ゼロの使い魔・2回目
 
第8話(前編)
 
 ブリミル達がアルビオンを落としてから三日後。
 
 ようやくウインド率いる連合軍がロンディニウム城へ訪れた。
 
 ウインドは人目が有るにも関わらず、出迎えた才人達の前に膝を着き頭を垂れると、
 
「ありがとうサイト殿。……この戦、我らが勝利出来たのは君達が居てくれたからに他ならない」
 
 彼らに最大限の感謝を述べた。
 
 才人は慌てて、彼を立ち上がらせると、
 
「ちょ、ちょっと止して下さいって!? そんな頭を下げられるようなことした覚えはありませんし、今回活躍したのはブリミルとテファですから!!」
 
 言われ、気づいたのかウインドが周囲を見渡すが、ティファニアの姿が見えない。
 
「……そういえば、ミス・ティファニアの姿が見えないが?」
 
 そのことを才人に問い質すと、彼は困ったような笑みを浮かべて、
 
「テファなら、今は自分の村に帰っています。
 
 彼女、孤児達の世話をしているので、長い間村を空けることが出来ないんです」
 
「……そうか」
 
 それを聞いたウインドは神妙に頷き、
 
「君達も暫くはゆっくりと休んでくれ。僕に出来る限りの報償を用意させてもらうよ」
 
 そう言い残して才人達と別れ、戦後処理を開始すべく己の職場へと向かった。
 
「……さてと、俺達はどうする?」
 
 隣のブリミルとルイズに、その事を問うてみると、
 
「……のんびりしたいわね。どうせ、ここに居てもやることなんてないんだし」
 
 そう言って、ブリミルが窓の外に視線を向けると、そこでは兵士達とメイジが協力して破壊された城壁の修繕を行っている最中だ。
 
「……でも、お城の中って何処もこんな感じよ? 落ち着ける場所なんて無いわ」
 
 肩を竦めながら告げるルイズに対し、ブリミルは暫く考えてから、
 
「じゃあ、ウエストウッドの村にでも行きましょうか? あそこなら、のんびり出来るし」
 
 言って、才人達の返事も聞かずに決定しようとするブリミルに対し、才人は待ったを掛けると、
 
「なあ、その前にさ。ちょっと用事があるんだけど」
 
「用事?」
 
 怪訝な表情で問うルイズに対し、才人は小さく頷くと、
 
「――先にカトレアさんの病気を治してあげたい」
 
 その言葉を聞いてルイズは驚愕に目を見開く。
 
「ちい姉さまの病気が治るの!?」
 
「ああ、その為の準備はしてきたからな」
 
 言って、胸元の指輪を確認する。
 
「そうね、じゃあルイズの実家に行きましょうか。諸侯軍のお礼も言わないといけないし」
 
 ウインドにその事を伝えてブリミルの転移魔法で一行はルイズの実家へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 戦争に勝利したことによって、いち早く兵役から解放された学生達は、早々に学業へと復帰を果たしていた。
 
 そして、彼らが学業に復帰したということは、学院に仕えるメイドであるシエスタの本業も復帰したということであり、厨房においては実際に現地へ行っていたシエスタに皆の注目が集まっていた。
 
 その中でも最も話題になっているのが、我らが剣である才人の活躍だ。
 
 シエスタ自身は直接見たわけではないが、彼女がルイズ達から聞き及んだ情報を料理長であるマルトー達に話す度に厨房は歓声に包まれた。
 
「ってえ事はなんだ? この戦争は、アルビオンに残った我らが剣とサティーの嬢ちゃん。それに我らが剣の知り合いっていうメイジ二人に、ミス・ヴァリエールのたった五人で終わらせたって事かよ?」
 
 さしものマルトーも信じられないといった風に零すが、実際に才人達だけが残り、そして戦争が終結している以上それは純然たる事実であり、またその事実はラ・ロシェールに風竜でやって来たルイズから直接聞いた話しである。
 
 それを聞いた厨房の一同は、尊敬よりも呆れたような表情で、
 
「……やっぱ、アレか? 凄ぇ奴の周りには、凄ぇ奴が集まってくるもんなのかな?」
 
 料理人の一人がそう告げると、シエスタの表情が曇る。
 
 ……なんの取り柄もない自分では、彼の近くに居ることさえ許されないのだろうか?
 
