はてなキーワード: 普通とは
相手のスペックがどうこうよりも、相手に対して特別な思い入れがあるからこそ結婚しようと思うし、中年になっても愛が続くんじゃないのかね。
普通程度の常識と思いやりがあれば、正直誰と付き合ってもそれなりに上手くいくだろうし、代替可能だと思う。
代替不可能になるのは特別な思い入れがあるからだよね。
俺はそれが一緒に青春を過ごしたとか一緒にたくさんのことを経験して一緒に成長してきたとかだけど、それが相手が処女だったとか童貞だったっていう人もいるんじゃないか。
消したようなのでバックアップしておく。
http://anond.hatelabo.jp/20081216205541
僕の周りにいる人間はみんな馬鹿でして、ああこいつなんて頭が悪いんだと思ったことは数知れず、いや、数はどうでもよいのですが、僕が人を見下すことにかけてずば抜けた才能を持ち合わせているのかについて多少書いておこうかと。
小学校に入学したときから卒業するまで、ずっと「今学期先生にクラスみんなの前で名指しで何回褒められたか」を数えることを欠かしませんでした。授業中積極的に手を上げた、1回、進んでクラス委員を引き受けた、1回、今学期は12回だったので前より減ってしまったな、とこのような調子でした。クラスみんなの前でというのが大切な条件であり、例えば班を組んでいる中で褒められたものは数に含めません。どのように振舞えば先生に褒められるか考え、意図した行動で褒められればよしやったという気分になりました。3年生と4年生のときには、帰りの会でその日のクラスメイトの善行を褒め非のある行いを諌める制度がありまして、そこでもできるだけ僕の名前が出るよう、音楽の時間には楽譜の読めないクラスメイトのために楽譜にカタカナのド・レ・ミを振ってやったり、給食係の後片付けを手伝ったり、分度器を2セット持ってきて忘れたクラスメイトに貸し与えたりと、さまざまな恩を振りまいていました。恩のパターンを増やしてできるだけクラスメイトが僕を褒めやすくするよう気をつけ、また適度に僕もクラスメイトのよかったところを褒め、褒められてばかりの状況にしないよう気をつけました。おかげで先生の僕に対する心証はすこぶるよろしく、三者面談ではクラスの中心になってよく頑張っていると必ず褒められ、毎学期の通信簿も上々の出来でした。いや、さすがに小学生の僕でも意図してここまで厭らしく点数稼ぎを行っていたわけではなく、どのような振る舞いをすればよく見られるのかということを意識しないまでも身体に染み付け、そう振舞うように僕は自律していたのでありました。
僕が勉強しなくてもよい成績を取れることに気がついたのは中学生の時分でありまして、テスト前に1週間くらい勉強すれば普段はなにもしなくても簡単に高順位が取れる、勉強時間では周りの生徒より少なかったかもしれません。そのころは親や先生や友人にちやほやされて気をよくしていたものですが、高校に入ってからは同じやり方で学年トップが取れるようになりまして、周りの皆様は僕のことをさらに頭がよいとみなすようになったものですから、すっかり天狗になってしまい、それと同時に頭がよいことは僕のアイデンティティであり触れえざる自尊心のよりどころとなりました。これで周りの人間と普通に接することができれば僕は普通の秀才君になれたのですが、元より卑しい性根の持ち主ですから、必死に勉強して自分より成績の劣る生徒を見下すことに快楽を覚えるようになって、それでもその卑しい性根を表面に出さなければまったく問題のないことなのですけれど、そんなことできるわけもなく、勉強の話になるとどうしても自分を売りたくなってしまいます。河合塾の模試で全国20位くらいになったときが絶頂期でした。教壇の前で先生から模試結果と図書券をもらった日には、一日中にこにこと気色の悪い笑みを浮かべ、友人が僕に模試の話題を振ることをまだかまだかと期待していたのでした。そんなことをしながら僕は自尊心をさらに肥大化させるのですが、臆病な自尊心と尊大な羞恥心といったところでしょうか、恥をかかされることを極度に恐れ、周りもそれは察していたようで何か壊れやすいガラス細工の置物のように僕を扱うようになりました。
