「オバマ大統領には失望した」
この言葉をこの１週間何度聞いたことだろう。テレビカメラの前で言ったのは、下院のポール・ライアン予算委員長（共和党、ウィスコンシン州）。そして、今月18日、所得税の納税申告期限の日、内国歳入庁（IRS、日本の国税庁に相当）マンハッタン事務所の前に集まった市民も口々にこう言った。
Morgan Freeman
所得税納税申告の日に「国防費削減、高額所得者増税」を訴えるデモ参加者
これに先立つ13日、オバマ大統領は、2014年までに財政赤字を抑制できない場合には、「増税」と「政府支出の大幅削減」を実施する、とした財政安定化策を発表した。2023年までに4兆ドル（約330兆円）赤字を削減するというものだ。
また、米連邦政府の債務には法律で定められた上限があり、来月16日までにそのリミットに達すると予想されている。債務上限の引き上げがされない場合、7月8日までにデフォルト（債務不履行）に陥る可能性がある。これを避けるため、連邦議会とホワイトハウスを巻き込む交渉が延々と続いている。
しかし、この時期に「増税」を持ち出すとは、なんともタイミングが悪い、としか言いようがない。
米国民は企業に雇用されていても、所得税申告の書類を自分で用意し、年度末までに支払わなかった税金を、小切手や郵便為替で期日までにIRSに郵送するか、オンラインで申告し、支払いをする。いままさに、多くの人が苦々しい思いで税額を小切手に書き込んでいるのだ。たとえ還付があっても、クレジットカードローンや住宅ローンの支払いに回すことも多い。
オバマ大統領は高額所得者への「増税」を打ち出したが、国民はこの言葉に敏感だ。この納税申告期日前に、オバマ大統領は地雷を踏んだも同然だ。
さらに、「増税」と「大きな政府」を蛇蝎（だかつ）のごとく嫌う共和党議員は、即座に反対。一時しのぎで、債務上限の引き上げには応じる構えだが、増税の代わりに厳しい財政管理と支出削減をするよう主張している。
オバマ大統領の失点に乗じて、素早く行動に移した人々もいる。この週末、草の根保守の運動「ティー・パーティ（TEA=Taxed Enough Already）」の集会に次々に参加した、サラ・ペイリン前アラスカ州知事、実業家のドナルド・トランプ氏など、2012年の大統領選候補と目される話題の人物たちだ。
特に、テレビでリアリティー番組を持ち、富豪とされるトランプ氏は、週末のニュース番組を独占。「今の大統領は、史上最悪の大統領だ」と強調した。
半ばタレントの同氏の勝算はいまだ全く不透明だが、オバマ大統領への不信感が急に強まってきた現在、穏健派よりも過激な共和党候補に勝算がありそうな可能性を、ウォール・ストリート・ジャーナルはオピニオン記事「オバマ再選は難しい、でも共和党は気を抜くな」で指摘している。
「米有権者は、元俳優のロナルド・レーガンを選んだし、それにケネディも、オバマも選んだことがあるからな。現職に失望していると、話題が豊富な人が勝つかも」と、コンサルティング会社に勤める友人は話す。
オバマ大統領も4月4日、フェイスブックやツイッター、そして支持者へのメールで、正式に12年大統領選への立候補を表明し、債務問題やリビア攻撃と、喫緊の課題を抱えながらも、各地での集会を始めた。
オバマ陣営の選挙資金の目標額は約10億ドルといわれており、08年選挙の約7億5000万ドルを大幅に上回る史上最大の「金権選挙」となる。果たして、共和党がこれに対抗する資金を集められる候補者が出せるのか、共和党が話題豊富なタレントたちではなく、穏健派に候補を絞り込んだ場合、資金が十分に集まるのかなど、いろいろ”スリリング”なテーマがが並んでいる。
オバマ陣営だけでなく、共和党も、夏休みに入る前に、本格的な資金集めに入りたいはずだ。小切手に税額を書き込んだフラストレーションが消えないうちに、動かなくてはならないだろう。
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津山恵子（つやま・けいこ） フリージャーナリスト
東京生まれ。共同通信社経済部記者として、通信、ハイテク、メディア業界を中心に取材。2003年、ビジネスニュース特派員として、ニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。08年米大統領選挙で、オバマ大統領候補を予備選挙から大統領就任まで取材し、ＡＥＲＡに執筆した。米 国の経済、政治について「ＡＥＲＡ」「週刊ダイヤモンド」「文芸春秋」などに執筆。著書に「カナダ・デジタル不思議大国の秘密」（現代書館、カナダ首相出 版賞審査員特別賞受賞
