ゼロの使い魔・2回目
 
第8話(後編)
 
 才人達がロンディニウム城を出た頃、戦後の混乱によって通常の倍以上の時間を掛けてシエスタとナイがアルビオンに到着していた。
 
 混雑するロサイスから、やっとのことで抜け出した二人は途方に暮れていた。
 
 取り敢えずはシティー・オブ・サウスゴータを目指してみてはものの、才人の行方に心当たりなどない。
 
 悩みながらも歩を進める二人の横を荷物を満載した数台連れの馬車が通り過ぎ、……そして、先頭の馬車が停止した。
 
 何事かと思っていると、馬車のドアが開き一人の女性が降り立った。
 
 豪華な馬車から降り立った見知った顔に、シエスタが驚愕に目を見開く。
 
「あ……、え? て……、ティファニアさん?」
 
 ティファニアはシエスタに一礼し、
 
「あの……、シエスタさん。どうして、アルビオンに?」
 
「は、はい。実は、サイトさんがなかなか帰ってこないので、ナイちゃんと一緒に迎えに来たんですけども……」
 
「……サイトさんですか?」
 
 言って考え、
 
「――でしたら途中まで送ります。どうぞ、乗って下さい」
 
 シエスタの手を引いて、馬車へと案内する。
 
 ティファニアに先導されやって来た馬車の中には先客が居た。
 
 複数人の少年少女達。
 
 その様々な髪色を見れば、彼らが兄妹でないという事は容易に想像出来る。
 
「あ、あの……、この子達は?」
 
 一斉に集まった視線に、たじろぎながらティファニアに問い掛けると、彼女は笑みを浮かべて、
 
「わたしが世話をしてる子供達です。今度、引っ越すことになったので、今はその引っ越し先に向かってる途中で」
 
 ファーストコンタクトの済んだ子供達の興味は、俄然シエスタよりも同年代のナイへと向いた。
 
 しかも、見たこともないようなアクセサリーを着けているのだ。
 
 好奇心の塊である子供達が興味を持たない筈がない。
 
 ナイの隣に座った男の子が、興味深げに彼女の尻尾を引っ張った。
 
「ひにゃ!」
 
 可愛らしい声を出してシートから飛び上がり、慌てて尻尾を手で隠すが、その反応に尚のこと興味を引かれた子供達がナイに殺到する。
 
 大型の馬車とはいえ、これだけの大人数がいれば当然狭くなる。
 
 そんな中で子供達がナイに群がり、ナイはそんな子供達から逃げようとするのだが、如何せん逃げ場など無く、すぐに捕まりそうになり、シエスタの膝の上へと逃げ込んだ。
 
 涙目で怯えるナイを、シエスタは優しく抱き留めながら、
 
「こら、駄目でしょ? 女の子に、そんなお痛しちゃ」
 
 男の子の頭に、軽く拳骨を落とす。
 
 怒られた男の子は拗ねた口調で、
 
「だって、そいつ変な耳と尻尾付いてんだもん」
 
 その言葉に目尻の涙を濃くするナイを抱き上げ、男の子に向き合わせると、
 
「確かにナイちゃんの耳は皆と違う形をしてるし、尻尾も生えてるけど……、とっても可愛いでしょ?」
 
 言われ、男の子はナイをジッと観察すると、ナイは怯えたようにシエスタにしがみつく。
 
 その保護欲をくすぐる仕草に刺激されたのか、男の子は罰が悪そうにそっぽを向きながらもしっかりと頷き、
 
「でしょう? なら、何か問題があるの?」
 
「う……、いや……、無いけど」
 
 照れる男の子に対し、他の男の子達が囃し立てたが、男の子はナイに歩み寄ると手を差し出し、
 
「……その、悪かったよ。ゴメンな」
 
 頭を下げて謝り、仲直りの握手を求める。
 
 ナイは怯えた表情のまま、差し出された手とシエスタの顔を交互に見やり、怖ず怖ずとした態度で、
 
「……いぢめない?」
 
「い、いじめないよう!!」
 
 必死な表情で弁解を始める少年に、ティファニアとシエスタは笑みを交わし会う。
 
 そして三十分にも及ぶ説得の末、ようやく機嫌の治ったナイに許しを得た男の子は、グッタリとした表情のまま己の席に戻っていった。
 
 それからの道中、シエスタは別れてからの才人達の活躍を聞きつつ、ティファニア達の現状を知らされる。
 
「……サイトさんが公爵様で、ティファニアさんが侯爵様?」
 
「ええ……、成り行きでそうなってしまって」
 
 困ったような笑みを浮かべつつ告げるティファニアに対し、シエスタは未だその事実を理解出来ていないような表情で呆けている。
 
 貴族……、それも最下層のシュヴァリエと平民でさえ身分の差は絶対的なのだ。それが最上級の爵位である公爵とただの使用人ともなれば天と地以上の開きがある。
 
 そんな状況では、才人との間に恋愛など成立しよう筈もない。
 
 シエスタはそんな心境を押し隠して立ち上がると、ティファニアに対して深々と一礼し、
 