 それを察したマルトーが、発言したコックの頭を拳骨で小突き、
 
「じゃあ、我らが剣が帰ってきた時の為に、歓迎の準備でもしておくか!!」
 
 一斉に返事の返る中、マルトーは男臭い笑みを浮かべてシエスタの肩を優しく叩き、
 
「俺等は俺等なりのやり方で労ってやろうや」
 
 マルトーの励ましに、シエスタは笑みを持って応え己の仕事に戻っていった。
 
 シエスタの後ろ姿が見えなくなった後、マルトーは大きく溜息を吐き出し、
 
「ったくよー。ちゃんとシエスタの事も考えてやってくれよな我らが剣」
 
 ここには居ない才人に向け、そう愚痴を零した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ルイズの実家に到着した才人達は、ラ・ヴァリエール公爵の元へ赴くと、まずは借り受けた諸侯軍について礼を述べた。
 
 だが、ルイズの帰還は素直に喜んだものの、才人に対しては面白くなさそうに鼻を鳴らし、
 
「ふん、大層な活躍をしたそうではないか」
 
 才人達がロンディニウム城を落としたという話は、既に聞き及んでいる。
 
「しかも、わしの貸してやった兵隊を使わずに……、か」
 
 公爵が面白く無い点がそれだ。
 
 まるで、自分が兵を貸し与えなくても勝てたと、体現されたような気がしたのだ。
 
 才人は頬を引きつらせながら、
 
「いや、まあ成り行きって感じで」
 
 成り行きで勝てる程戦争が甘いものではない事くらい、公爵もよく知っている。
 
「ふん、まあ良い。面白くは無いが、武勲を挙げてきたのも事実だ。一応は歓迎してやる」
 
「は、はあ……」
 
 もう用は済んだとばかりに、才人に手を振って下がれと命じ、しかし共に席を外そうとしたブリミルを呼び止める。
 
「待ちたまえ」
 
「なんでしょう?」
 
「……君は、一体何者なのかね? こういってはなんだが、君の容姿はわしの娘に似すぎている」
 
 公爵のいう娘とは、ルイズのことではなく、その上の姉カトレアのことだ。公爵の言葉にブリミルは薄い笑みを浮かべ、
 
「さあ、ただの偶然だと思われますが?」
 
 スカートの裾を摘み、優雅な仕草で一礼してから部屋を後にした。
 
「……でも、きっとあなた驚くわ」
 
 部屋を出て、カトレアの元へ向かう途中、ルイズがブリミルに向けて口を開いた。
 
「何がかしら?」
 
「お父様も言ってたけれど、ブリミルさんって本当にちい姉さまそっくりだもの」
 
 誇るように告げるルイズに対し、ブリミルは微笑を浮かべ、
 
「それは会うのが楽しみね」
 
 ルイズの先導で向かった先、彼女が部屋のドアを開けると、突如雪崩のように現れた動物達が一斉に才人を押し潰した。
 
「また、このパターンか!?」
 
 下敷きにされた才人が抗議の声を挙げるが、勿論動物達にその抗議は受け入れられることはない。
 
「あら? その声はひょっとしてサイトさんかしら?」
 
「ちい姉さま!!」
 
 ルイズが喜びの声を挙げて部屋に飛び込んでいくと、そこにはベットに伏せたカトレアの弱々しい姿があった。
 
「まあ、ルイズ。よく無事で帰ってきてくれたのね」
 
 それでもカトレアは弱った身体にむち打って、親愛なる妹の帰還に立ち上がり歓迎しようとする。
 
「だ、駄目よ。ちい姉さま、無理しないで!!」
 
 ルイズが駆け寄り、カトレアをベットに押し戻す。
 
「ゴメンなさい。最近身体の調子が良くなくて……」
 
 訪ねてきてくれた客に対する非礼を詫びるカトレアであったが、その視線がブリミルで停まる。
 
「――まあ」
 
「ふふふ、ちい姉さま驚いた?」
 
「ええ、……あなた、お名前はなんていうの?」
 
 問われたブリミルは、僅かに緊張しながら、
 
「ブリミルです。ブリミル・ヴァルトリ」
 
 その名にカトレアは驚いた表情になりつつも、そっとブリミルの頬に手を添えて、
 
「本当。……あなた、ルイズそっくりね」
 
「……ちい姉さま?」
 
 外見はどう見てもルイズよりはカトレアに似ている筈であるブリミルに対し、ルイズは疑問の声を挙げるが、当の本人であるブリミルとしては姉の鋭さに驚異を覚えずにはいられない。
 
