ上の2本釘とハカマと落とし釘を連動して見たストレート部分までの、玉の流れを相好関連させて見ると主要な釘と玉の流れが浮き彫りになって単純にハカマと生命釘との関係では見れない、その割合とかも理解することが可能になってきますね。

さて、キリがありませんので、この辺にしておきますが次にもっとも最重要な「玉のナガレの構造」についてふれて見たいと思います。

飛び込み口の釘と玉のナガレ



ある飛び込み口に辿るもう一つの例をみて何を考えますか。

なんだ、こんなもの知ってると単純に見るのも結構ですが、こんなにも流れがあることを再認識してもらいたいのです。

そして、飛び込みへの優先的流れと入賞口への到達範囲は様々でありるということです。

従って、何回鳴いてを数値結果だけで見るのは、持ち味を軽視した安易な調整になりがちであります。

「釘と玉の流れをつくる!」これが、ハネモノ調整の生命線です。

そのためには、「玉のナガレの構造」を理解し、これに終始一貫させることで「自分の釘」が創造できることだと思います。

その自分の釘が自分のお客様をつくる手段として、しっかりと起因して行くでしょう。

ヨリの考え〜ビッグシュータの調整苦悩

先達て大阪のある店舗に行きましたが、ハネモノ稼働は群を抜いていて、お客さまの視線はまさに玉の流れを注視していました。

平日でもピーク時には100%稼働が普通で珍しくもなくなっている。

しかし、これが業界筋からは異常と見えるらしいのです。

通常であるこの店にも、なんと異常が発生していたのです。

それはビッグシュータでした。

ビッグシュータのストレートの生命釘を目いっぱいアケて、ハカマも目いっぱい開けているヤリカタなのです。

これは何かと気になって遠目で見てはいたものの、トキオで上機嫌なのをふり切って負けを覚悟して打ち続けてしまったのです。

同じ換金率でもこのような傾向が見られているのは目新しいことではありませんが客付きは散々なものでした。

着席したかと思うと、5分から10分もして、離れるのです。

とにかく、鳴きます!入りませんVには!これが延々と続く間に、前に当たった玉を訳なく突っ込んでしまうという、客心理を逆なでしているのです。

鳴けばいいというものではありませんね。

ビッグシュータ

鳴きV入賞客付き
××
×


最も入りやすい順序と最も入りにくい順序が混同しているようで何が何だか訳がわかりません。

撤去するにも撤去できずに、わかっていながら最悪の調整にのぞんだ形跡が歴然としていました。

つづく


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トミナガハネモノ塾その1…ハネモノ釘は難しくも面倒くさくもない

2013-04-09 06:25:35 | トミナガ
4円コーナーの再生のためにもハネモノが話題になっている。ところが、ハネモノを触ったことのない店長は、導入を諦めがちになったたりする。そんな店長のために、弱小パチンコ店再生専門のトミナガ氏がハネモノ塾を3回の予定で開講する。

まず1回目はハネモノの心構えから。

以下本文

ハネモノ釘を躊躇する風潮

1.ハネモノの釘をやったことがないという考え

ここには、ふたつの側面がある。

最も危惧することは「今の店長たちはハネモノの釘をやったことがないからね・・・」との声については、いささか異論を唱えたい。

過去のハネモノの経験を天秤にかけて、やったことがないことを前提にして、店長たちを排斥してしまいそうな言動がある。

やったことがなければ、やればいい訳で如何にも、ハネモノの釘調整を神秘的に風潮化して見せる美意識の強調に似たようなものを感じる。

この意味では、ハネモノ経験者の論調には同調しがたい部分があると言うことを先に申しあげておきたい。

2.釘技術を妨げる疎外感 

20数年前までは、一般的に釘技術として捉えていたが、いわゆる「社会的不適合機」の排除とともに、最後まで踏ん張った「たぬき吉」も撤去されハネモノの存在感も放置されていった。

釘と計数管理が優先されて、釘と技術という観念はまったく希薄になっていった。

そして、管理化(数値化)された調整のシミュレーションで語ることが絶対であるかのように表面化して行って反面、持ち味という曖昧さが敬遠されてきた。

ハネモノを一定な形で寸法化・数値化することだけが露出されるにつれ、疲弊化されたハネモノは市場からノックダウンされて救い手を失っていくのだが・・・とても危惧している。