「この度は爵位拝命、おめでとうございます」
 
 祝辞を述べる。
 
 ティファニアは慌ててシエスタを押し止めて、
 
「そ、そんな! 止めて下さいシエスタさん! 貴族だなんて言っても、全然偉い事なんてありませんから! これまでと同じように接して下さい!」
 
「ですが貴族様相手に、そんな失礼な……」
 
「お願いします。……そんな他人行儀な態度は取らないで下さい」
 
 深々と頭を下げ、懇願するティファニア。
 
「あ、頭を上げてくださいティファニアさん!」
 
 今度はシエスタが慌てる番だ。頼み込んでティファニアに頭を上げてもらい、ようやく一息を吐く。
 
 ティファニアはそう言ってくれるが、シエスタとしては胸の奥底から沸き上がってくる劣等感は押さえようがない。
 
 ただでさえ、才人の命の恩人というアドバンテージを誇るティファニアが、彼と同じように爵位を拝命したのだ。
 
 否、彼女だけではない。
 
 才人の周囲に居る女性。
 
 貴族の息女であるヴァリエール姉妹を始めとして、才人の過去を知り目に見えない確かな絆を持つブリミルやティファニア。
 
 彼女らはすべからくメイジであり、貴族である。
 
 何の取り柄も無い自分は、やはり才人の傍に居てはいけないのであろうか? という思いさえ込み上げてくる。
 
 そうこうしている内に、ティファニアに与えられた領地に到着した馬車は、そのままティファニア一家の新しい家となる大きな屋敷に入っていく。
 
 停車した馬車から飛び降りた子供達が、我先にと屋敷の中に突入し探検ごっこを始めようとするのを、ティファニアが停めようとするが、子供達は構わずに屋敷の中へ突撃していった。
 
 それを呆れ顔で見守るティファニアと、苦笑を浮かべて荷物の運び先を新たな主人に問い掛ける使用人達。
 
 ティファニアは恐縮しきった顔で、彼らに指示を出すと、自らも荷物の運び出しを手伝おうとして慌てて使用人達に停められる。
 
 ここまで乗せて貰ったお礼にと、シエスタも引っ越しの手伝いを申し出るが、主人の客人に手伝って貰うわけにはいかないと、断固手伝いを拒否され仕方なく応接間で休憩を取ることにしたティファニアとシエスタであるが、基本的に働き者である二人は周りの人達が働いているのに自分が休んでいるという状況が落ち着かないらしく、揃って厨房に赴くとティーセットを借りて使用人達にお茶を振る舞うという、凡そ貴族らしからぬ振る舞いを見せて使用人達を恐縮させた。
 
 その日はティファニアの好意に甘え一泊させてもらったシエスタは、翌日ティファニアの勧めで才人の治めることになった街まで馬車を出してもらうことになり、別れ際に礼を述べ、ナイと共にティファニアの屋敷を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 朝、ティファニアの屋敷を出たシエスタ達が、才人が治める事となる街へ到着した時、時刻は既に夕方を過ぎていたのだが、街には人がごった返していた。
 
 これ以上は馬車で進むことは困難と判断したシエスタは、馬車を降りて御者に礼を述べ、ナイを伴って街の外れにある城。……才人の家となるべく場所を目指して歩き始めた。
 
 途中すれ違った街の人達の話を聞くところによると、どうやらこの騒ぎは、新しい領主がやって来る為の歓迎を意味しているそうだ。
 
 その新しい領主というのは、無論才人の事であるのだが、どうも実感の涌かないシエスタは、まるで他人事のように聞き流していた。
 
 そんなシエスタ達が街の中心部辺りまで到達した時、不意に周囲のざわめきが歓声へと変わる。
 
 何事か? と視線を向けてみれば、そこには威風堂々とした姿でグリフォンに跨り、白銀の鎧を身に着けて真紅のマントの翻した見知った顔の少年の姿があった。
 
 彼の背後には数台の馬車が続き、中でも一番豪華な馬車には、ルイズを始めとしたヴァリエール三姉妹が乗っているのが見える。
 
 もはや、自分と違う世界の住人となった才人の姿を改めて確認させられたシエスタの心に、黒く重いものがのし掛かるような気がした。
 
「……おとーさん!」
 
 才人の姿を確認したナイはその場から駆け出し、小柄な身体を利用して観客達の間をすり抜け最前列から才人の眼前に飛び出す。
 
 本来、領主の行進を遮るような真似をすれば、子供といえども罰則は免れることは出来ない。
 
 領民達が新しい領主の怒りが小さな子供に向かうのではないかと、戦々恐々として見守る中、才人は軽やかにグリフォンから飛び降りると少女の元まで歩み寄って片膝を着き、視線の高さを合わせる。
 