それなりによい成績を維持し続けることができたので、大学も難関と呼ばれるところに合格し晴れて入学、さあ知の世界とやらにはどんな人間が集まるのかと期待していたものの、1年くらいたつと、あれっ、どうも違う、こいつらは自分と同じくらいの学力のはずなのにどうにも頭が悪いらしいと感じるようになりまして、そうなるとさあ持ち前の腐った性根の出番だ、友人との会話にちょっと難しい言い回しを使ってみたり、アーレントだとかフーコーだとか少しかじっただけの知識をべらべら披露してみたり、そうすると友人は僕のことを頭がいいと尊敬するようになるので、僕の悪癖は余計に拍車がかかるのでした。小難しい言い方をするやつは頭がいいと見せかけたいだけで本当は馬鹿だなんてよく言われますが、これは案外あたっているような気がします。
大学生はみなTOEICを受けるというので僕も受けてみところ、1回目は何も対策を採らずに740点くらい、世間では皆様が730点を突破するのに必死こいているのに僕は易々と通過してしまい、2回目は3日勉強して830点くらい、何だ簡単ではないか、TOEICが難しいといっている連中は馬鹿ではないのかなどと今でも思っているのですが、とにかく程ほどの得点が取れたのでTOEICには飽きてしまいました。TOEIC830点なんて何のことはない、実はTOEICで流れてくる英語が聞き取れるだけで、普通の英語は英会話教室の教師のようにゆっくり話してもらわないと聞き取れませんし、会話などできるわけもなく、外国人の教官に質問するときはあらかじめ質問文と対応を考えておいてそれをそのまま述べるという情けない有様でした。それでいてリスニングやスピーキングの特訓をして英語力をつけようともしないのです。なぜならばれて恥をかく心配がほとんどないから。己が羞恥心それだけが汚されないために勉強してきた人間なのです。そのような恐れがなければ当然努力するはずもありません。
僕の怠惰な性格はとうとう大学へ通うことすら妨げるようになりました。と、ここで疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。「大学へ行かないで引きこもるのは恥ではないのか?」そこは舌先三寸、まず「自殺したい」と言って心療内科にかかって抗鬱剤などを処方してもらい、家族や教官に「鬱になった。医者に薬を出してもらった」などと言えば、大概は「無理をしてはいけない、しばらく休むといい」と心配してもらえます。最近はこのように鬱でもないのに医者にかかって「自分は鬱だ」と言い訳をする人が増えているらしいのですが、自分の両親は落ち込んだ表情と声色を使って「鬱で死にたくなった」と言っておけば簡単に信じ込むことは心得ておりましたので、当初の見込みどおりに鬱を装い実家へ帰省、こうして日本にまた一人のニートが誕生したのでありました。いや、人を騙すのは簡単だ、両親が二人とも馬鹿でよかったと、そんなことをたまに考えることがあります。
未だに僕の邪悪な性根、穢れた精神は誰にも知られておらず、嫌味なやつと思われることはあってもここまで腐りきっていることは誰も想像できないでしょう。裏表のある人なんてのはかわいいもので、外見は変哲もない人間、中を見たら中はダニ、ゴキブリ、ハエ、蟲、蟲、蟲、糞便、尿、吐瀉物、血液、汚泥、悪臭、ありとあらゆる汚物が満ち満ちており、誰も想像しえぬほどの穢れた、醜く、忌まわしき、獣の、ああ、言葉では言い尽くせないほどの本性を僕が隠し持っていると考えるだけでも、気持ち悪い、殺したい、殺したい、殺したい、なんとかしないと。
鏡で自分の顔をずっと見つめていると段々おかしな気分になってきて、鏡に写っているのは本当に自分の顔なのか、実はそうでもないような気がしてきて、そんなはずはないのだけれど、物理法則は絶対のはずなのだけれど、頭の中が掻き回される感触、ぐるぐる、ああ気持ち悪い、見ていると吐き気がする。