「ま、まあとにかく……」
 
 動物達を押しのけ、やっとの思いで脱出してきた才人が話に割り込むように、
 
「約束だった、カトレアさんの病気を治すアイテム。持ってきました」
 
 言って首に下げた鎖から水の先住魔法の込められた指輪を抜き取る。
 
「ルイズ、コップと水取ってくれ」
 
 言われた通りに、ルイズはサイドテーブル上にあった水差しからコップに水を注ぎ、それを才人に手渡す。
 
 コップを受け取った才人は、指輪を握った右手をコップの上に翳す。
 
 目を閉じ、精神を集中させた才人の額のルーンが輝きを放つ。
 
 すると指輪が溶けだし、指輪の雫が一滴コップの中に落ちる。
 
 才人は大きく息を吐き出して、手の中の指輪にまだ宝石が残っていることを確認すると、今度は安堵の吐息を吐き出し、
 
「どうぞ。――これを飲んでもらえば、病気は治ると思います」
 
「……毒じゃないでしょうね?」
 
 ルイズが警戒して問い掛けるが、才人は苦笑を浮かべ、
 
「大丈夫だって、俺が大怪我負って死にかけた時に、この指輪のお陰で助かったんだぜ?」
 
「そうなの?」
 
「ああ、こいつはな先住の魔法が凝縮された物で、強い治癒力を持ってるんだ。本来は翳して使うんだけど、より強い回復力を得るために今回は還元したものを飲んで貰う。
 
 こっちの方が効果としても高いんだよ」
 
 ルイズを安堵させるように告げ、その言葉でルイズも納得したのか、才人からコップを受け取りそれをカトレアに手渡した。
 
「これを飲めば良いのね?」
 
 カトレアは才人の了承を得ると、躊躇い無くその水を飲み干す。
 
 やがて外見的には、さほどの変化は見られなかったが、カトレアは一息を吐くとベットから降りて己の足で立ち上がって才人の手をとり、
 
「凄いわ。嘘みたいに身体が軽くなったの。――今なら全力で走る事も出来そう」
 
 元々色白の為、分かりにくかったが、よく観察してみるとカトレアの顔色は良くなっており、今まで感じた事のない身体の軽さに昂揚しているのか、頬が上気して桜色に染まっている。
 