「……おとーさん」
 
 ナイが才人に飛びつき、才人は困惑の表情を浮かべながらも、ナイをしっかりと抱き締める。
 
「な、……なんで、ナイがここに居るんだ?」
 
 泣きながら才人にしがみつくナイは、それでも懸命に才人の質問に答えようと、
 
「……おとーさん、帰ってこないから、シエスタおねーちゃんと一緒に迎えに来た」
 
「……シエスタも来てるのか?」
 
 涙を拭いながら才人の質問に頷き、シエスタがいるであろう方向を指差す。
 
 才人が振り向いた先、そこにいたシエスタと才人の視線が交わるが、シエスタは深々と一礼すると、その場で踵を返し走り去ってしまった。
 
「シエスタ……!!」
 
 才人は馬から降りて近づいてきたサティーにナイを託し、腰の地下水に手を添えてガンダールヴのルーンを発動させると、一気に人混みを飛び越えシエスタの走り去った路地へと身を躍らせる。
 
 着地と同時に風のような速度で疾走を開始した才人を、領民達は呆気に取られたような瞳で見つめ、次の瞬間には「新しい領主様は風の妖精の使いだ!」とか「伝説の勇者の再来だ!」などといった憶測が飛び交い始めた。
 
 そんな街人達の喧噪も知らず、才人はシエスタを追いかけて細い路地を走り抜ける。
 
 元より身体能力に差がある為、すぐに追いつきシエスタの手を取って強引に引き留め、
 
「シエスタ!!」
 
「ご、ゴメンなさい!? もう、……もう二度とサイトさんの前には姿を現しませんから……。
 
 お願いします……。このまま、行かせて下さい」
 
「わけ分かんねえよ! 何でシエスタが俺の前から、消えなきゃならないんだよ!!」
 
 才人はシエスタの肩を掴んで、無理矢理振り向かせるが、彼女は才人と視線を会わせようとしないまま、
 
「だ、だって、仕方ないじゃないですか……。才人さんは公爵様になられたのに、わたしはただのメイドなんですよ? 傍になんて居られるわけ……」
 
「関係ねえよ! 何で貴族だ平民だってだけで、会えなくなるんだよ!?」
 
「…………」
 
 ついには口を閉ざしてしまったシエスタに対し、才人は僅かな沈黙の後、何かを決めたように頷き、
 
「――分かった。シエスタがそう言うんなら、俺、貴族の地位を返上してくる」
 
 その言葉にシエスタは顔を上げて叫んだ。
 
「な、なんでそうなるんですか!?」
 
 だが、才人はシエスタと視線を会わせず、何処か遠い所を見たままで、
 
「貴族だから会えないっていうんなら、俺が貴族を辞めれば全部丸く収まるんじゃねえか」
 
「ぜ、全然収まりません! 平民が貴族になるなんて、……なろうとしてなれるものじゃないんですよ!?」
 
「知ったこっちゃねえよ。――俺はそんなもんより、シエスタと会えなくなる方が嫌だ」
 
「あ……」
 
 才人の言葉が、シエスタの心の内にあった重りを一瞬で打ち砕いた。
 
 この人は、本当に身分なんかに囚われず、わたし自身を見てくれてるんだ……。
 
 それまでシエスタが才人に抱いていた感情。それは確かに好意だったのだろう。
 
 だが、その好意の内の大半を占めていたのは、憧れに近い感情だった。
 
 その感情は今、才人の言葉によって憧れから愛情へと昇華され再びシエスタの心を満たしてくれた。
 
「……サイトさん。――わたし、あなたの傍に居ても良いですか?」
 
 涙を流しながら、才人にしなだれかかり呟くように告げた言葉に、才人は躊躇いなく一言をもって返す。
 
「当たり前だ」
 
「……ありがとうございます」
 
 そこで初めて才人と視線を会わせ、 
 
「――わたし、あなたを好きになって、本当に良かった」
 
 泣きながら、……しかし、笑みを浮かべて告げるシエスタの顔は、今まで見てきた彼女のどの表情よりも美しかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 落ち着きを取り戻したシエスタと共に帰る途中、立ち止まったシエスタが才人に話し掛けてきた。
 
「あ、……あの、サイトさん!?」
 
「ん?」
 
「一つ、お願いがあるんですけども……」
 
「ん? 何? ……俺に出来ることなら力になるけど?」
 
 言いにくそうに告げるシエスタを促す。
 
「は、はい。……実はですね」
 
 一息、
 
「わたしを、サイトさんのメイドとして雇ってもらえないでしょうか!?」
 
「……へ? いや、雇うも何も、俺貴族辞めるつもり――」
 
「辞めちゃ駄目です! 折角貴族様になれたのに、辞めるなんて勿体ないです!」
 
「いや、でも……、貴族だとシエスタと会えなくなるんじゃ?」
 
「一時の気の迷いですから、その事はもう忘れて下さい。――それに、サイトさんのメイドになれば、ずっと傍に居られます」
 
 言われて考え、そうなると、また余計なトラブルを呼び込みそうな気がするのだが……、
 
「――まあ、良いか」
 
 シエスタが元気になってくれるのであれば、なんの問題も無いだろう。
 
「じゃあ、詳しい話は家に行ってからって事で」
 
「は、はい!」
 
 こうして、シエスタの転職が決定した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 シエスタを連れ帰ったサイトを待ち構えていたのは、険しい表情をしたルイズだった。
 