少し落ち着きました。ついでにネット上での活動も懺悔ついでに書いておきましょう。一丁前にウェブサイトやブログも運営しておりまして、そこでもまた例のごとく、どこかで聞きかじった知識をつぎはぎしてさも自分で考え出した理論であるかのように雄弁を、そうネット上では雄弁をもって披露していました。それらしいことが書いてあるので馬鹿がどんどんブクマしてくる、まともな人が見れば「これはひどい」タグをつけるところでしょうが、若干のアカデミズムをちらつかせておけば文盲を引き付けることは十分容易いのです。「こいつら本格的に馬鹿だなあ、これでネットリテラシーとか言ってたりするのかなあ(笑)」などと思いながら、一方では人がたくさんいる掲示板を首尾よく荒らす方策などを練っていたり、はてなにいくつかアカウントをつくって気に入らない記事にネガコメ攻勢をかけるなど、裏ではネットの荒れ模様を作り出すことに労力を費やしていました。2ちゃんねるで6年くらい続いていたスレッドを糞スレ化することに成功したときは快感でした。FAQに載っているような質問をパターンを変えてしつこく繰り返す、自分で投稿した質問に対して「テンプレ読め、ぼけ」などの煽りを入れるとたいてい誰かが加わってくれます。自作自演と見破られないように手を変えながら同じことを、徐々に間隔を詰めて繰り返し、返答の煽り具合も過激にしてゆけば、次第に通常の質問でも荒れ出しついに人がいなくなってしまうという手法でした。かなりたくさんの人数を操作できたので非常に満足しました。よもやあの○○さんがこんなことをしているとは思わないだろう、あはははは。
ネットは僕の本性を活かすには恰好の舞台でありました。リアルな僕の存在を知られる可能性は警察沙汰にならなければ限りなく0に近いので、僕は本性に従った行動をほぼ無制約に起こすことができ、それは大変素晴らしい所でした。甘美。エクスタシー。こんな馬鹿げた駄文も匿名でなければ流すことはできないわけでありまして。
人間はみな、かくも恐ろしき二面性を持ち合わせているのでしょうか。僕はいつからか自分の本性に薄々感づいていましたが、自分の内面を覗いてみたついさっきはっきりそれを自覚したため、言葉にして綴ってみたら気持ちの悪い感覚が離れず、自分の身体の中はどうなっているのだろうか、本当に筋肉があって臓器があって人間の身体なのだろうか、皮膚を切ってみたら肉は少し見えたけれどバラバラにしないと本当のことはわかりそうにないので、しかし自分でバラバラにして自分の目で中を見るような器用な技は持っておらず、諦めるしかないのかなあ。考えれば考えるほど、螺旋の階段を下りるように、闇の底へ、もう戻れない、何もないのか、いつまで続くんだこれは。
性格が悪いと言われるよりは、容姿が悪いと言われるほうが傷つくわ。
http://anond.hatelabo.jp/20081217172128
元増田の疑問に応えるなら、
それはセルフイメージが高すぎるから。
自分の中では、自分自身は超絶美形でないといけないのに、普通程度の容姿なわけでしょ。
それはもう自分の中ではブサメンに等しいんだよ。他人との比較なんて意味がない。
ここ肝心なんだけど、非モテ非コミュは他人との比較の中で生きていない。
これを頭に入れておくと、いろんな疑問が解決すると思うぞ。
未熟っていうのとはまた違うと思うんだ。
職場にすごく気分屋の上司がいて、態度がコロコロ変わる(天使⇔暴れん坊天狗)んだけど(お前はキン肉マンゼブラか!っつうくらい)、
そういう人って、単に自分の気分を抑える力が劣ってるのではなく、抑える力は普通くらいなんだけど、
沸いてくる量が人並みはずれてすごいんじゃないかと思った。沸いてくる分は本人じゃコントロールできないもんな。
そういう意味ではかわいそう。
すごく食いしん坊のデブの人がいたとして、その人は食欲を抑える精神力が弱いんじゃなく、抑える力は人と同じなんだけど、わいてくる食欲の量が人よりすごいんじゃないかと思うんだ。
表に出てる状況では、抑える力が弱いのか、沸いてくる量が多いのか、その両方なのか判断はできないんだけどさ。