 カトレアの快気にルイズは我が事のように喜び、早速この事を両親に伝えようと部屋を飛び出していった。
 
 そのルイズのはしゃぎっぷりが嬉しかったのだろう。カトレアも満面の笑みを浮かべ、
 
「そうだわ。なにかお礼をさせて頂戴」
 
 言って部屋を見渡し、才人にプレゼント出来るような物を探すが、才人はそれをやんわりと断り、
 
「いや、そんなのいいですよ。カトレアさんが元気になってくれただけで充分です」
 
「そんなの悪いわ」
 
 そんな押し問答を繰り返している内に、ルイズが両親を伴って部屋に帰ってきた。
 
 カトレアは才人との話を一旦置き、入室してきた両親に事の次第を打ち明け、彼に何かしらお礼をしたいと告げた。
 
 彼女の話を聞いて、喜んでいたラ・ヴァリエール夫妻は神妙な表情で頷くと才人に向き直り、
 
「なるほど、良くやってくれた」
 
 そう言って執事を呼び、何事かを言付け、
 
「褒美を取らせる。今日はゆっくりとしていくがいい」
 
 それだけを言い残し、再びカトレアとの会話を開始する。
 
 絶えず頬の弛みっぱなしだった公爵を見て、才人は肩を竦めながら、
 
「ホントに嬉しそうだなあ」
 
「そりゃ嬉しいわよ。自分の娘が元気になったんだもの。嬉しくない筈がないじゃない」
 
 ブリミルに急かされカトレアの部屋を後にする。
 
「まあ、親子の団らんに野暮は無しって事でね」
 
「……お前は良いのかよ?」
 
 居心地が悪そうに尋ねる才人に対し、ブリミルは笑みを浮かべると、
 
「大丈夫よ。わたしの世界にもちゃんとちい姉さまは居るもの」
 
 そんな事より、と前置きし、
 
「……これからどうするの?」
 
「どうする? って言われてもな。取り敢えずアルビオンのゴタゴタが片付くまでは、解放されそうにないしなあ」
 
「かと言って、受けに回ればジョゼフに攻められるわよ」
 
 確かに、ジョゼフの戦略眼はかなりのものだ。
 
 今回はジョゼフの予想を大きく外れる程の大戦力が加勢してくれたから、裏をかけたが、次からはブリミル達の戦力さえ折り込み済みで襲撃してくるだろう。
 
「……そうは言ってもな、下手に大事にすると国家間戦争になっちまう。そうなったら、トリステインに勝ち目はねえぞ?」
 
「まあ……、ね。でも、あんたちゃんとその為に動いてたでしょ?」
 
 ブリミルの言葉に、才人の眉が僅かに反応を示す。
 
「――タバサの事か?」
 
「ええ。あの娘を前面に押し出しての争いとなれば、それはあくまでガリア国内での謀反ってことになるわ。
 
 それだと、如何にジョゼフといえどトリステインに手を出すわけにはいかない」
 
「……別にそこまで考えて、タバサに協力してたわけじゃねえよ。――ただ、ジョゼフのやり方が気に入らなかっただけだ」
 
 眉をひそめて不機嫌そうに語る才人に対し、ブリミルは小さく溜息を吐き出すと、
 
「冗談よ。――あんたがそんな計算高い人間じゃないことくらい充分知ってるわ」
 
 言って、自分に宛われた部屋のドアを開ける。
 
「明日はウエストウッドの村に行きましょう。なんだかんだでテファには迷惑掛けちゃったから恩返ししないとね」
 
「分かった」
 
 そう告げて、才人はブリミルと別れ自分の部屋へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 トリステイン魔法学院の正門脇で寂しそうに膝を抱えて、じっと街道を見つめ続ける少女がいた。
 
 タバサによって作り出された才人の娘、ホムンクルスのナイである。
 
 才人の言い付けを守って、シエスタ達と共に魔法学院にまで戻ってきたが、肝心の父親である才人が何時まで経っても帰ってこない。
 
 彼の帰りを待ち侘びたナイは、朝、日が昇ってから夜、日が沈むまで雨の日も風の日も、ずっと才人の帰りを待ち続けていた。
 
 流石にそんなナイの事をいじらしく思ったシエスタを始めとした使用人達や、女子生徒達、そして使い魔達までもが何かとかまってやるのだが、ナイの表情に笑顔は戻らなかった。
 
 そうして一ヶ月も経った頃、遂に見かねたマルトー親父がシエスタに一つの命令を下した。
 
「一ヶ月の休みをやる。……あの娘を我らが剣の所へ連れてってやんな」
 
「え? ……料理長?」
 
「おめえも会いてえんだろ?」
 
 マルトーの思いやりに、感謝しながらシエスタは深々と頭を下げた。
 
 そしてシエスタは厨房を飛び出すと、その足で正門前で座り込んでいるナイの元へ赴くと、
 
「ナイちゃん!」
 
 荒い息を整えながら、
 
「一緒にサイトさんを迎えに行きましょう!」
 
「……おとーさん、迎えに?」
 
「ええ、そうよ」
 
 頷き返すシエスタに向け、ナイは強い意志を感じさせる瞳で、
 
「行く」
 
「うん。……じゃあ、早速準備しましょうか」
 
「……うん」
 
 こうして、その日の内に二人は学院を出てアルビオンへ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、アルビオンでは彼の国の行く末を決めるべくトリステイン・ゲルマニアの王達が訪れ諸国会議が行われていた。
 
 諸国会議において、まずは連合軍を率いたウインド総司令の正体を明かすことから始まった。
 
 集まった王族達に対し、ウインドはその顔に着けられた仮面を外し、素顔を露わにする。
 
 そこにいたのは、革命時に行方不明となった筈のアルビオン王族、ウェールズ皇太子の姿だった。
 
 これにより、この諸国会議におけるパワーバランスが著しく狂いをみせた。
 
 本来ならば、なんの力も持たなくなったアルビオンを、連合軍として戦争に参加した諸国が、アルビオンの資源を好きに取り分ける予定であったのに対し、その連合軍を指揮していた総司令官がアルビオン王家の皇太子、ウェールズであると打ち明けられたのだ。
 
 最終的にレコン・キスタを崩壊させたのは僅か五人の兵達であったが、それまでにこの戦争でアルビオン軍を相手に勝利目前まで追い詰めたのは間違いなく、ウェールズ率いる連合軍である。
 
