ーーご出産、おめでとうございます。前作『SONGBOOK』のリリースからわずか半年でもありますが、ずいぶん早い復帰になりましたね。

「自分としては休んだ気配が全くないと言ってもいいくらいでした(笑)。出産もありましたから「無理!」と言ってもよかったのかもしれませんが(笑)、もうツアーが決まっていましたからね。そこから逆算して、アルバムをこの時期に出すということはもう決めていたんです」

ーー今作を聞いて感じたのは、デビュー・アルバム『Home』の時に感じたようなエネルギーでした。

「私は2006年のデビュー以来、『Home』、『TODAY』、『ANSWER』という、オリジナルとして濃厚なアルバムを3枚作ってきました。その後は、これまでと同じような感じで作るというより、ジャニスイアンと一緒にナッシュビルでレコーディングした『LIFE』を作ったり、オリジナルとあわせて名曲をカバーすると言う方向性を突き詰めてみようと思い、『WHITE』を作りました。その2作を経て洋楽日本語カバーのピアノ弾き語りアルバム『SONGBOOK』も出し、この期間は、自分自身としてのチャレンジングな部分がいくつもあったと言う感じでした。そしてなんかこう、今回のアルバムでやっと気持ち的に大元に戻ってこれたような気がしたんですよね。1stの『Home』を作った時のような感じでもあったし、もう一度ラブソングのアルバムを作りたいと強く思うようになったんです」

ーーそうして作られたアルバムのタイトルは『BLUE』。ここにはどういう思いが込められているのでしょうか。

「まず先行して、色にしたいというのはあったんです。アルバム『WHITE』は自分の中で一度更地に戻すじゃないですけど、一度真っ白にして、その上からまた新しい色を塗っていこうというものだったんですね。その白の次に乗せたい色。それが私の中では青だったんです」

ーーもともとアンジェラさんが好きな色でもあるんですよね。

「はい。青ってとても幅広い色だと思うんです。たとえば「青」、「蒼」、「碧」というように、漢字だけでもいろんな表現がありますし。英語でブルーというとちょっと憂鬱な意味が先行するけど、日本語だと、日本晴れの青空や真っ青な海のように、パキッとした明るさの部分がすごくあると思うんです。そう考えると青という色の中には、ひとりの人間と同じように、ひとつの笑顔と一緒のように、ひとつの言葉と同じように、いろんなものを含んでいる。そんな青の表情を通して、いろんな愛を描くアルバムにしたいと思ったんです」

ーー出産を挟んで制作されていたそうですが、人間としてとても大きな経験をされたわけですからね。そのあたりの変化などはいかがでしたか?

「たしかに大きな経験だったなとは思っています。だけど私の場合は子供が生まれたからというだけじゃなく、2011年という、自分にとってすごく難しい1年がありましたからね。震災だけじゃなく、何のために自分は音楽をやっているんだろうとか、もう無理なんじゃないかとか、すごく葛藤していた時期があった。だけどそれが、子供が産まれたのと同時にフッと抜けたことが大きかったと思うんです。苦しんだ部分もたくさんあったけど、それが悪かったとは全く思っていないんですよ。そうやって一周して、初心に返ってラブソングのアルバムを作りたいと思わせてくれたわけですから。そういう2010年〜2011年だったと思うし、そうことがあったからこそ原点ーーつまり初心に返れたと思っているんです」

ーーでも初心に返るって難しいことですよね。

「難しいです。でも、曲として初心に返ったんじゃなくて、私のモチベーションが初心に返ったんですよね。歌を作るっていうのは何かを期待されて応えることじゃなく、まずは私自身が楽しめるって事が大事だというところに」

ーーだからこのアルバムには、清々しいほどの抜け感というか、解放感みたいなものがあるんですね!

