展覧会の構成と主な出品予定作品

第1部/アレクサンドロス大王以前の美術


ギリシャでは、前7世紀頃からアルカイック文化が急速な成長を遂げ、前5世紀になると、東地中海はギリシャ古典文化の黄金時代を迎えました。いっぽう東方では、前6世紀に世界最古の帝国であるアケメネス朝ペルシャが興り、古代オリエント文明の伝統を引き継ぐペルシャ文化が花開いています。第1部では、均衡する東西の二大文化を、神々をはじめとするギリシャの彫像群、貴金属製装身具やペルシャの浮彫、貴金属器などによって紹介します。



1. クラテル(オレイテュイアを略奪する風神ボレアス)
B.C.4c中頃 高さ68cm
イギリス・大英博物館 蔵

クラテルとは葡萄酒を水で割るための容器。ギリシャの神々はしばしば若い女性を連れ去っています。北風の神ボレアスはアテネの王女のオレイチュイアをみそめてトラキアにさらったと言われていますが、その物語は陶器に描かれる画の主題として愛好されています。この作品では翼をもつ北風の神が王女をとらえて抱きかかえている光景が描かれています。


2. グリフィンのリュトン
B.C.6c〜4cエルジンジャン(トルコ)出土 高さ25cm
イギリス・大英博物館 蔵

リュトンとは古代オリエント、ギリシャなどの典型的な酒器で、宴会などで葡萄酒を盃に注ぐ器。この銀製リュトンは、当時流行していた横畝(うね)を施した角型の本体に、鷲形グリフィンの半身を接合したもの。縁のパルメット文、ロータス文は当時の代表的な植物模様で、グリフィンは魔除けの役目を持つとされています。


第2部/アレクサンドロス大王の登場

前334年から前323年まで続いたマケドニアのアレクサンドロス大王の東征によって、ペルシャ帝国は滅亡し、結果、東西の均衡が破れ、若々しい力に満ちたギリシャ美術が地中海から東方を席捲することとなりました。第2部では、この画期的な時代を象徴する作品として、同王の肖像、父王フィリッポス2世に関わる作品、ギリシャ、ローマで信仰を集めた様々な神々の像を展示します。


3. アレクサンドロス大王胸像<ローマ時代 模刻>
オリジナル:B.C.4c末 イタリア・ティーヴォリ出土 高さ68cm
フランス・ルーヴル美術館 蔵
(C)RMN-H.Lewandowski

18世紀にスペイン大使、J.N.アザラが発見しナポレオン皇帝に贈呈したヘルメス柱型の作品で、柱の部分に「マケドニアのフィリッポスの息子アレクサンドロス」とギリシャ語で記されています。実像に最も近いといわれ、頭髪を額の真ん中で二分した髪形と個性的な顔貌に特色があります。


4. 牧神姿のアレクサンドロス大王像
B.C.4c〜3c ペラ出土 高さ37.5cm
ギリシャ・ペラ考古学博物館 蔵

頭部に牧人と家畜の神パンの二つの角をつけた若々しいアレクサンドロス大王の像。首をやや右にかたむけて遥か遠方を仰ぎ見る姿は大王像の典型の一つ。この像は、左脚を後ろに引き、右腕を挙げて前方に突き出していたように思われます。


5. うずくまるアフロディテ<ローマ時代 模刻>
オリジナル:B.C.3c中頃 高さ71cm
フランス・ルーヴル美術館 蔵
(C)RMN-H.Lewandowski

ヘレニズム期からローマ時代には、うずくまって湯浴みをするアフロディテ(ビーナス)像が愛好されました。体を片方の脚で支えるというそれまでの姿勢ではなく、より動きのある裸体の女神像を好んだ趣向から生まれたこのポーズは、ギリシャ女性の官能的な雰囲気を醸し出しています。


第3部/東西文明の交流〜ヘレニズムとイラニズム〜

前3世紀中葉以降、東方のヘレニズム国家が衰退し始め、ギリシャ文化の新たな担い手としてアルサケス朝パルティア、インド・スキタイ、インド・パルティア、クシャン朝、クシャノ・ササン、ササン朝などイラン系の諸王朝が台頭しました。第3部ではギリシャ文化とイラン文化、インド文化が交流して生れた新しい美術、なかでもガンダーラ仏教美術を中心に紹介します。


6. 風神ウァドー像 浮彫
A.D.2c〜3c ガンダーラ出土 高さ30cm
ドイツ・ベルリン国立インド美術館 蔵

拝火教(ゾロアスター教)には二人の風神が存在します。その中の一人はペルシャ語でワータといいますが、1-3世紀にガンダーラにいたクシャン族はウァドーと呼んで信仰していました。クシャン族ははじめは偶像崇拝をしていませんでしたが、ギリシャ文化の影響を受けて偶像を崇拝します。この作品では、ギリシャの北風の神ボレアスなどがモデルにされていて、風をはらんだ帆のようなマントを手に持ち、髪を逆立てた男の姿で擬人化されています。


7.ディオニュソス神の勝利の皿
A.D.4c〜5c アフガニスタン北部出土 直径22.6cm
イギリス・大英博物館 蔵

ディオニュソス神が妻のアリアドネと共に二人のエロスが引く戦車に乗る凱旋図(インド征服か)を表した銀皿。右側にヘラクレス、他に3人のエロスを配されています。ヘレニズム期の図柄をモデルとして作られたものですが、酒と豊穣の神ディオニュソスとその仲間は、ゾロアスター教を信奉するササン朝ペルシャで酒器に好んで描かれました。


エピローグ/日本への路


シルクロードを経て、中国、そして日本まで到達していたヘレニズム美術の影響という、これまでほとんど無視されてきたテーマをエピローグとして取り上げます。
ここでは、いくつかの重要な図像学的テーマに沿って、西域・中国・日本の仏像、神像、工芸などに見られるヘレニズム文化の東漸を実証していきます。


8.重文 兜跋毘沙門天立像(とばつびしゃもんてんりゅうぞう)
平安時代 中国 高さ164cm
奈良国立博物館 蔵

西域・唐風の兜跋毘沙門天で、左手に仏塔を右手に鉾(ほこ)を持つ。甲冑は細部まで綿密に再現され、足下に地天女と二邪鬼を配す典型的な兜跋毘沙門天立像(9世紀の東寺毘沙門天立像の模刻。12世紀)。冠の鳳凰はガンダーラの毘沙門天像の伝統を受け継いでいます。


9.重文 執金剛神立像(しゅこんごうしんりゅうぞう) 快慶作
鎌倉時代 高さ87cm
京都・金剛院 蔵

執金剛神は、西域・唐風の甲冑に身を固め、インド・ガンダーラ以来の伝統的な持物である金剛杵を持った仏や仏法の守護神。金剛杵はゼウスの雷霆(らいてい)に相当するもので、もともとは帝釈天(たいしゃくてん)の持物ですが、執金剛神の金剛杵は仏陀のボディガードの武器として転用されたものと言われています。

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