例えが飛躍するが、ラーメンフアンの私にとって、ラーメンはさじ加減あってこそ、美味いという観念が強く存在する。

チェーン店のように規範化されたものより、店主自身がウデをふるう味加減的なものが、ハネモノにとっても味を引き立たせる起爆剤ということである。

野に咲く草花も味付けによっては、高級料理屋を凌ぐということです。

漁師の賄い料理は多少見栄えがガサツでも味は別嬪なのはいうまでもない。

店主が額に汗して、香辛料をふるサジ加減的振る舞いが独自性を放つ秘訣のように思えて、ジッと観察していたこともある。

これを、どんぶり勘定の部類として清算してしまいがちな傾向はどうかと思う。だから、ハネモノは調整するひとの感性が素直に反映される。

意識の根底あるモノ


1.「難しい」について

確かに最初は難しくて敬遠してしまいがちなのもわかる。何事も躊躇しがちなのは世の常というもの。

わたしはある事情があって15年も前に、無事故無違反でありながら免許証を返還した。

が、今になってまた運転したい願望が沸々とわいてきている。運転しようと思えば、できると確信できるのは、一度は経験したからです。

釘も一緒です。経験すればいいだけです。昔と違って今風の感性があって、現代的パチンコ感にあふれている店長たちにできないことはありません。

要はハネモノ釘の原理原則の理解ができれば、ハネモノ運転は脱線することは、まずありません。

ハネモノ釘から、もう30年も経ちました。「見てならえ!」とこっ酷く叱られて、丁稚奉公をしたが、見てもわからず往生したことが昨日のように思い出されます。

いまは、その気になれば、いつも教えてくれる人がいます。その気になれなくても、その気にさせてくれる人もいます。

2.「面倒くさい」について


ハネモノの釘ほど面倒くさい仕事はないのではないかと思ったりもする。かつては300本〜350本にもなる盤面の極端に減少してはいるけれど、ゲージ構成上揃えなければならない個所が多いといえる。

こんな面倒くさいことまでしてと、割りに合わないからと初っ端から投げてしまうのも、わからないこともない。

しかし、自分のウデ加減で平均2万〜3万も稼働して3台にひとり、2台にひとりの割合で、いつもコースが賑わっているとしたら、稼働に悩むホールにすれば、嬉しい悲鳴ではないでしょうか。

店長たちの意見のなかで即、成績をつくりたいという意見を多く聞きますが、この即とは売上であり利益なのだろう。

しかし、売上もままならないのに利益を追うのが現状で、稼働を考える余裕すらない店舗がどんなにあるだろうか。

私は売上があって利益がある大手や中大手並みの店舗にはあまり関心がなく、小規模の稼働低迷店舗ばかりを携わってきました。

お客さまがいないから面倒くさいことをすることが大事になっているのではないでしょうか。

稼働がある店はちょっとしたことを、怠っても成りたっていくもので、やり直しも可能にしているのが底チカラといえる。

即ついても即離れては何の意味もありません。

低迷店舗の底チカラの育成のコツは畑を毎日、「耕す!」が如く、地道なモノです。

稼働減少店舗においては新台入替もままならず、その日の粗利に運命のすべてを賭けている店もある。

たった1日の失敗が許せないのである。支払いも遅滞するなど現状は想像を超えている姿を見るたびに胸が詰まる思いがします。

このような現状から脱皮するのも周辺にないハネモノの特徴化は欠かせません。

自店だけのお客さまをつくって行く課題に、きっとプラスにあることでしょう。

私はここでハネモノはパチンコの原点であり、それは難しいものではないと断言したい。単なる先入観が先行するなど、取っ付きにくい存在になっているだけです。

つづく


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いくらまわっても座り心地のしない分岐200% 下

2010-11-16 06:30:49 | トミナガ
以前、北陸のあるチェーン店で4円貸し営業で、交換玉数50個にした直後に、依頼の話があって訪ねたことがある。

やはり、ここも「グルグル回しにするんだ!」と意気込んでいたが、アケても、アケても割数が上がらないので悩んでいた。

「もとに戻せばあがりますよ」といったが聞き入れようとはしない。

お客さま視点を強調していたが、店側思考を押し売りしたお客さま論点のすり替えに過ぎなかった。

日々、客数は激減して行ったので40個に戻した。徐々に客数も増えて行ったのを鮮明に覚えている

岐阜のある店舗でやはり4円貸し50個の営業をしたが、出玉が出てこないので、早く来てもらいたい、とのことで、出張先ではあったが翌朝の8時過ぎに現場に入った。

見たら12.50の釘・・・

お客様はまばらでシ〜ンとしている。

全機全台を13.00アケから始めてバランスを取りはじめたら、客数はもどって平均で5割ほどに推移。

ピーク時7割までに伸びたので、そうりゃ、喜ばれたことがある。

まわり過ぎだからいいのか


ヘソゲージサイズは12.50。

今日から平常営業なのでワンランク落としたのだろう。

昨日まで12.75だとしても、200%営業がネックになっている。

この地域性からして1パチに定着する加速度は、難波や心斎橋や梅田の比にならない。

低所得者の多い土地柄なのだ。

だからイチパチのグルグル回しの200%なのか!?

それはちょっと違うのではないか。

低所得者の多い土地柄だから見返りがほしいのである。

でもMAXやミドルはいらない。

これでは競合と独自化をはかれない。

庶民の娯楽観を逆手に取ったつもりだろうが、庶民感覚を実は理解していない商売人のズルサが垣間見える。

1パチの200%に安売り感はない。1パチの200%はボッタくりだ。

1円営業の200%と、4円営業の200%のどちらも賭博感がないからだ。

まともに稼働していれば、利益は大きい。

1パチの100%と200%は換金に倍も違うからだ。

ちょっと、シメれば利益が出るからリニューアル5日にして、集客は終わった。

ハンドルを握り締めながら、ズッと考えていたが・・・

何で自滅することがわかっていなかったのか!?