「率直に言うと楽しくなりました。作る事も、音楽に対する気持ちも、本当に楽しくなったんです。そして失敗を怖れなくなったから、以前よりもずっと自由になった気がするんですよね。子供が産まれたことでやりたかった事が出来なくなってしまったというようなお話も聞きますが、私の場合は逆に、これまで出来ない理由ばかり並べてしまって、中々踏み出せなかったことも、失敗を怖れないから早く踏み出したいという気持ちになれたんです」

ーー今回のジャケット写真やビジュアルの感じからも、そういう気分は伝わってきます。

「今回はスカートにしたいって具体的に言ったわけではないんですが、出来上がった「告白」を聴いたスタッフからのアイデアに、みんなが賛同したんです。シングルの方は、ピアノの船を海に押し出してるってイメージなんですよ。飛んできてる譜面は波。なんといっても「告白」ですからね。気持ち的に「行けー!」っていう勢いが表現されてるんです」

ーー今年は久しぶりに夏フェスにも参加されますし、秋から全国ツアーもスタート。勢いは増すばかりですね。

「間違いないです。今回のツアーは、アルバム『BLUE』のようにエネルギーのあるものにしたいと思ってるんです。エネルギーと言ってもアップテンポでずっと攻めるとかじゃなく、会場に来たらすごく元気になるみたいな、パワフルなステージにしたい。アルバムの中で実現したたくさんのチャレンジを、ライブで、生で、お届けしたいと思ってるのでぜひ楽しみにしてて下さい」

本人による全曲解説

1:「アイウエオ」
私は「行間」という言葉がすごく好きなんです。言葉そのものが持ち合わせているものはもちろん、ちょっと曖昧に濁すみたいな感じもすごく日本語らしいなあと思うから。これはたまにやることなんですが、数字の0から1の間を無限と考えるんです。0.000000…が無限に続いていく。0というスタートポイントと、1という終わりのポイントがあるのに、その中に無限があるって意味がわかりませんよね(笑)。突き詰めると吐き気がしてくるんですが、同じことを、「アイウエオ」にも感じたんです。ページの上で書くと「アイウエオ」と見えるけど、実は、アからオの間にはすごい無限のものがあるんじゃないかと。この曲はアルバムのプレリュードとして、歌詞の世界の自由さや、行間の無限というものを感じ取ってもらえるような曲になればと思って1曲目にしました。アルバム『BLUE』は、ラブソングのアルバムでもありますから、愛という言葉を入れたこの曲を最初に入れたかったし、ここからスタートなんだという気持ちも込められています。

2:「告白」
私はいつもメロディーから作るんですが、この曲の場合は、サビまでの歌詞を先に書きました。1曲目の「アイウエオ」でもお話ししたことですが、好きという気持ち、つまり人間の「思い」にも、自分の中で生まれてから相手に届くまでの無限の間でいろんなことが起こりますよね。だけど、ただ単に「好き」を伝える歌じゃ面白くない。そこで考えたのが、「告白」という人格が旅をするという設定。こういう医学的な告白ってなかなかないと思うけど(笑)、エネルギーって、非現実と現実の面白い組み合わせから生まれてくるものでもあると思うんですよね。長さの都合上、一気に内耳まで行かなければならなかったのは残念でしたが(笑)、ある意味とてもリアリティーのある、告白の旅が描けたんじゃないかなと思っています。

3:「Foolish Love」
これはかなり強烈な歌詞になったと思います。こういう恋とか恋愛から抜け出せない人っていますよね。新しい恋愛を何度繰り返しても、結局"違う顔をした同じ恋人"と恋に落ちているから、ずっと幸せになれない。また、同じ間違いを犯してしまうという意味では、恋愛に限ったことではなかったりもします。自分で何かを把握して乗り越えないと何も変わらないし、自分を大きく変えないとそこからは抜け出せないような気がするんです。ここで描かれているのは、本当にバカらしいというか、やるせない感じのダメな愛。「あたしバカみたい」という歌詞を一度使いたいなという思いもあって(笑)、バカみたいって言ってる「私」と恋人である「あなた」の乱暴さ、そしてそこで揺れ動く恋心みたいなストーリーが、言葉を通してちゃんと見えるよう心がけて書いていきました。