「……何処行ってたのよ?」
 
「いや、……ちょっと、シエスタの説得に手間取って」
 
 言われて初めてシエスタの存在に気が付いたのか、僅かに目を見開き、
 
「……何で、シエスタがここに居んのよ?」
 
「あー……、と、それはだなあ」
 
 言い淀む才人に代わり、シエスタが割り込むように、
 
「サイトさんの帰りが遅いので、ナイちゃんと一緒に迎えに来たんです」
 
 笑みで告げるシエスタに対し、ルイズは僅かに不機嫌そうな表情で、
 
「……大人しく待ってなさいよ」
 
「そうはいきません。……ナイちゃん、サイトさんが帰ってくるのを、ずっと正門前で待ち続けていたんです。
 
 あんな健気な姿見せられたら、どうしてもサイトさんに会わせたくなっちゃいます」
 
 健気なナイの事だ。本当に雨の日も風の日も、ずっと才人を待ち続けていたのだろう。
 
 才人は改めてナイの元へ歩み寄り、その赤毛を優しく撫でてやると、
 
「……ゴメンな、ナイ。ずっと待たせたみたいで」
 
 ナイは気持ちよさそうに目を細め、
 
「……ん」
 
 と一言を漏らし、それが全てと言わんばかりの態度で才人にしがみついた。
 
 流石のルイズも、そんなナイには嫉妬を抱くわけにもいかず、大袈裟に溜息を吐き出すと、
 
「まあ、良いわ。ほら、早く行きましょう。……目立つったらありゃしないわ」
 
 ルイズの言葉に従うように周囲を見回してみると、確かに領民達が才人達の様子を見守っている。流石に恥ずかしくなった才人がナイと共にジルフェに跨ると、シエスタはサティーに促されて共に馬に乗り、才人の治める事となる城へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 城に到着した才人達を迎えてくれたのは、百を越える数の使用人達。
 