作戦の手立らしさが匂ってこないのだ。

偶然にも1円等価のフアンに出会った


この日の朝、8時28分に京都からの電話。
「くやしくて悔しくて・・・電話してしもうた(泣き泣き・・・)」

MAX黄門ちゃま(同じ台)に4日間も通ったが惨敗!

4日目だからもう吹くのではないかと・・・

今時期は自粛で全国的にイベント時期である。

1パチで等価営業でも釘は開いている。とは、いっても保留2〜3個を行ったり来たりで4個記憶することもあるという状況である。

1080回目で4レンちゃん。100回で1回、200回で2回と大当たり。

それから上向くかと願って、500回まわしても来ない。

ところが7.000円突っ込んで7.000円を戻したのだ。
ここにフアンの呟きがある

1円等価ならは戻せる・・・と。

この店は規模こそ、ちいさいが稼働はいつも50%を超えている。

ここには作戦の仕掛けがホールいっぱいに踊ってみえる。

庶民の娯楽観のタッチが絶妙なのだろう・・・

今後も稼働を重視した低貸玉専門店や償却期間の短い居抜き型出店が頻繁になっていくであろう。

そんな時に、もう一息ついで考えてもらいたい。



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いくらまわっても座り心地のしない分岐200% 上

2010-11-15 06:21:05 | トミナガ
気になっていました。

待ち切れずに行ってきました。

初印象を申しあげます。

「ダメだこりゃ!」であります。

現地に着いたのは、午後4時半。

オープン後5日目に感じ取れる活気がない。

外から見る気配にも異様さを感じる。何だろうこの殺気は!? まさかガラガラではないのかな?

壁に並んだ自転車を数えると23台、道路を挟んで向こう側にも20台。

おや、じゃ、50人ほどはいるのか・・・半信半疑である。気が重い。
小さな店がカンバックしてもらいたいからだ。

ドアーを開けた途端に、かすかにいだいていた期待は吹っ飛んだ。もう、その場からすぐにも去ってしまいたい衝動にかられたのだ。

みすぼらしい稼働

オープン5日目というのに、このみすぼらしい稼働はなんなのだろうか。
1パチ15人、4パチ1人、スロット3人。もう華やかさは感じられない。

腑に落ちない。

新台入替をせずに、出玉で勝負といって躍起になっていたのに・・・

1パチの花の慶次(あまデジ)に1.000円を投入した。200円切りで玉が出る。お客様への親切から、そうしたのがわかる。

1.000円の玉がなくなろうとしている。

あと、7〜8発だ。

「オッと、リーチだ。えっ、なんとキセルリーチ!!」

もう1.000円を投入しようとサンドにのびた手をとめた。

ストップボタンにも親指がかかる。

感激の一瞬、キセルは熱い。

これは初っ端から縁起がいい。

いくらまわっても座り心地のしない200%分岐

3回かけて、ちょっと打って出玉は1997個。

600円とロッテのチョコポッキーとマーブルチョコ。

400円は場所代か!

何だろうか。この現象!?

違和感が全身に漂ってくる。

2.000個で1.000円の換金ではないか。

分岐200%で0.5銭。

それにしても、残りの797個は端玉か。あと400円をもらうには800個がいる。

3個が足りないばかりに・・・

トホホッと(涙)

あ〜まわりすぎなのに出玉で集客できない!?

誰もが一度は思いつくのが、この辺のやりかたである。

グルグル回しの200%!?

遊べるけど!?

取り戻せないのだ。

遊べるという解釈には賛否両論がある。

単にお遊びをしたいならばゲームセンターでよい。

つづく

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「ぼんぼん育ち」と「貧乏長屋の下町っこ」の場違いな出会い…下

