くやしいことにいい人ほど早死にする。なんでそんな無茶なことをしたんだろうと残された人たちはそしてその話を聞いた人たちは思う。そんなことをいくら考えてももう戻っては来ないと解っていてもその人がいい人であったがために諦めきれない。たしかに無茶であったのかもしれない。
最近、強盗を追いかけてその強盗に殺されてしまった人がいる。家族や教え子たちは辛かろう。そして追いかけてと叫んだ女性は追いかけた人の死を知ってもっと辛かろう。反射的に追いかけてしまったために先の事まで考える余裕が無かったのか、覚悟を決めた上で追いかけたのかそれは分からない。でも貴重ないい人がまた一人命を縮めたことだけは確かだ。
消防士でもないのに燃え盛る火の中に飛び込んで残された人や動物を助け出そうとする人がいる。飛び込んだ人まで焼け死んでは元も子も無いとその場面を見た人は思う。これも理性がその人を動かしたとは思えない。気がついたときには中に飛び込んでいたのだろう。
編者の生まれたときには戦争は終わっていた。その戦争では物資の乏しい日本軍がより確実に敵を攻撃する方法として人間そのものが爆弾となる特攻隊というものが存在した。その人間とはまだ結婚さえしておらず、女も知らない若い男たちが多かったと聞く。彼らは志願して特効隊となって飛行機もろとも散る事になる。その人たちは軍国主義の犠牲者だと旧大日本帝国を非難する人もいる。しかし、一人の若者が国のために志願して自らの命を縮める覚悟をする事は難しいと思う。かれらを動かしたのは家族を敵から守ることが何より尊いことだと考えたからだと思う。
自己犠牲とは悲しい言葉だ。しかし、人は仕合わせになるためというより自分の存在理由を実感するために生きているのかもしれない。
-2000/12/06
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