沸いてくる量が多いケースに関しては同情してあげてもいいと思う。
椅子取りゲームではないんだけど椅子取りゲームでも同じことができるからいいんだ。要するに破綻の日が近いって話
椅子取りゲームなら普通に椅子を取り除いて一人だけあぶれるようにしていくんだけど
最後の最後は始まる前からほぼ過半数以上があぶれるようになっていたり、全員あぶれるようになっていると
なんかね、そんな気がするんだ。最近は特に
それって年食った会社の重役とか、年収2000万とか異常な人たちの収入も含めてだから、20-30代の若者だったら年収400万いかないのなんて普通だろ。全然底辺なんかじゃない。
自分を追いつめてるわけじゃなくて、楽な方に逃避してるだけでしょ。
「外見で判断する周りがいけないのであって、僕のせいじゃない」と。
外見が普通だと言うことになると、問題は自分だってコトになるから、それはもう必死で防衛する。
そこは、極力さわらずに放置しておきましょう。
ジャンプはポイントさえつかめばすごく簡単。素人でもすぐわかる。
スピンもいくつかのポイントを押さえればレベル判定はわりと簡単にできるようになる。
ステップはさすがに難しい。
あとジャッジにはVTRが用意されてるはず。
技の認定をするテクニカルスペシャリストはスロー映像も参照することができて
これまでの経験上ですが、自分の容姿を必要以上に卑下して、その手の話になると決まって「俺なんか」とか「お前はいいよな」と捻くれる人で、「・・・まぁ、がんばれ」と本当に言葉を失うような絶望的な容姿の奴を見たことがない。大抵はびっくりするほど普通の容姿をしています。
あれは何なんでしょうね?
一体何と比べて自分を卑下しているのか、基準が分からない。本当に大半は可も不可もない、どこにでもいる容姿ですからね。でもそう言う人に「いや、お前は普通だって」と言っても全く聞きませんし、中には逆ギレされする人もいたりします。
彼ら(いや、彼女ら、もか)は、何によってそこまで追いつめられたのか?
何がきっかけでそう言う風に考えるようになったのか?
興味がありますが、そう手の人に「何でそう思うの?」と聞いても、冷静な回答は返ってこないだろうなぁ・・・。
あ、ちょっとわかる気がする。
ウチは物心ついたときから母子家庭で、今思えば母親すげーなと思ったりもするんだけど月収20万行くか行かないかくらいで
ボーナス無しで借家で子供が二人居て、全然普通に生活してきてる。
確かに車はないし旅行も行ったことないしそういう贅沢はしてないけど、逆に貧乏エピソードみたいなのも全然無い。
ギリギリ普通の食事して、普通の家電を買って普通に家賃を払って生活した記憶しかない。
小遣いやお年玉は貰った事無いけどその代わり中学生の時から朝刊配ってその給料から1万は自分の好きに使ってよかったので、
個人的には潤いすぎてるくらいだった。高校生になるころには自分のPC持ってたし、大学もその貯金でいけたし。
だから年収200-300万で貧困ナントカとかワープアとか呼ばれると、そこまで困っても無いよ?と思ってしまう。まあ色々とアレやソレはあるけど(何だ)。
逆にみんな年収500とか600とか貰ってたら余って余ってしょうがないんじゃない?って思ってしまう。そんなに使い切れないだろwみたいな。
現職のまま次のところを探そうと転職活動していたときがあったけど、「採用決定後、辞めるまでに一ヶ月かかります」って言うと、「あー、それじゃダメですね。すぐ来て欲しいんですよ」って言われてどこもダメだったな。
明日にすぐ「次のところが決まりました。辞めさせてもらいます」が通るわけじゃないし、普通どんな会社でも辞めるまでに一ヶ月の期間は必要だとは思うんだけど、それがなぜか理解されなかった。
あ、住んでいるのはど田舎で、面接受けてたのは中小零細同属企業ハロワ求人だったけどね。田舎に帰ってくるんじゃなかったなあ。何か知らんけど、いろんなことで「え?どうして?」ってことが多すぎる。
マラリア対策で支援された蚊帳を漁業に使う話をネット民が「バカなの?死ぬの?」と笑っているように、