2010-11-07 06:17:14 | トミナガ
ある時に家族同伴で有名女優のクリスマスディナーショーに招待されて大恥をかいたことがある。

慣れないフランス料理に舌鼓をしながら、緊張した面持ちで、上品ぶることもできないタチで静かに立ち振る舞っていた。

その時である。

いきなり、まだちいちゃかった息子の声が辺りの静けさを打ち破るように「お母さん!しょんべん場〜〜〜どこ?」と鳴り響いた。

「おしっこ〜〜〜」と、小さく耳元でいえば良いのに、大きな声でしょんべん「場」とは何事か。

あたりの冷ややかな目線は鋭く、痛くも感じた。

どういう教育をしているのかと思われたに違いない。

下町っ子には、やはり場違いだった。

「お母さん!ご飯ないの?」フランスパンとか高級フランス料理が次々とはこばれては来るが、ずらっと並んだ料理にはご飯がない。

そんなことで食事が喉にも通らずお腹をすかしていた。寝付く子供をよそに、部屋を飛び出して妻と一緒にホテルのレストランへと向かった。

が、いくらメニューを見渡しても最低の料金が1500円(その頃で1500円であるから、そりゃびっくりした!)。

あとはどれも3000円以上のクラス。

仕方なく最低のカレーライスを注文したが、2人で3000円のカレーライスの値段にただ、驚くあまり、食べ心地がしなかったのを昨日のように覚えている。

商店街の250円のカレーライスがよほど美味しく感じたのはなぜだろうか。

いまだに新宿の話にもなると、とっくに時効になってしまった「恥ばな」に花が咲く。

5円玉1枚で買った「ボンボン」が、桁違いな待遇を受けることになったのだが。

弟以上に気をつかってくれたあの兄さんには悪いが、高級ホテルのデイナーショーも、フランス料理も、赤坂のクラブも、六本木の有名なディスコも、銀座並木通りの一流のふぐやもみんなみんな場違いな存在であった。

身分相応でなければ、何だって不釣合いなことが起きる。

銀座や赤坂や高級なクラブを顔パスでならした、頃の有名人だって、ひとつ階段を踏み外せば、どん底にも落ちて可笑しくない世知辛い世の中。

昨日まで持てはやされていた、あの大物がションボリ〜と裏道をコートの襟をたてて、帽子を深く被り顔のささぬようにと、肩身を狭くして歩いているのを見かけたという風のうわさではあるが、何とも侘しく感じる。

ドラマでは良く拝見する銀座のガード下の路地裏というからおおよそ見当のつく範囲ではある。

ただ、悔いが残っているとすれば、山口百恵を貸し切って、30分で1曲の値段がどうこうと。ほんまに、そんなの実現するんかと、半信半疑の話ではあったが、内藤やすこが大麻事件? で沈んでいた頃、兄さんたちに連れられて彼女に出会ったことなど実例が次々とあるので、満更でもなかった。

裏街道にはこんなこともあるのかと、段々と引き込まれて行った。山口百恵が全盛期の頃であって、いつも、口ずさむほどのフアンでなぜ、もうすこし、甘えることができなかったのかと。

まあ、いつだって庶民の感覚が一番いい。

「肩」こらず、「か」しこまらず、「片」意地張らず3Kで平気で、いれる。

何より普段着がいい。

銀座のふぐ屋より、街角の玄品ふぐ1980円でひれ酒。仲間で弱小店舗の成果を語り励ます時が最高にうまい酒だ。

いつだってよわい人間の立場は厳しいが、つよい人間にはわからない、あったかみがある。

差別ではなく、区別ってことでいい。

弱小店舗に携わる我々にできることは、大手には添いの合わない、場違いなお客を区別して行くことではないだろうか。



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「ぼんぼん育ち」と「貧乏長屋の下町っこ」の場違いな出会い…上

2010-11-06 06:05:49 | トミナガ
ある夏の猛暑日のこと。

「ボンボン」っていう、おしゃぶりキャンデイーが駄菓子屋にまだあった頃の話し。今でもあるかも知れないけど見かけることがない。

野球のボールよりは小さく、ゴルフボールよりは大きい氷の塊がゴムに覆われている。

静岡県は浜松市のある公園の一角で、友達と「しゃぶり」ついていたのが、そのキャンデイーの「ボンボン」である。

それも大の大人がブランコに乗って…。大人と言ってもまだ、20代前半のガキの頃ではあったが、想像しがたい場面ではある。

貧乏イコール…あの頃が瞬間的に脳裏を掠めることがある。小遣いも呑み代もまま成らない時代。ふたつ後輩の友達が夏負けしたのか歩けない。

もともと彼は、体は細く色白で背がひょろっと高いから病弱といわれても仕方がない。

「ちょっと、ここで待ってろ!すぐ戻るから」とボンボンを買ってきた。

ポケットには5円玉しかないので1個しか買えなかったが、「おい、これをこうやってかじるんだ」と丸い氷のゴムをかじって見せた。

彼は「ボンボン」に出会うのが初めてで、目をキョロキョロさせながら、見入っている。

雪国育ちで夏系には縁が薄いのかも知れない。

彼の田舎は北海道の小樽の近くだといっていた記憶がする。猛暑を経験することがないから当然だ。

苦労知らずの「坊ちゃん」だから丁度、「ボンボン」の氷が、お似合いだ。

おいしい、おいしいとかじりついていた。貧乏人ならば知っている駄菓子屋の氷菓子をえらく感激していた彼こそ、「ぼんぼん」育ちであるから、笑えて来る。

「ぼんぼん育ち」と「貧乏長屋の下町っこ」の場違いな出会いである。

その共通点が見つからない。

あの頃はそんなギャグは思いつきもしなかったが、ボンボンを思い出すと、あの「ぼんぼん野郎」で、吹いてしまうのは、その後の強烈な出会いが証明している。

苦しみと多難に満ちた青春時代の苦い思い出も今となれば、すべてを優しさに変換できるのは、単に過ぎ去った時間のセイなのだろうか。

あれから数年も経ったある頃、東京の居酒屋で彼の兄さんから「弟が大変にお世話になって。一枚しかない5円玉でご馳走されたボンボンがどんなに有難がったことやら。その心がうれしい。弟から聞きました」

