<日本人の憧れる南洋>南国のイメージの下に隠れている複雑な歴史と文化の来歴。サイパン(アメリカ自治領北マリアナ連邦)から小笠原(東京都小笠原村)に伝わった「南洋踊り」と、東京で初めて披露される「マトマトン」は、日本とも歴史的に関係の深いパラオ共和国の芸能である。
<小笠原の南洋踊りと古謡>小笠原に民謡が伝えられたのは、約170年前で、日本(伊豆諸島)、南方、小笠原で作られたものに分類される。最初に小笠原に移住した日系人は八丈島出身者であり《ショメ節》などをもたらした。東京都の無形民俗文化財指定《南洋踊り》は、南方から伝わったもので、《ウラメ》《夜明け前》《ウワドロ》《ギダイ》《締め踊りの唄(アフタイラン)》の5曲からなる。これらの唄は、戦前に父島の聖ジョージ教会の初代牧師の長男・ジョサイア・ゴンザレスがサイパン島やトラック島方面の歌をもたらしたものと言われ、5曲とも踊りがつく。歌詞は、カタカナ標記のものが多く、意味もよく分からない南洋諸島の言葉だという。ミクロネシアの「行進踊り」、ヤップ島の「マース」、「テンプラオドリ」との関係が深い。
<パラオの行進踊り「マトマトン」>パラオ共和国を代表する近代芸能「マトマトン」などの芸能(行進踊り)は、広くミクロネシアに分布する。この芸能は、ミクロネシア各地の伝統舞踊のみならず、西洋風の踊りの要素、ミッショナリーのもたらした要素、西洋の軍事訓練の要素、日本統治時代の学校教育など複数の外来の要素が多層的に時代と共に加わりながら1900年頃に成立したと考えられている。2004年、パラオで開催された第9回太平洋芸術祭におけるマトマトン(行進踊り)のパフォーマンスに際して、パラオ各地を代表する女性の踊り手たちを集めて結成された国を代表する踊り手集団。
◎ 共催:新日鐵文化財団/日本伝統文化振興財団