普通に暮らしてる一般人にとって下流派遣だのなんだのって話は「ハァ?」って言うレベル。
多少の苦労もあったかもしれないけれども、
とりあえず平穏無事に満足な生活をしている。
だから、「なんでこの程度の暮らしができないの?」と思ってしまう。
この問題は理解不能なんだ。普通の人には。
だから何か良くわからないものへの理由付けとして努力論が出てくる。
自分達があまりに普通に暮らしているせいで、それ以外が考えられないんだから。
だから対策とか職業訓練だとかなんだとかを上の人間が考えても今ひとつ効果がないんじゃなかろうか。
誰も問題の原因がわからないんだよ。あまりにも自然に出来上がりすぎてて。
やっぱり、努力して「普通」にならないと排斥されて当然だよね。
でも排斥されてるから普通に近づくのが難しくて、だから排斥されて、だから努力が必要で・・・・
あぁ、みんな努力して普通を手に入れてるから、努力の足りない非コミュはキモイのか。
勉強しなかった奴がマヌケに見えるのと一緒だね。
なら仕方が無い、そういうものなんだ。
DQN父じゃないよ。普通に知的階層の人。職業は医者弁護士教授会計士のどれか。どれかは秘密。
しかも他人からは優しいお父さんと見られている。
なんていうか、でも私はhashiなんとかたんみたいなんじゃなくて、普通に明るい。
そして絶対に誰にも言わない。身内の恥を晒したら自分が不幸になるから。
何が言いたいかって、私ですらこうなんだから、世の中には結構実の親に性的虐待を受けた人っているんじゃないかなあ、ってこと。
まあ、普通に明るくしてるけど、本当は心の傷になってるよ。
そうそう。
で、そいつらは「自分たちとは違う何か」にしておくんだよな。
そうすれば、事件が起きても「異常な奴」が、その異常さゆえに起こしたことに出来るしね。
普通で健全で一般的で、でもちょっと人と違った自分を演出しないと異常な奴にされる世の中の、
息苦しさとか異常性とか考え出したら、そいつも「異常な奴」だしな。
なにしろ「普通じゃねぇんだもん」。
だから、普通で健全で一般的で、でもちょっと人と違った自分は殺人なんかしない安全な人。
そして、非コミュはいつ人殺すかわかったもんじゃない殺人予備軍。
なにしろ、キモイしね。
キャラ作ったりする立場から一言だけでも書かせてもらうとすれば、
処女と非処女はそんなに簡単に決められないってこと。この前もナヨっぽい主人公多いよなーって話を見かけたけどさ
たとえば十代ヒロインは18よりも若いなら非処女ではまずい。この建前はわかるはず
倫理観や常識から外れないように年齢や容姿を考えていくから簡単にっていうのは難しいんだ
彼氏・彼女がいるとかまではいいんだけどね。スイーツのあり方にはちょっとどうかなって思うよ
ほとんどの場合は明言しないけど「たぶん、知らないんだろうなー」くらいににおわせておきたい
逆に二十歳過ぎだと今度は処女にしておくとまずい場合といい場合がある。こっちは状況に応じて使い分け
処女厨の感情は別として、十代主人公たちがすでに経験済みっていうのはいいイメージを与えない場合がある
スイーツはこの逆だけれど、普通は処女童貞にして性体験は書き連ねないのが普通でしょ
後、恋愛経験者の話はあまり面白くならない。初心者が何も知らないことにてんやわんやくらいがちょうどいい
ありえない話なんだから読みたいわけでどこにでもあるような話は読みたくないでしょ
ここから個人的な感想
そういうわけでエロ・萌え主体の作品に主要な女性キャラのうち何人かは非処女、
という作品がもっと増えたほうがいいのではという気はします。
どろどろの肉体関係だらけの話は昼ドラとおじさん漫画とポルノでいいわけだけどオタ系でそれだったらイロモノという感じが
「大好きな○○先輩が“処女は面倒くさい”っていってた・・・ショック・・・」みたいなのが普通にあったよ。
そのころ援助交際って言う言葉が流行りだしていて、性の早熟化が問題視されていたんだけど・・・
DEEP LOVEとかね。
これも女性優位の時代の影響?