一生忘れないとまで言ってもらったことが、月日がどんなに流れても鮮明によみがえって来る。

それからは、その兄さんには、新宿、赤坂、六本木と高級レストランや高級クラブに何度か招待されて、来ていく服と靴がなくて、本当に困り果てたことがある。

みんな着飾ってくるのに着ていく服がないのだ。ちゃんとした履物も見つからない。

ウン十万、ウン百万もする接待がどどっと続いていった。ただ、別世界を観覧しているようで、実感がわかなかったことをおぼろげに覚えている。ただ、誘われるままについて行ったのだ。

つづく

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再生の分かれ目

2010-10-26 06:29:14 | トミナガ
先だって、兵庫県の山を越えてある地域をパチンコ散策した。

資金力もある地元の有力者であるが店舗は停滞していた。

よくあり得るケースだと納得してしまった。

結論は早かった。

再生できると即断した。

?〇餠睥呂?あって成績も良い。
あたりまえ。

誰でもできる。

M社,D社,K社人材の真意がわからないのが玉にキズ!
世間の評価とは違ってどんでん返しがあっても、おかしくはない。

?∋餠睥呂?あって成績が悪い。
異常。

作戦がない。M2社、N社実態に目を向けず「責任転嫁物」が多くて! 人間がきたない。潔くない。

生意気なので、はいはい!と、ついて行くふり・・・・・・が、外で部下は不満だらけ。

舌を出している人間的信頼性が凄く薄い。先代の社長が可哀想!

??資金力がなくて成績も良い。
革新的。

作戦がある。A社,R社,S社、H社。謙虚、自分に厳しく組織力がある。みんなで企画検討会! 活気に満ちている。

独自性をもった営業をしている。スタッフ全員にまで目標があって、成績手当てがある。

成績に追いつかない者へのフォローがいい。

?せ餠睥呂?なくて成績も悪い。
惰性的。

営業努力が見えない。独自的なものがなく競合の真似ばかりをしていた。ほったらかし営業で慢性化している。

機種をちゃんと揃えて交換率も低価で独自性を発揮できる大丈夫だ! 独自性が伝染する地域性と客層だから!!!

?“屬砲呂泙辰燭?興味がないが、?↓??い里垢戮討?対象となる。

?△枠?展のスピードがはやい。

??は時間はかかるが必ず良くなっていく

?い老荵牾亳腓任里召猊?要がある。大半がこの状況に陥っている。そこに弱小専門店のニーズが生まれてくるわけだが。

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自己分析のススメ

2010-10-25 05:18:47 | トミナガ
■アンケートの主旨

業界の厳しい折につき、営業の舵取りを仕切る幹部の資質と役割と指導力は業界史上、かつてない切実な要求性となっております。

それは成績をあげる幹部集団の活性化=組織づくりこそ緊要な問題であります。暗黒の業界世情でお客さまの消費欲はますます低落して稼働の底に彷徨いつつ、廃業へと追い込まれています。

それでも、まだ旧態依然とした単純な機械入替とチラシとイベント競争に明け暮れしている実態が足枷となり、成績の先行きを圧迫いるといっても過言ではありません。

しかし、業界の激情とは裏腹に人のアタマとウデとハートによる戦略、戦術、戦意が優先されて真の独自的価値判断を、せねばならない日が時々刻々と逼迫しています。

そこで、まずは営業幹部の組織能力の実情の判断をアンケートにして、分析整理をして見ることは大変有意義な機会ではないかと思うのであります。

■アンケート項目の判断目的は下記の通り

1 達成意欲力
2 企画立案力
3 現状認識力
4 決断力
5 実行力
6 指示徹底力
7 統制力
8 責任感
9 権限委譲
10 企業意識力
11 専門知識
12 情報収集力
13 計画力
14 調整力
15 提案力
16 補佐力
17 協調性
18 調和力
19 意見表現力
20 意思伝達力
21 理解度
22 指導力
23 評価力
24 ノウハウ化
25 信頼度
26 個性尊重度
27 情緒安定性
28 無私
29 向上心
30 謙虚心