 それを否定するということは、自国の軍隊が戦争において特に目立った働きをしなかったと宣言するようなものであり、それを言ってしまったが最後、この会議において役立たずのレッテルを貼られ、ロクな報償を貰い受ける事が出来なくなってしまう。
 
 だというのに、最も活躍してみせたトリステインはアンリエッタとウェールズの関係からさして大きなものを要求することはなかった。精々戦争によって損失した分を補給する程度の要求止まりである。
 
 そうなってしまうと、トリステインほどに活躍をする事が出来なかったゲルマニアとロマリアとしては、トリステイン以上のものを要求することなど出来よう筈もなく、もし実際に要求すれば恥知らずの強突張りして後代まで汚名を着ることなるため、ろくな戦果を得ることが出来なかった。
 
 よってアルビオンは多少の土地を取られはしたものの、本家筋の王族であるウェールズを王としてアルビオン王家を復興させ、従来通りの統治を再開させることで落ち着いた。勿論、敗戦国である以上、他国に賠償金を支払わねばならないが、それらはレコン・キスタに付いた貴族達の財産や領地を没収した分を割り当てる事で解決した。
 
 更に攻め込んできたガリア空軍の生き残った兵士達に関してだが、従順を示す者達はトリステインとアルビオンの軍に配属され、それ以外の者達は強制労働とされることが決定している。
 