そもそも浅田とキムをやたらに(当人たちがしていないのにも関わらず)年と背格好が似ているからといってライバル視して煽るマスコミの論調が気に食わないのだが、もっと気に食わないのはいまだに「技術の浅田、表現力のキム」と日本のメディアが煽っていることだ。
そら確かに、技術力で上回る浅田に、表現力のあるキム、そして二人は同じくらいの背格好で、同い年!という構図はいかにも漫画チックで面白げだが、その面白げな演出のために事実を曲げるのは言語道断だろう。
浅田選手は実は(といってもフィギュアファンには常識だが)表現力も凄い。PCS(厳密には違うがかなりおおざっぱにいえば芸術点的なもの)の今季最高得点は浅田である。今回のGPF(グランプリファイナル)でも、なぜだか日本のマスコミはやたらに「ヨナがミスしたおかげで浅田が勝った、浅田はノーミスなのにキムよりちょっとだけしか上じゃなかった」「ノーミスだったら多大な表現力の差でヨナの方が勝つ」的なことにしたがっているのだが(これはもう、物凄く不思議だ。自国の選手がアウェーで優勝し、女子史上初の3A(トリプルアクセル)×2を決めてきたというのになぜこういう論調にしたがるのだろう。男子の小塚が初めてGPS(グランプリシリーズ)で台にあがったのに、ほぼスルーなのも気になるし、あれほどマスコミが煽ってきた4S(4回転サルコウ)を安藤がチャレンジし、DG(回転不足のこと)こそとられたものの着氷したというのに(個人的には安藤はもう4Sを目指さないほうがいいと思うが)スルーしているのも謎だ)、GPFでの二人のPCSの差はほとんどないのである。またヨナがミスして浅田はほとんどミスなかった、的構図も誤りであって、浅田はSP(ショートプログラム)でもFS(フリースケーティング)でも減点の非常に大きなミスをしている。ただそのミスは、減点が大きいわりに素人目にも、いや、荒川静香や伊藤みどりというプロにでさえもわからなかったようなものであるため一見目立たなかっただけだ(要はDGである。それに加え、FSでは、転倒そのものより、それによりコンビネーションジャンプが単独になってしまったことが痛かった。今のルールでは下手をすると転倒よりわずかなDGの方が痛いのだ)。素人が浅田の演技を見て「ノーミスなのに」と思うのはまあ仕方ないが、マスコミがそれでどうするのだろうか。
まあとにかく、結論として、浅田は実は表現力もかなり優れたスケーターである。海外ではむしろ、技を褒める前に表現力の方を褒め称えられていたりする。浅田は、表現力もトップクラスの上、スピンやスパイラルやステップもレベルが高く、その上にジャンプの凄さ、またスタイルも抜群によく(フィギュアスケート選手として。この点はキム選手も同じ)、メンタル面も優れている、奇跡のような選手なのだ。
メンタル面の強さは凄い。今シーズン初めのフランス杯で、あれだけgdgdになっておきながらも、わずか2週間でジャンプの調子を整えてきたという凄さ。普通なら有り得ない。また昨シーズン足を引っ張ったロングエッジのルッツを、僅か1シーズンでしっかり矯正して来て、加点までもらえるほどのジャンプにして見せた凄さ。驚異的だ(ジュニア時代からずっとそういう癖だったものを矯正するのは勿論難しいことだ)。なんと苦手だったサルコウまで飛んでいる。