 その中でも執事長ともいうべき初老の男が前に出て頭を垂れる。
 
「ようこそおいで下さいました。ヒラガ・サイト様。
 
 わたくし、執事長を務めるスティーブンスと申します。――以後、お見知り置きを」
 
「あ、いや、はい……、平賀・才人です。よろしく……」
 
 言って手を差し伸べる才人に対し、スティーブンスは困惑しながらも、その手を握り返した。
 
 通常、主従の間柄で握手を交わすなど考えられない行為だ。
 
 そんな事を気にもしない才人は、使用人に案内されて通された部屋で彼らを待ち受けていたのは、優雅に紅茶を楽しむブリミルだった。
 
「遅かったわね」
 
「な、……なんで、あんたがここにいるのよ!?」
 
 食ってかかるルイズに対し、才人は肩を竦めるだけで、
 
「まあ、予想の範囲内だけどな」
 
 そんな才人に視線を向けたブリミルは、彼の晴れ姿を確認すると微笑を浮かべ、
 
「……へー、結構似合ってるじゃない」
 
「ありがとよ」
 
 はにかみながら礼を述べる才人に対し、彼の後ろに控えていたエレオノールが訝しげな顔で問い掛けた。
 
「……サイト様、彼女を紹介してくれると助かるのですが?」
 
 彼女が怪訝な表情で問い掛けるのは当然だ。
 
 身に纏う雰囲気と胸の大きさこそ違えど、その姿は自らの妹であるカトレアとよく似ているからだ。よもや、父の隠し子ではあるまいか? と疑ってしまうのも無理はない。
 
 才人がブリミルの紹介をするよりも早く、ブリミルはスカートを摘んで恭しく一礼すると、
 
「初めまして、ミス・ヴァリエール。わたくし、サイトの先の主人でブリミル・ヴァルトリと申します。
 
 ――以後、お見知り置きを」
 
 そのあからさまな偽名に、エレオノールは眉を顰めつつ、
 
「本当の名を名乗るつもりは無い。……ということ?」
 
「……本名は捨てましたので」
 
 見るからに険悪な雰囲気となった両者の仲裁に入るように才人が声を掛ける。
 
「まあ、ブリミルの名前は、一応、虚無の正統継承者って事で名乗ってるってことなんで見逃してやって下さい」
 
「……虚無の正統継承者? いやですわサイト様。そんな伝説の系統など、今時誰も信じていませんのよ?」
 
 ほほほ、と笑うエレオノールに愛想笑いを浮かべつつ、才人は視線をブリミルに向け、
 
「それで、根回しの方は終わったのか?」
 
「ええ、取り敢えず本拠地と組織名が決定したわ」
 
 言って、数枚の書類をテーブルに放る。
 
 サティーの手を借りながら、鎧を外していた才人はテーブル上の書類を手に取るとそれを一瞥し、
 
「本拠地はトリステイン魔法学院。……火の塔のワンフロアを借りたのか」
 
「ええ、そこがわたし達のアジトになるわ。
 
 ちなみに建前としては、特別授業の為の教室って事になってるから。
 
 わたしは、その授業の専属教師ってことになってるわ」
 
 それで、才人はブリミルの粗方のシナリオを悟った。
 
「組織の構成員の殆どを、学院の生徒で構成するつもりか?」
 
「ええ、本当に必要なのは優秀な人材じゃなく、何処の派閥にも属していない若手。
 
 ……まあ、それなりに実力が無いと困るのも事実だけどね」
 
 隠密組織にとって、一番の天敵はスパイによる情報漏洩。
 
 その事を考慮した選択であろう。
 
「……随分と、面白そうな事を計画しているようですが、詳しくお聞かせ願えますか? サイト様、ブリミル様」
 
 口を挟んできたのは、エレオノールだ。
 
 邪な計画ならば許しはしない、と断固たる決意を持った表情で問い掛けてくる。
 
 才人がしくじったという表情で頭を掻くのに対して、ブリミルは平然とした態度で懐からアンリエッタとウェールズに与えられた書状を取り出して、それをエレオノールに見せ、
 
「ご心配は無用。――女王陛下公認の組織です。
 
 そして、これ以上は機密に関わる事なのでご退室を……、もし好奇心により先が気になると仰るのならば、こちらとしても不本意な手段を使わせて頂くことになりますが?」
 
 そう言われて、すんなりと引き下がるような性格をしていないのが、ヴァリエール家長女のエレオノールである。
 
「一つ、伺いたいのですが?」
 
「……なんでしょう?」
 
「その組織とやら、……サイト様も所属しておられるのですか?」
 
 問い掛けに対して、ブリミルは薄い笑みを浮かべると、
 
「ええ、勿論です。それとあなたの妹様も……」
 
 答えを聞いたエレオノールの態度は決まった。
 
 テーブルに置かれているベルを鳴らしてメイドを呼びつけると、人数分のお茶を用意するように命令する。
 
 そうして、完全に腰を落ち着かせると、射抜くような目つきでブリミルに視線を向け、
 
「さあ、聞かせて貰いましょうか?」
 
「……よい決断です」
 
 言ってブリミルが杖を振るい、懐から取り出した羊皮紙に筆を走らせる。
 
 そこに書かれている文章は、エレオノールとカトレアに対する徴兵令状。
 
「秘密を知る以上、今後、我らが組織の一員として働いて頂きます」
 
 エレオノールは唇を吊り上げ、挑戦的な笑みを浮かべると、
 
「良いでしょう。――もし、その組織とやらが、トリステインに害をなすようなものだった場合は、わたくしが獅子身中の虫となって内部からその組織を崩壊させてみせましょう」
 
「――結構。……カトレア様も、それで宜しいでしょうか?」
 
「ええ、お姉さまがお決めになったこと。――わたくしもヴァリエールの子女として、全力で助力致しましょう」
 
 流石はヴァリエール家の子女。とも言うべき芯の強さを見せるカトレアに才人が感心する中、ブリミルは本題に入るために口を開く。
 
「さて、この組織……、名を“ゼロ機関”と申しますが」
 
 本来はアルビオン戦役の時、ルイズの正体のカモフラージュの為に作られたアンリエッタ考案の架空組織であったが、なんの因果か、それが現実になってしまった為、そのままその名前を譲り受けた。
 
「ゼロ機関の目的は、始祖の遺産を悪しき担い手から護ること」
 
「……悪しき担い手?」
 
 要領を得ないと小首を傾げるエレオノールに、ブリミルは虚無の担い手の復活を語る。
 
 自分以外の四人の虚無の担い手……。
 
 ガリア、ロマリア、トリステイン、アルビオン。
 
 ガリアの無能王ジョゼフ。ロマリアの新教皇ヴィットーリオ。アルビオンのティファニア。そして……、
 
「では、あなたはトリステインの虚無の担い手だと?」
 
「いいえ、確かにわたしはトリステインの出身ですが、トリステインの虚無の担い手は他にいます」
 
 視線をルイズに向け、
 
「あなたの妹、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 
 彼女こそが、虚無の担い手の一人です」
 