■評価の参考基準     
下記の参考基準をイメージして自己採点してみてください

評価点数イメージ
90〜100最優秀決勝進出
70〜89優 秀予選通過
50〜69普 通予選候補
1〜49×落 第予選落ち



×
9070501
                    項目
100896949
1目標達成に対する意欲は高いか1
2目標・方針を達成するための企画立案力はどうか2
3現状を広く明確に認識する力はどうか3
4適切な意思決定をタイミングよく下しているか4
5決断したことを実行に移し、執念をもって遂行しているか5
6部門の目標・方針を明確に部下に明示しているか6
7部門の業務状況をつねにチェックし、修正・調整しているか7
8結果について、すべて自分が責任をとるという自覚があるか8
9任せるべき仕事は任せ、その経過をチェックしているか9
10つねに自分のことより会社のことを考えて行動しているか10
11担当業務の知識・技能はすぐれているか11
12情報を的確に収集し、適切に活用しているか12
13業務遂行では、計画的でムダはないか13
14部門との連絡調整をはかり、担当部門への有効的協力を得る力は14
15上司に対して建設的な意見・提案・説得する力は15
16上司に対する情報提供・連絡報告・代行等の補佐活動は積極的か16
17上司・同僚・部下等とうまく調和して仕事をすすめているか17
18人間関係の折衝・調和能力はどうか18
19自分の考え方を明確に表現できるか19
20部下に対して、方針や全体の動向をよく知らせているか20
21部下が何を考え、何を要望しているか的確につかんでいるか21
22部下が能力を発揮できるよう、実践的に指導しているか22
23部下の仕事に対する評価は、適正・的確か23
24自分の経験をノウハウ化し、定義化し、部下に教えているか24
25部下から信頼されているか25
26部下の性格・考え方・立場を理解し、尊重しているか26
27議論するとき、自分の感情をコントロールできるか27
28対応が公平か、不平、不満的でないか28
29他人から学びとろうとする積極的な態度があるか29
30いつも自分を見つめ、素直であるか30


※評価点数は自己採点性のために、主観的になりがちではありますが有りのままを書いてください。

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カネもってやめることができるのが大手、家族の生命と将来まで犠牲にするのが弱小店舗

2010-10-22 06:31:38 | トミナガ
手形を切るのが快感なのか!?

私もかつては、機械の買い物に狂って、のめり込んでいた時代があったが、戦略の入替えができないほど、愚かなことはない。

「競合店舗にはない機械をトップ導入するのだ!」と意気込んでいる店舗が何と多いことか。

仮に地域一番でトップ導入しても、次の日に近所の大手が入替えすれば、稼動が激減。それに対抗して出玉で勝負だと玉を出せば出すほど多少のお客は維持できるけど、もうその時には粗利実績がムリをしている。

だから閉める。閉めたらら散る。

じゃ、今までの赤字はムダ玉と化す。このジレンマに置かれて何十年の月日が経ったことか。

それでも懲りずにやる。

お客が来るのは一時のこと。その一時のために、地域一番で機械を抱き合わせで大量導入を条件で買う。そ

れで1週間もしないで客は散る。わかり切った事ではないか。それでも周りの忠告をふりきって、分別のつかないほど、アホなほど繰り返しやる。

よっぽど機械の入替が好きなのか、手形を切るのが快感なのか。

いや、真のところは、機械の入替戦略をもたない、人間たちの機械の投売り祭りの露天市を彷彿とさせる。

もうここには、戦略の入替とか、人間の入替とかはない。間違って、「新台入替は心の入替えだ!」とでもいったら、大変に異様な人間扱いされるのがオチである。

愚かな戦略実態が氾濫しているこの業界が嘆かわしい。

その当人の私もかつては、機械の買い物に狂って、のめり込んでいた時代があった。アレジン、エキサイト、ソルジャー、フルーツパンチ、ドリームセブンなどの時代には現ナマをもって、我先にと走り回っていた。

しかし、あの後ピタリとやめた。とにかく、機械屋には定期券をもって通勤するような感じで入り浸りになってしまっていた。

でも、この時から「もう、これから先には方針の大転換がない限り良い機械はでない」と断言した。

それからも社会的不適合機の名目で次々と規制は強化されて機械の体力は弱体化していった。

でも、入替戦略を変えようとせずに、機械導入ばかりに走っている。

大手も大変だというけれど、破綻にあたっては、弱小店舗の一家離散ほど惨めなものはない。

カネもってやめることができるのが大手、家族の生命と将来まで犠牲にするのが弱小店舗である。

所詮、弱小店舗のハザマで生きる人間にしか理解のできない極限のつらさがある。

それでも変えない、変えようとせずに固定観念から脱皮しようとしない経営者もいる。

俺がわるかった!でも大概は半年もなれば


「俺が悪かった!・・・(泣き泣き泣き・・・)」と詫びる経営者もいる。

「せめて1年前にお会いできていたら、店はこんなにもならなかった…」と深々とアタマをさげるのである。

わたしも、つかさず返す言葉がある。

不思議にも半年もなれば、経営者から出る言葉の共通語である。だから、返す言葉も決まっている。

「社長…そんなことが1年前にわかっていたら、店舗のこのような悲惨な状態は免れていたかも知れないですね。だったら、こうして会うことすらなかったでしょう…」と。

なんと、いんがな出会いをしているのかと、思うだけでも胸の切なさを押さえきれなくなる。

そんな光景を何度見たことやら。本当に嘆かわしい。

大手だって、大量の機械導入で早とちりしている。導入機械は成功している機械の何%に過ぎない。

それだけ、見たことも聞いたこともない機械を営業するのはとても困難なことである。

そして、採算的な稼動水準までの認知を短期間で獲得するには、おカネと時間がかかる。

なじみのない機械を導入する場合は、先ずは大手にモニターになってもらって、高割数で営業してくれれば好都合。

お客はその機械に慣れてくれて、ウチが導入する時には通常の割数で営業も可能になるから、これがチャンスと思って、弱者独自の放出戦略を着々と進行させていけば良い。

悲観することもなければ、気落ちすることもない。

しかし、試練の時だ。

心から応援したい!