4:「恋の駆け引き」
この曲は、「告白」とはまた違うアングルから恋を歌ったもの。「どうして素直になれないんだろう?」、「どうして駆け引きなんてしちゃうんだろう?」という感情を、可愛く面白く書いてみました。本当は好きだって言いたい、一緒にいたい。だけどそのまま歌ってもしょうがないから、「迷惑になるくらい追いかけ回したい」とか、「有罪になるまで愛を告発したい」という歌詞にしたりしてみたんです(笑)。それぐらいの気持ち、究極に好きな気持ちがあるのに、どうしてしらけた感じになっちゃうんだろうとか、嫌いを装ってしまうんだろうっていう、対極の感じが表現されたものになっています。サウンド的にもピチカートの弦とピアノを組み合わせて、可愛い感じの曲調に仕上げてみました。

5:「Cry」
私の中では、今回のアルバムの中の勝負バラードのひとつです。3拍子(8分の6)は、曲作りにおいての自分の得意分野でもあるんですよね。アルバムにも毎回と言っていいくらい入れてると思います。3拍子の曲では、すごく情熱的な女になる。歌い方もそうだし、出てくるメロディーなんかも、3拍子によってかき立てられてる部分がとても多いと思います。いろんなところに青という言葉がちりばめてある今回のアルバムですが、この曲の中にも「蒼に染まりCry」という歌詞があります。これはどちらかというと、暗い、くすんでる方の青ですね。涙は見せないとかガマンするとかそういうものじゃなくて、流す事によって進める、流すのも悪い事じゃないんだよということを歌っています。

6:「In My Blood」
英語の曲は1曲入れようと思っていたんです。いつもはバラード〜しっとり系のものだったり、「Black Glasses」みたいにポッピーなものもあったけど、今回はちょっとダークでトゲのある、アタッキーな感じのアレンジでやってみました。打ち込みと生音を混ぜてみたんですが、クラップの部分が生だとオーガニック過ぎるというか柔らかくなり過ぎるので、あえて打ち込みでやってみました。他にもティンパニーのような音でベースっぽい打ち込みが入ってたり、メロトロンとかいろいろな音を重ねながら、エレクトリックとオーガニックを組み合わせたアレンジになっています。情熱的なストーリーでもあるけど、言葉遊びというか、ちゃんと英語の韻の踏み方をしながらたくさん遊んでみた1曲です。

7:「You and I」
私の楽曲の中では初めての試みだと思いますが、ウクレレを取り入れてみました。欲しいものはあれもこれもっていっぱいあるんだけど、今がいちばん幸せなのかなって思える事はすごく大きな宝石のよう。欲しいものをあげ出したらキリがないでしょう?本当はもっとこうであってほしいとか、理想はこうなんだけどとかあるけど、ちょっと一歩下がってみた時に、自分はすごく幸せなんだって思える。その感じを、ギターじゃなくてウクレレが表現してくれてるんです。ほのぼのしてて、ゆっくり時間が流れてて、ちょっとユーモラスな感じに仕上がったと思います。

8:「モンスター」
友達と話している時に、2歳になる子供が電気を点けたままじゃないと寝ないということを聞いたんです。まだ小さいのに、暗闇が怖いとか、そこに何かがいると思ってるんだろうなと思ったとき、メタリカの「Enter Sandman」を思い出したんです。眠る時には片目を開けて寝なさい、なぜならサンドマンがベッドの下にお前を引っ張っていくから…みたいな歌なんですが、たしかに私も子供の頃はそうだったなと。ちょうど寓話的なものーー「宇宙」とか「モラルの葬式」のような感じのものを作りたいなと思ってた時でもあったので、子供の恐怖心に訴えかけてる何かみたいな、そういうストーリーで作ってみました。雰囲気のあるブラスセクションにクラリネットやバンジョー、マリンバなど、ホッピー神山さんの世界が炸裂するアレンジになりました。