 そう告げるブリミルに対し、エレオノールは信じられないといった表情で、
 
「……それは本当ですの? はっきり言って、この娘、系統魔法の初歩すら使えない娘なのですのよ?」
 
「では、彼女が虚無魔法に特化したメイジであった為、系統魔法が使えなかったとしたら?」
 
「…………」
 
 ブリミルの台詞に、エレオノールは言葉を無くす。
 
 そんな彼女の葛藤を無視するように、ブリミルはルイズに向けて、
 
「論より証拠ね。……ルイズ、表に出ましょうか?」
 
「え? ……ええ」
 
 当惑するエレオノールとカトレアを伴い、一向は中庭に出るとブリミルの指示の元ルイズの虚無のお披露目となった。
 
「じゃあ、まずはエクスプロージョンから」
 
 言って、一抱えほどある岩を指し、
 
「あれを吹っ飛ばす程度の威力で」
 
 ルイズはブリミルの言葉に頷くと、杖を掲げ詠唱を開始する。
 
 大き過ぎず、小さ過ぎず、丁度良い破壊力を見立てて詠唱を句切り杖を振り下ろすと、ブリミルの指定した岩が粉々に砕け散った。
 
 安堵の吐息を吐き出すルイズに対し、ブリミルは小さく頷くと、
 
「うん、上出来。じゃあ次はイリュージョンね。……もう一人の自分を作り出してみて」
 
 言われて頷き、呪文を唱える。
 
 人一人分で良いため、それほど長い詠唱は必要としない。
 
 ルイズが呪文を唱え終わると、彼女の眼前にルイズと瓜二つの虚像が現れた。
 
 ――が、ブリミルは引きつった笑顔でルイズの頭を長杖で軽く叩き、
 
「全然駄目ね、理想を反映し過ぎよ」
 
「……ちょっとくらい良いじゃない!」
 
 抗議の声を挙げるルイズに対し、ブリミルは彼女の作り出した虚像を指し、
 
「二回り以上大きいでしょうが、――胸のサイズが! どんなに期待しても、それ以上育ちゃぁしないのよ!!」
 
「まだ成長期のわたしには、未来があるの!? あなたと一緒にしないで頂戴!!」
 
「下手な期待は止めなさい! ハッキリ言って絶望するだけだから!!」
 
「ハッ!? 何よ? 自分に未来が無いからって、人に八つ当たりするのは止めて下さる?」
 
 見下した目でブリミルを見つめるルイズ。
 
 そのやり取りを聞いていた才人は、ある意味自虐ともいうべき罵り合いに憐憫の涙を浮かべた。
 
 そんな低レベルな争いを収めるべく動き出したのは、エレオノールだ。
 
 彼女はルイズの頬を引っ張って、罵り合いに強制的に終止符を打つと、
 
「ルイズが虚無魔法の使い手であることは理解しました。
 
 では次に、あなたの実力を見せて頂きたいのですが?」
 
 己よりも格下の人間には従うつもりはない、とでも言いたげなエレオノールの態度にブリミルは頷き、杖を構えた所で才人の待ったが入った。
 
「地形を変えるような派手なのは無しな。撃つなら空に向かって撃ってくれ」
 
 溜息混じりながらも、一応、領主らしいことを言う。
 
 そんな才人にブリミルは微笑を送ると天に向けて長杖を構え、呪文の詠唱を開始。
 
 高速詠唱によって紡がれたルーンは、周囲の最も小さき粒を純破壊力として集約、それを一気に解き放った。
 
 光が雲を穿ち、純白の光柱が天に立つ。
 
 100リーグ先からでも観測出来るその威力に、その場に居た者達が息を呑む。
 
 ブリミルは余裕の笑みを浮かべて振り返り、
 
「どうでしょう?」
 
 エレオノールに問い掛けた。
 
 余裕のある態度で振る舞ってはいるが、未だエレオノールに対する苦手意識の取れないブリミルとしては冷や汗ものだ。
 
 事実、彼女の膝は先程から小刻みな震えが停まらない。
 
 だが、ここでハッタリをかましてでも優位性を示さなければ、後々厄介な事になる。
 
 そういう考えもあって、多少無理してでもハッタリをかましているブリミルだった。
 
 そんな彼女の後ろに、何の前触れもなく人影が現れる。
 
「ブリミルさん!」
 
 光を織り編んだような美しい金髪を持つ美少女、もう一人の虚無の担い手ティファニアだ。
 
 彼女は焦ったような表情で、
 
「一体、何があったんですか!? 敵襲ですか!?」
 
 恐らく先程の砲撃を見て、転移してきたのだろう。
 
 緊張した眼差しで問い掛けるティファニアをやんわりと言い聞かせるブリミル。
 
 そんな彼女達を尻目に、エレオノールは呆然とした表情で才人に問い掛ける。
 
「……サイト様」
 
「あー……、はい」
 
「……あの金髪の女性は、何処から現れたのですか?」
 
 その問いに才人は苦笑を浮かべて、
 
「彼女が、もう一人の虚無の担い手、ティファニアです。
 
 えーと、虚無の魔法には転移というものがあるらしくて、彼女は遠くの街からここまで瞬間移動してきました」
 
 もはや、何でもありの虚無の前に唖然とするしかないエレオノール。
 
 そんな彼女とカトレアに対して才人は表情を真剣なものに改めると、
 
「敵も同じ虚無の担い手です。……ハッキリ言って、楽な戦いになるとは絶対に言えませんが、どうかお願いします」
 
 深々と頭を下げ、
 
「力を貸して貰えないでしょうか?」
 
 自分一人の力で皆を守ることが出来ないということは、これまでの戦いで重々承知している。
 
 ならば、エレオノール達が、何の気構えもなく唐突に争いに巻き込まれてしまうよりは、組織の一員として迎え入れ不測の事態にも対処出来るような心構えを持って貰った方が良いだろうという才人の苦渋の選択だった。
 
