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書籍版『電車男』ができるまで
担当編集者 

『電車男』のまとめサイトを読んだのは、6月半ばのことでした。
 編集長から「面白そうだから、読んでみて」といメッセージとともに、まとめサイトのURLが送られてきたのです。やらなきゃいけない仕事は目の前に山とあったのですが、逃避するかのごとく『電車男』を読み始めると……途中で止められなくなってしまいました。結局3時間半かけて最後まで読むとすぐに編集長席まで行き、いかに『電車男』が面白く、感動的かを語っていました。そして「私にやらせてください」と伝えたのです。『電車男』のストーリーには、青春小説が持つ全ての特性が含まれています。登場人物のキャラクターが立っていて、脇を固める人物にもリアリティがある。主人公の悩みは万人が共感できるもので、仲間に助けられ、戸惑いながらもハードルを越え、成功を手にする。物語を読み終えたあとに残る感情は暖かく、そして勇気を与えてくれます。
 私は日ごろ全くと言っていいほど、2ちゃんねるを覗くことはありませんし、ワープロやメール機能は使えても、ディスプレイの向こう側に広がる世界についてはほとんど知識を持っていません。私のような人が世の中にはたくさんいるはずです。その人たちにも、ぜひこの『電車男』を読んで欲しいと思ったのが、書籍化をお願いする第一歩でした。
 編集長に自分の希望を伝えたその10分後、私は2ちゃんねるの管理者であるひろゆきさんにメールを書いていました(後になってまとめサイトの管理人である「中の人」さんから、「なんで最初にひろゆきさんにメールを出したんですか」と聞かれました。私は、どういうわけか「中の人=ひろゆきさん」であると思いこんでおり、ひろゆきさんにお会いすることになった際、「中の人と一緒に行きます」と言われても、意味が全くわからずに、「中の人って電車男くんのことかしら~」などと思っておりました)。
 初めてひろゆきさんにメールを書いてから出版が決まるまでの2ヶ月間は、ずっとドキドキしていました。他社との競合になっていることを聞いたときは、「他の出版社に決めました」という返事が来て落ち込む夢を見たほどで、私は本当に『電車男』を自分で本にしたいんだなぁ、と改めて思ったものです。
 8月半ば、ようやく「新潮社で出版します」というお返事を頂いたときの嬉しさと言ったら! 電車男さんと中の人さんの希望だった、「アスキーアートはすべてディスプレイで見えるのと同じ形に再現したい」とか、「半角文字もそのまま生かしたい」などという点については、印刷所と話し合って、「大丈夫です。希望通りに出来ます」とお伝えしてあったものの、お原稿をいただけるかどうか実のところ心配でしたので、話が決まったときは本当に飛び上がりたいほどでした。
 しかしそれからが大変でした。出版時期は11月の終わりくらいかなぁ、と思っていたのですが、社内で話し合った結果、なるべく早く出そうということになり、10月半ばの刊行に決まったのです。通常、お原稿をいただいてから刊行までというのは3ヶ月から4ヶ月かかるのに、たった2ヶ月しかありません。「全部希望通りに出来ますよ」とは申し上げたものの、印刷における問題もたくさんありました。ひろゆきさん、中の人さん、電車男さんにゲラを見てもらいながら、いろいろな問題をひとつひとつ解決していきました。
 本文や扉のデザインをしてくれた装幀室や、連日の徹夜で校閲をしてくれた校閲部、宣伝案のプランニングをしてくれた宣伝部、「今度うちで面白い本が出るんですよ」と、こつこつと書店をまわってくれた営業部。各部署の協力がなければ、絶対に出来なかった本です。『電車男』に共感してくれた人々が自分の役割を楽しめたからこそ、厳しいスケジュールもなんのその、出版に漕ぎ着けられたのだと思います。
 励ましの数と同じくらいの批判もあるかもしれません。でも、やっぱりこのストーリーを本の形で世に出せたことをとても嬉しく思っています。
 書店で『電車男』を見かけたら、ぜひ手にとってみてください。そして、同じ感動を味わっていただけましたら幸いです。