 こうして、二週間にも及ぶ諸国会議を終了したロンディニウム城に、才人達は呼び出されていた。
 
 執務室には、この部屋の主人であるウェールズとトリステイン女王のアンリエッタ。そして、才人、ルイズ、ブリミル、テファの六人が集まっていた。
 
 全員が揃ったのを確認すると、ウェールズが深々と才人達に頭を下げ、
 
「此度の尽力、本当に助かった。改めて礼を言わせて欲しい」
 
「いや、だから頭上げて下さいって!?」
 
 言われ頭を上げたウェールズは、懐から一枚の書簡を取り出すと、それを才人に渡す。
 
「これは、僕からの贈り物だ。――どうか、貰ってもらえないだろうか?」
 
 受け取り、才人がその書類を読みとって驚きの声を挙げる。
 
「えーと、……アルビオンの貴族に任命!! しかも、公爵ッ!?」
 
 予想外の出来事に、ルイズとブリミル、そしてティファニアもその紙を覗き込む。
 
「……ホントね。でも、良いんですか? 平民を貴族にするだけでも問題があるのに、いきなり公爵なんて」
 
 公爵といえば、貴族階級の中でも最も高い地位だ。トリステインでは最下級のシュヴァリエでさえアニエスが初めてだったというのに、いきなり公爵とは……、
 
「本当なら、僕の代わりに王様になって貰いたいと思っているんだがね」
 
 苦笑を浮かべ、
 
「レコン・キスタの反乱と、この戦争でアルビオンにいる殆どの貴族が居なくなってしまってね、優秀な人材を一人でも多く欲しいと思っているんだ」
 
 言って、ティファニアにも書簡を手渡す。
 
 そこには階級こそ違うものの、侯爵の階級を授けると明言されていた。
 
 ルイズはトリステインの貴族なので、アルビオンの爵位を授けるわけにはいかないため、代わりにアンリエッタから勲章が贈られることになった。
 
 そしてブリミルに関してだが、一国に虚無の担い手が集中しすぎると良くないという観点から彼女には勲章や爵位などが与えられる代わりに、結構な額の報償を与えられた。
 
 これによって、当初城の方でウエストウッドの村の孤児達を預かって貰う予定だったものが、使用人付きの屋敷と年金を貰えるということで一気に解決することになった。
 
 ルイズにしても、これは嬉しい事だった。自分の事ではなく、才人が貴族になったことが、だ。
 
 これで、彼がハルケギニアに未練が出来てくれれば、自分の世界に帰らずに、こちらの世界に居着いてくれるのではないかという期待がある。
 
 そんな複数の思惑が絡み合う中、ブリミルが口を開いた。
 
「ウェールズ皇太子とアンリエッタ王女。――お二人にお願いが御座います」
 
 片膝を着き、頭を垂れて告げるブリミルに、二人は一瞬だけ視線を交差させると同時に頷き話の続きを促した。
 
「現在、ハルケギニア大陸において始祖の遺産を巡る争いが表面化しつつあります」
 
「始祖の遺産?」
 
「はい。……それがどのような物かは言えません。――あれは本来、人が手にするような物ではないのです。
 
 ですが、それを狙う虚無の担い手があります」
 
「……虚無の担い手が、貴女達以外にもいると仰るのですか?」
 
 神妙な顔つきで尋ねるアンリエッタに対し、ブリミルは首肯すると、
 
「ミス・ヴァリエールとテファを除き、後二人……」
 
「まあ、なんて事!?」
 
 驚きの声を挙げるアンリエッタを制し、ブリミルは更に話を進める。
 
「その二人は共に野心を持ち、始祖の遺産を欲しようとしております」
 
「……もし、それをそのどちらかが手に入れれば、どうなると予測する?」
 
 ウェールズの問い掛けに対し、答えたのはブリミルではなく才人だ。
 
「片方は世界を手中に収めようとするだろうし、もう片方はエルフに全面戦争を仕掛けようとするでしょうね。
 
 どちらの手に渡ったとしても、多くの犠牲が出ることになります」
 
「……その二人の担い手の正体は分かっているのですか?」
 
 アンリエッタとウェールズが息を呑む中、ブリミルの唇が開く。
 
「一人はガリアの無能王ジョゼフ。もう一人はロマリアの新教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ」
 
 二人共、恐ろしいまでの権力者だ。
 
 例え虚無の力が無かったにしても、今の疲弊したトリステインとアルビオンに勝てる相手ではない。
 
「始祖の後継者として二人の野望を停める為、組織を設立したいのですが、その為の許可を頂きたいのです」
 
「……組織ですか?」
 
「はい。国家間での争いとなれば、不利となります。ですから少数精鋭による隠密行動隊の組織を」
 
 ブリミルの言葉にアンリエッタが周囲を見渡すと、才人、テファ共に強い眼差しでアンリエッタに視線を向けていた。
 
 そこに込められた意思を読みとり、アンリエッタは深々と頷くと、
 
「分かりました。では、ブリミル様を主導者とした組織の設立を許可します」
 
 言って、アンリエッタは杖を振るい羊皮紙に筆を走らせる。
 
「トリステイン女王、アンリエッタの名において、あなたに国内外へのあらゆる場所への通行と、警察権を含む公的機関の使用、そして必要とあらば徴兵の権利を授けます」
 
 続いてウェールズが、
 
「アルビオン国王、ウェールズの名において、同様の権利をあなたに授けよう」
 
 二通の書簡がブリミルに手渡された。
 
 彼女はそれを受け取ると、深々と一礼し、
 
「必ずや、ハルケギニアに平和をもたらすことを、ここに誓います」
 
 始祖ブリミルに対して誓うのではない。彼女の求めるものは、始祖ブリミルの求めるものとは対極に位置するものだ。
 
 だから彼女が誓うものは、己の意思に対して。
 
 その事を理解している才人とティファニアは彼女と同じように、この場で誓いを立てた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ウェールズの執務室を後にした才人達は、食事の為に城下町の食堂を訪れていた。
 
「取り敢えず、これで孤児達の問題に関しては一段落したわけだけど――」
 
 ブリミルは視線を才人に移し、
 
「……あんたね、そんなに簡単に爵位を受けて帰る時にどうするつもりよ?」
 
「いや、つい流れ的に……」
 
 まるで非難するような物言いに、ルイズは立ち上がってブリミルに抗議の声を挙げた。
 
「何よ!? 別に才人が貴族になったって良いじゃない!!」
 
 ブリミルは驚きに目を見開き、
 
「……あんた、本気で言ってんの? 爵位なんて貰ったら、才人が自分の世界に帰る時に未練が出来ちゃうかもしれないじゃない。
 
 それに、才人が居なくなった後で、その領地は誰が責任を持って管理するのよ?」
 
「ずっと、この世界に居てもらえば良いじゃない!」
 
 その言葉にブリミルがキレた。
 
 彼女も椅子を蹴倒して立ち上がり、
 
「ふざけたこと言わないで!! 才人の世界には彼の両親も友達も居るのよ!? 彼に全てを捨てろっていうの?」
 
「こっちの世界にも友達は居るじゃない! それにハルケギニアにとって才人は無くてはならない人材だわ!」
 
 激しい口論に、店内の客達の視線が才人達のテーブルに集まるが、ヒートアップしている二人は一向に気にしない。
 
「異世界の人に頼ろうとするのが間違いなのよ! 自分の世界の事くらい自分達で解決出来ないようじゃ、才人が何時まで経っても安心して自分の世界に帰ることなんて出来やしないわ!
 