 エレオノール、カトレアは共に一瞬だけ視線を交わすと力強く頷き、
 
「勿論ですわサイト様。このエレオノール、愛のためならばこの身を戦火に投げ込むことさえ厭いません」
 
「わたしも……、あなたに救われたこの命。あなたの為に使うことに躊躇いはありません」
 
 迷い無く告げられた言葉に、才人は苦笑を浮かべ、……ああ、やっぱりルイズの姉妹なんだなと妙な納得をした後、
 
「よろしくお願いします」
 
 言って手を差し出した。
 
 力強い笑みを返し、二人は才人の手を握り返す。
 
 ……そんな三人の背後では、むやみに力を振るうブリミルに対し、ティファニアの懇々とした説教が行われていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その夜、正式にゼロ機関への参加を言い渡されたルイズは興奮で寝付けず、庭を散策していた。
 
 半年前までは魔法の一つも使えずに、ゼロのルイズと馬鹿にされていた自分が、才人を召還して以来、様々な事件に巻き込まれ伝説の力とやらに目覚め、トリステイン軍の切り札として戦争に駆り出され、ついには世界を護るための組織の一員となったのだ。
 
「……ホント、どうなっちゃうのかしら?」
 
 実は世界を背負う事に関する不安は無い。
 
 エレオノール、カトレア……、彼女を支えてくれる姉妹が共にいる。
 
 そして、誰よりも頼りになる使い魔。
 
 ……きっと、この後どんな事件に巻き込まれてもサイトが助けに来てくれる。
 
 彼がきっと世界を救ってくれる。
 
 確信に近い想いが、ルイズに掛かる負担を軽減していた。
 
 だが、その想いは逆にルイズから向上心を奪い、才人に依存しきっているとも言い換えることが出来る。
 
 かつて、そのプライドの高さ故に人からゼロと小馬鹿にされることを嫌い、人知れず努力してきた彼女であれば、才人に掛かる負担を少しでも軽減しようと、己のレベルアップに励むであろうが、今の彼女には、そのような思いは無い。
 
 無論、才人が危険にさらされる事を良しとするわけではないが、自分が強くならなくとも、才人がきっと護ってくれると信じているし、彼女自身、自分を護ってくれる自分だけの騎士の姿……、才人のそんな姿を見てみたいと思っている節がある。
 
 よって、皮肉な神様は彼女の願いを叶えた。
 
 夜、一人で外を出歩くなどといったルイズを見逃すほど、始祖の秘宝と始祖の指輪を付け狙う者達は甘くない。
 
 ルイズの眼前に、黒いローブをすっぽりと被った人影が現れる。
 
 訝しげに眉を顰めるルイズに対し、人影はフードの隙間から覗く唇を薄く歪めると、
 
「初めまして、ミス・ヴァリエール」
 
「……あなた、一体何者?」
 
 警戒心を露わにするルイズに対し女はフードをズラして、その額に刻まれたルーンをルイズに見せつけると、
 
「この額のルーン。見覚えがあるでしょ?」
 
 イヤというほど知っている。
 
「……サイトと同じルーン?」
 
「ええ、そう。神の頭脳ミョズニトニルン。
 
 ……我が主人の命により、あなたの命と始祖の祈祷書。そして水のルビーを頂きに参りました」
 
 告げると同時、ルイズが短い詠唱の後で魔法を解放。
 
 小規模の爆発がミョズニトニルンを名乗る女を襲った。
 
 だが、爆発後に残されたのは、バラバラになった人形の破片だけであり、女の姿は何処にも見えない。
 
「ひ、卑怯よ! 出てきなさい」
 
 叫ぶルイズに対して、嘲笑を浮かべた幾人もの女が姿を見せる。
 
「せっかちな担い手ね。……こちらはまだ、自己紹介すら済んでないというのに」
 
「お前の名前なんぞ、聞くまでもねえけどな」
 
 背後から声が聞こえてくると同時、女の一人が脳天から両断された。
 
「サイトッ!」
 
 ルイズは喜びの声を挙げるが、才人はそれには答えずに険しい眼差しで眼前の女を無言のまま睨み付ける
 
 そんな使い魔に対し、ミョズニトニルンの女は一切の油断も無く最大限の警戒を露わにして人形達に命令を出す。
 
「随分とお早い起こしね?」
 
「…………」
 
 その問い掛けにさえ才人は答えない。ただ必殺の意を込めた眼差しでミョズニトニルンを睨み続けるのみ。
 
 才人の隠そうともしない、あからさまな殺意に怯み、ミョズニトニルンの女が思わず一歩を後ずさる。
 
 否、女だけではない。
 
 感情を持たない筈のスキルニル達でさえ、今の才人には恐れを成して、包囲の輪を我知らずの間に広げてしまう。
 
 そして、それは殺意の対象ではないルイズでさえ同様だった。
 
 助けに来てくれた筈の才人が、この上なく恐ろしく感じる。
 
 下手に声を掛けようものならば、次の瞬間にはその殺意が向く先は自分になる。そう感じずにはいられない程の恐怖を感じていた。
 
 実際、ミョズニトニルンの女、シェフィールドと対峙した時から、才人の脳裏にはあの時に聞こえた声が、延々とリピートされている。
 
 しかも、以前よりも強力な呪縛が掛かっているらしく、一瞬でも気を抜けば一気に自我を乗っ取られそうな程だ。
 
 会話を交わす余裕は疎か、一度でも剣を振るえば、それで才人の自我は消え失せ周囲一帯の動く者全てを根絶やしにするだろう。
 
“――殺せ、――殺せ、――殺せ、――殺せ、――殺せ、――殺せ”
 
 ……クソッ!? いい加減、黙りやがれ!!
 