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店舗破綻は豪遊のツケ

2010-10-01 06:01:22 | トミナガ
商店街のアケードに面しているパチンコ店舗の建物の取り壊し中である。
かつては商店街で3店舗の経営を独占していた。

どこも参入できない聖域であったのに…

破綻のキッカケは賭博。

長男、次男、婿と平等に渡した店舗も借金の「かた」に押さえられ、債権回収機構の手に渡りすったもんだした。

再生の道は閉ざされてまま。

四国で鉄くずなどしていくらか蓄えた資金をもとに、開業したのが終戦後まもなく。

莫大な財産を残しながらも、賭博でなくしてしまった。

親は墓場のそこで、馬鹿息子を悔やんでいるかもしれない。

ふと思い出すのは東海地方の10店舗が潰れた時にもそうだ。

連日連夜の豪遊。

店のカネをふんだくっては、東京から友達を呼んでは遊びまくっていた。

店舗営業の施策など考えるわけがない。

札束を握りしめての豪遊もいつも大勢連れて毎日毎晩だったという。

豪邸であった親の家は、こじんまりとした所に移転した。

店舗はそこそこの立地にあり、資金的な余裕もあり、銀行も好意をもって積極的な貸し出しをしていた。

やはり「馬鹿息子」が親の財産を食い潰すのは、良く耳にすることだが、情けない。

そんな豪遊するカネがあるのなら、10万円でも店長の給料に上乗せしてあげたらどんなに張りきるだろうか。

かつての勢いに比べ、いくらか小康状態をたもっているとはいえ、今後も5年程度で20%〜25%の会社がなくなると、予想するリサーチ会社もある。

その可能性がないとはいえない。

わずか10年間ほどで18000店舗から12000店舗になった事実を思い起こせば、現実離れした数字ではない。

平均的に推移したとするならば、1年間で500店舗がなくなることになる。

5年間で2500店舗。ふるいに残るのは5年後には1万店舗となる。

ここにはいうまでもなく、経費、税金を払ったあとの、キャッシュフローはなく、損益分岐点を前後しながら、数億、数十億の負債がある店舗もかなりある。

遊んでばかりで店に出ない、高飛車、横柄、見栄っ張り、生意気、大声でどなり散らすなど。

店長ならびにスタッフに優遇するなどおろか、社会貢献など眼中にもない。

ポッケに隠すことばかりに日夜苦心している。

お客さまは利益マシーンで、お客さまの顔なんか見ようともしない。

人を信用しないなど・・・・・・・・・・・・・・・・・いっぱいある。

そんな昔ながらのパチンコ経営者特有のスタイルが沁みついてはなれない。
可哀そうな経営者がまだまだいる。

不景気のせいでも、業界の規制でもない。

豪遊のつけが明らかにまわっている。

いつの間にか庶民の気持ちをなくしたつけとしかいいようがない。

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崩壊の経路

2010-09-12 06:11:37 | トミナガ
今度の研修には、実は隠されたテーマがあった!
ここが分かればもう、怖くはない!

「パーラ○○○はなぜ、崩壊したか」である。

これをいつも脳裏に霞めて、シッカリと体感し続けることは、もう敗者にはならないコツを積んでいることになる。

何故ならば、その過程は間違いなく敗者から脱皮する時であるからだ。

今回の研修では、○○○の異変に思わず唖然として、その瞬間にみんなが驚きと溜め息を吐き、言葉を詰らせた衝撃を決してわすれないであろう。

ここであなたが目撃したのは何か!
実はあの時、会社内部にはとんでもない、あることが起きていた!