月曜日のとくダネというニュース番組で、こともあろうに「3Aを二度飛んだのに、結局ミスをしたヨナとたいして差がない!浅田は実力不足が否めない!その差はヨナの妖艶な表現力にある!」といった論調で報道がなされていたのだが……これには正直文字通り開いた口が塞がらなかった。何度も言うが、PCSはほぼ変わりない。というか、昨シーズンの世界選手権では浅田の方が上である。
キム選手は確かにトップレベルのスケーターでありそれには間違いないが、事実を捻じ曲げてまで、優勝した自国の選手を「実力不足」だと言うのは最早、何がしたいのか分からない。ピーコに至っては「二人の私服のファッションセンスに差がある」というような事を言い出し、アナウンサーは「二人のCM契約数の差」を話し出し、小倉はそれらにいちいち暗い顔をしては「真央ちゃんはまだ力が足り無い……」と嘆き……本当に何がしたいのか意味不明な番組であった。アウェーで自国の選手が優勝したのに何故かお通夜ムードである。
まあしかし、確かに浅田も重大なミスをしたとはいえ、女子史上初、伊藤みどりも成し遂げなかった3A×2を成し遂げた業績の割には点が伸びなかったのは事実である。表現力もいいというなら、一般視聴者にとっては更にわけがわからなくなることだろう。一体何がダメなのか?そこは2年くらい前から変わってきた今のフィギュア界の不可解なルールが関係しているのだが話すと長くなるので割愛する(キムヨナもジュニア時代からほとんどやっていることは変わりがないのに急に浅田に勝てるほどに点が伸びだしたのもルール改正と同時だ)。
あと日本のマスコミはやたらにGPSを重視し、まるで世界選手権と同格のように扱っているが、フィギュアスケート界では大会の格としては世界選手権>>>>GPSである。というかここまでGPSを盛り上げているのは日本と韓国くらいだ。別に盛り上げてくれるのはいいが、フィギュア選手の毎年の最終目標は常に世界選手権であり、GPSはその前座的役割、今季のプログラムの経験値を上げるような場である。今回など、浅田選手は相当に高難度なプログラムを入れているため、これはもう世界選手権で完成してくれれば御の字、といったところだった。正直フランスでの演技を見て、GPSはヤバいかなと思っていた(のだが、あの回復……驚異的だ)。あまり、全ての試合に勝つように煽るのもどうかと思う。国内大会で力を使い果たして世界大会でバテるのでは意味がないのと同じだ。
まあ、とはいえもうマスコミには必要以上に浅田をアイドル化してほしくない、安藤の二の舞にさせたくないという気持ちもあるのでそう着目されても困るのだが。浅田・中野の3Aや安藤の4Sは、本っ当に難しい技で、今のルール上はチャレンジしてもたいしたうまみはないばかりか、リスクばかりが伴う。大技煽りもマスコミにはやめてもらいたい。高橋の4回転2度や、小塚の4回転も同様である。特に安藤の4Sはもう煽らないで欲しい。今回まさかチャレンジしてくるとは思わなかったが、4Sとプロトコルに出て、DGだったものの着氷したのには驚いた。あれだけでもかなり凄いことなのだが、どうしてこういう時に限って取り上げないのだかな。まあ、これを期にもう安藤の4Sには注目しないのであれば、それはそれでいいのだが。安藤は4Sに固執せずとももともとレベルが高いのだから、点数的にも怪我的にもリスキーなだけでうまみのないあの技はもうやらないほうがいい。