“――何を躊躇う? 眼前の女は敵。――ならば、殺しても問題あるまい?”
 
 ……五月蠅せぇ!
 
“殺し、喰らい、ルーンを奪え――。ならば、貴様はもっと強くなれる。
 
 ――こやつは、その為の生け贄ぞ”
 
 ……黙れ。
 
 内心の葛藤で精一杯の才人は自分から攻撃を仕掛ける事も出来ず、その才人の放つ雰囲気に飲まれてしまったシェフィールドも同様に身動きが取れない。
 
 誰一人身動きの出来ない膠着状況を打破しようと、シェフィールドが決死の思いで口を開く。
 
「残念だわ……、そこの半人前一人ならどうこう出来る自信はあったんだけど、あなたが一緒だと流石に厄介そうね」
 
 答えない才人に代わり、別の声が響いた。
 
「分かってるなら、とっとと帰ってジョゼフに伝えなさい。
 
 あんた、世界を統べるような器じゃないのよ。ってね」
 
 言葉と共に解放された解呪の魔法が、その場にいた三十を越える全ての人影を人形に戻し、後にはシェフィールドの本体だけが残された。
 
「……厄介な女も来たようね」
 
 暗闇から姿を見せるブリミルを確認したシェフィールドは、ここが頃合いと判断。
 
 遠くからはルイズを呼ぶ声と、複数の足音も聞こえてきている。
 
 引き際を悟ったシェフィールドは、懐から拳大の球を取り出し、
 
「今回は、こちらの負けということにしといてあげるわ」
 
 言って、その魔法具を発動。
 
 一瞬にして、その場から姿を消した。
 
 シェフィールドの気配が完全に消えた事を確認した才人は、安堵の溜息と共に、その場に腰を降ろす。
 
「サイトッ!?」 
 
 へたり込む才人を心配するように駆け寄るルイズ。
 
 僅かに遅れて歩み寄ったブリミルが、
 
「……また、暴走しかけたの?」
 
「ああ、段々強力になっていく気がする。……しかも、どうやら俺に他の使い魔達を殺させたいらしい」
 
 ルイズの肩を借りて立ち上がった才人が、そう口にする。
 
「……どういうこと?」
 
 訝しげに眉を顰めるブリミル。
 
 対する才人も、分からないと肩を竦め、
 
「目的なんか分かんねえよ。ただ、声の感じからすると、他の使い魔達の力を吸収させて、俺をもっと強くしたいらしい」
 
「……声って何?」
 
 その事は初めて聞いたとブリミルが問い掛けると、才人は小首を傾げて、
 
「……言ってなかったっけ?」
 
「――聞いてないわよ」
 
 笑みを浮かべて告げるブリミルに対し、才人は恐怖に汗をダラダラ垂らしながら、
 
「えっとな、戦闘中に声が聞こえてきてだな、それが聞こえてくると、意識が乗っ取られるというか、残虐性が増すというか……」
 
「そういう大事な事は、もっと早く言いなさい、このバカ!!」
 
 ブリミルの剣幕に怯え、身体を小さく丸める才人。
 
「色々あって、忘れてたんだよ……」
 
 と弱く反論するが、当然の如くブリミルには取り合って貰えない。
 
 エレオノール達が到着した時には、地面に正座させられてブリミルに懇々と説教を受ける才人という、この場に似つかわしくない光景が展開していた。
 
 それから暫くして、漸くブリミルの気持ちも収まったのか、大きく溜息を吐き出すと、
 
「まあ、いいわ」
 
「いいなら、別に、そんなに全力で怒らなくても良いじゃねえか」
 
「何か言った?」
 
「いえ、別に……」
 
 ブリミルの一睨みで、視線を逸らす才人。
 
「兎も角、その声ってやつが才人の暴走に深く関係していそうというのが分かっただけでも大きな進展ね」
 
 そっちの方はわたしが調べるから、とブリミルが前置きし、才人の両肩をサティーとエレオノールにがっしりと掴まれる。
 
「さあ、サイト様。まだまだ懸案事項の処理書類は大量に残ってましてよ」
 
「エレオノール様の言う通りだと判断します。今日中に、後二十件の懸案事項を処理して頂きます」
 
 ……実はルイズの危機を視覚の共有化で知った時、才人はブリミル、エレオノール、カトレア、サティーによって強制的に領地内の問題処理をやらされていたのだ。
 
 ハルケギニアの文字は読めるとはいえ統治学など学んだことのない才人は、エレオノールに説明を受けながら、サティーの差し出す書類に拙いサインを施し、字が汚いとブリミルに苦情を受け、カトレアに慰められるというサイクルを繰り返していた。
 
「今日の分のノルマを達成した後は統治学、帝王学も学んで貰いますわサイト様」
   
 ……ある意味、ジョゼフや教皇などよりも遙かに厄介な敵が身近に居ることを才人は再認識させられた。