しかし、悲しいことに失敗の原因が隠蔽されていることを、いまだに誰も気づいてはいない。

体質を変えないままに、また富山湾に程近い、広野に華やかな化粧をほどこし、華麗にドレスアップした豪華燦爛な大型店舗を出店させた。

「発想を変えずに!」である。

今までを続ける限り、営業は衰退して集客低下を招くだろう。

生きモノと言われる営業だから、単なる「資金力の差」だけでは生きられないことは、戦略に走った人間の自明の理にも拘わらず、また循環経路を辿ろうとするのはなぜか。

「いつか来た道」を、行くのが一番無難だからだ。

過去、何時だって豊富な資金力を盾に展開しながら、幾度も崩壊の岐路に立たされたのはなぜか。

まだ、そこに答えを見つけることもなく、またもや仁義なき戦い、戦略なき戦いが始まろうとしている。

「割数合戦は割数合戦にして負けていく」という真理を目の前にしながらである。

これは最も恥じるべく、明らかな「自滅」である。

アタマよりも割数のチカラ。

ウデよりも、設備の優位。

ハートよりも権威の振る舞い。

機械の大量導入で、出玉を出して…こればかりを注視する。

富山の海原に巨大な戦艦の出航も、やがては、エンジントラブルで沈没船になろうとは、誰が予測しようか。

しかし、日夜弱者の戦略に切磋琢磨する心ある人材のなかには、赤裸々に問題解明に挑む優れモノ達がいる。

我々のレポートが実証見聞として、崩壊の経路が歴然と明かされ、正当性が証明される時がまもなく来るであろう。

沈没するとは、誰しも考えたくはないが…

ここ数年、業界の厳しい折に、自分の姿を見失った経営陣は数知れない。
生死を覚悟した、必死な姿で挑戦する業界の人間模様が切迫して見えないのはなぜだろうか。

5年前には危機感がいっぱいの戦場の指揮官が、いまや、何とあきらめムードが充満している。

どうりで、現場では姿も見かけないとおもったら、ひょっこり、繁華街に出没しているのはなぐさめなのだろう。

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雪はとっても暖かい

2010-09-05 06:34:40 | トミナガ
稼働7割ほどあって、ホールムードは熱気にあふれていた。

突然の雪、大雪である。

それもボタ雪なのであっという間に積りだした。

同時にお客も引き出した。
雪の降る日の客引きはどこも例外なく、何と退散の素早いこと。

ただ、翌日からの客数は予想以上に伸びていく。

注)雪の降り出した初日のお客の急激な減少の理由

車の雪支度がされておらず、車が農道の溝にハマッテイル光景は雪国では珍しくない。車の衝突が頻繁に発生して通行止めにあったり、渋滞でてんやわんや。

スノータイヤを履かずに、雪かき棒などがない状態では、もう完全にアウトである。

寒冷地帯の夜のアイスバーンは運転がうまくてもダメ。

運転べたナ私でも雪国の運転には自信がある。

国道のアイスバーンで逆回転して、やってくる大型トラックに跳ねられそこになって、一命を留めたこともある。雪国の失敗の数々が自信につながっている。

この時、私のアタマを瞬間によぎったのは、退散モードにスイッチを切り替えたお客様の不安要素を安心モードに変換してあげること。

それは車を被った大雪を取り除くことであった。

ホームセンターに急いで雪かき棒を取り寄せた。

早くしないとお客様が…必死であった。

先ず、お客様を運転席に誘導して、車のガラスの前後とまわりの雪をかいて、バッグミラーを拭いて、「気をつけてお帰りください!」と見送った。

ところが雪をかいても、かく上からまた積る雪にはマイッタ〜。

大雪なのに下着は汗でビショビショになった。

大雪との葛藤、お客さへの「おもてなし」は演技では続かない。
「心のおもてなし」であったのは、暫くあとから気づいた。

ある時にサウナの化粧室で髪を整えていると、真横のお客様が「社長、私を覚えていますか? あの時に車の雪をかいてもらった者ですよ。あれから私はあなたの店に行ってます」

なんとも衝撃的な出会いである。

私の耳元に聞こえる情報は半年も遅く出回っていたらしい。
すでにこの話は人から人へと口コミで伝わり、人々の噂になっていたのである。

1店舗で300弱の店で設備の老功化、新台入替サイクルは競合の半分、最初は出玉の放出予算もままならない、こんな店にひとつの旋風が起きたのもこの時である。

「今だ、今が新台入替時期だ!」

このタイミングを一時もズラしてはならない。チャンス到来とみた。

判断は的中した!

お客様から頂いた口コミのお陰で「新台入替は心の入れ替え」に転換した。
心のおもてなしほど、最高のサービスはないと肝に銘じたのはこの頃(19年前)である。

それからというもの、新台入れ替え作戦の度に心の入れ替えにチャレンジを試みた。

今度の入れ替えの目的と性格などを戦略的意義として活発な論議が展開された。

利益計画と放出作戦との関係でお客様の気持ちに「点火!」できるものが何か。

機械は、接客は…

本当に燃えていた。「朝までナマスタッフ」といえば、少々こじつけになるかも知れないが、この時からちいさな単独店舗が地域を揺るがすように断然一番店へと変貌を遂げていった。

県下どこを見ても杜撰な接客が横行していた情勢のなかで、単純接客を飛び越えるホスピタリーの還元に一生懸命になれたのは、心底から喜ぶお客様の姿を素直に心の中でキャッチする人間愛が、スタッフの出動態勢を敏感にさせたのだろうと思う。

*このスタッフのお客様にあたえる出動態勢については、また詳しく述べる機会があると思う。


100台ほどの車を雪かきして、見送る時間3~4時間。お客様を見送る姿を見ていたお客さまとスタッフは心から挨拶を交換していた。

だから雪が降っても自分の責任です。
雪は決して冷たくなく、雪はとっても暖かいんです・・・・・・・

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