9:「心の天気予報」
バラードなんだけど、リズム感がある。この曲のアレンジは、「愛と絆創膏」以来となるRyousuke"Dr.R"Sakaiさんにお願いしました。村田泰子ストリングスのみなさんには私の作品に初めて参加して頂いたんですが、生の音の迫力が素晴らしいし、雨が降っている感じを見事に表現して下さっています。全体のサウンド感としては、その場で波打つのではなく、ちゃんと前に向かってマーチしていくような動きのあるものにして、歌詞の世界観ともリンクするようなアレンジになりましたね。失恋してそこから立ち直ろうとしているのですが、単なる「頑張れ」では無く、雨をキーワードに、シチュエーションを大切にしながら書き上げていった曲です。

10:「factory
いつか電車の中で周りにいる人たちの表情とか様子を見ていたときに、なんだか皆が機械みたいだなって思ったことがありました。ちょっと肩があたった時に目も合わせないで謝る感じなんか、言葉は変だけど、ロボットみたいな感じと言うか。日本では会社でも学校でも、あんまり自分らしさを出さない方がいいっていうような雰囲気がありますよね。でも人間には、たとえば夢を見つけた時や恋をした時にハートが走り出すようなパッションも絶対にあるわけで。機械のような部分とそうじゃない部分での葛藤とか、そこから生まれる歪みみたいなものもあるけど、人間って完璧じゃないからいいんですよね。器用じゃなかったり、無駄があったりするから美しい。そういうことを歌にしたかったんです。

11:「夜明け前の祈り」
これも、このアルバムの中の勝負バラードのひとつです。書いたのは去年の震災の後。みなさんもきっとそうだと思いますが、私もいろんなことを考えたんです。これが最後だったらとか、悔いのないように生きたいとか、そういうことを漠然とだけど思ってた時期でした。歌詞の中に「守り通す約束って毎日誓うもの」とありますが、そこはいちばんのポイントだと思っています。一緒にいるということは、毎日それを誓うもの。忘れちゃうと全部ダメになるんですよね。「守るから」とかそういうことは簡単に言えますけど、そのことと、毎日そういう気持ちで向き合ってるかということは別ですからね。すごく切実なんだけど、すごくピュアな気持ちを歌ったラブソングになりました。あたためていた時間が長い曲だから、歌にも自然と気持ちがこもっているような気がします。

12:「BLUE」
たぶんお聴きになったみなさんのほとんどが、タイトル曲でもある「BLUE」がこういう曲だとは思わなかったんじゃないかなと思います。私も「BLUE」は絶対にバラードだと思ってましたからね(笑)。ちなみにこの歌詞は、今回のアルバムの中でいちばん好きかもしれないです。自由の青、明日の青という言葉もあるように、何かここから始まるような気持ちもあるけど、ここからまた一周してもう一度頭に戻るイメージというか。運命なんて、ハズレた宝くじのように破ってまた新しいのを買いに行けばいいんだし、モチベーションだって電球だと思って取り替えればいいんですよ。冷めたご飯をチンするみたいに気分だって変えられる。落ち込んでブルーな気分になってしまうことやイヤなことだってたくさんあるけど、「頑張ろう!」とか「元気になって!」じゃない言葉や表現で、パンッ!と明るい色の方へ持っていくというシンプルな歌に仕上げました。

13:「One Family〜宇宙の渚スペシャルバージョン〜」
もともと「One Family」はアルバム『WHITE』のいちばん最後に収められていた楽曲ですが、NHKの番組「宇宙の渚」のテーマソングになるということで、あらたにアレンジをし直しました。生のストリングスが入っていることがいちばん大きな違いですが、感覚としては、新しく録り直したという気持ちで完成した1曲です。アレンジは河野伸さんにお願いしたのですが、この生のストリングスの感じといい、盛り上がり方といい、本当に大きな曲になったなあという印象です。「夜明け前の祈り」と「One Family」は、震災を受けて思ったことや感じたことが、そのまま歌になったような2曲。こうして同じアルバムの中に収録されるということで、自分の中ですごくしっくり来る感じになりました。