 彼は絶対に、自分の平和な世界で幸せに暮らすべきなのよ!」
 
「こっちの世界でだって、幸せになれる! わたしがしてみせる!!」
 
 言い切ったルイズに対し、ブリミルは悲しげな表情で力無く首を振ると、
 
「……あなたには無理よ」
 
 ……そう。自分と一緒にいれば、才人を戦いの人生へと導いてしまう。そんなのは、決して彼の幸せとはいうまい。
 
 その諦めきったような表情に何を見たのか、ルイズは全力でブリミルの想いを否定した。
 
「勝手に決めつけないで!!」
 
 ルイズは憎しみさえ籠もったような眼差してブリミルを睨み付け、
 
「――わたし、絶対、あなただけには負けない!!」
 
 そう言い残し、ルイズは店を出ていってしまった。
 
 ルイズの出ていった扉と眼前のブリミルとを見比べていた才人だが、ティファニアと視線が合うと彼女が頷いてくれたので、この場を彼女に任せて才人はルイズの後を追った。
 
「……参ったわ。自分に敵意を向けられるとは思いもしなかった」
 
 少なからず、ショックを受けた様子のブリミルを慰めるようにティファニアが口を開く。
 
「でも、どちらの言い分も正しいと思います」
 
「……うん。それは分かってる。――けど」
 
 躊躇い、
 
「やっぱり羨ましいのね、あの娘のことが」
 
 あの迷いのない眼差しを思い出す。
 
 自分が才人を幸せにすると言い切った、かつての自分を……。
 
 あの娘は強い。単純な強さということであれば、自分は強くなったと思うし精神的にもかなり鍛えられたと思う。
 
 だが、今のルイズ程の真っ直ぐな強さは無い。
 
 未来を知ってしまっている自分は、どこかで出来ることと出来ないことの句切りをつけてしまっているのかもしれないのに対し、ルイズにはそれが無い。
 
 あの娘は、もう選択したのだろう。この世界で才人と共に幸せになるということを。
 
 ――だが、ブリミルでさえ気付いていない。
 
 今のルイズにあるのは純粋な強さではなく、才人への依存からくる固執であるということを。
 
 才人をこの世界に留める為ならば、彼を他の女性達と共有することでさえ、やぶさかではないという程の決意さえある。
 
 そんなことは知らず、ブリミルは窓の外に視線を移しルイズを追った才人がどのような選択をするのか、その答を思い悩んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 店を出たルイズを追いかけた才人は、街の中央にある噴水の前で膝を抱えるルイズの姿を発見した。
 
 憤りながらも、今にも泣きそうに目尻に涙を溜めたルイズを見て、才人は溜息を吐き出し、
 
「何やってんだよ?」
 
「……だって」
 
 才人はルイズの隣に腰を降ろすと、
 
「まあ、あいつの言い分も分かってやってくれ」
 
「……分かんないわよ。そんなの」
 
 才人は遠くを見つめつつ、
 
「ブリミルはな、責任感じてんだよ」
 
「……責任?」
 
「ああ。俺をハルケギニアに召還しちまった責任をな。
 
 だから、何としても俺を元居た世界に帰そうとしてくれてる。――あいつだって、本当は別れるのは辛い筈なんだ」
 
 才人の言葉に、暫く考えていたルイズだが、やがて頭を上げて彼の目を見つめると、
 
「……あんたはどうしたいの?」
 
「……俺は」
 
 言葉に詰まりながらも、
 
「……俺は帰るよ。それが泣きながら俺を帰そうとしてくれたブリミルへの答えだと思うから」
 
「違う!」
 
 才人の出した答に納得のいかなかったルイズが叫ぶ。
 
「違うの! それは才人の意思じゃないでしょ!? それはあの人の意思を尊重してるだけよ! 確かにそれは優しい事だと思うけど、才人自身はどう思っているか、わたしは知りたいの!?」
 
「……俺自身の答え?」
 
 言われ、考える。
 
 ルイズの言うとおり、地球に帰りたいという思いは自身のものではなくブリミルへの想いを形にしたものかもしれない。
 
 ……ならば、自分はどうしたいのか?
 
 両親や友人達にもう一度会いたいとは思う。……だけど、
 
「…………」
 
 長い黙考の末、才人よりも先に口を開いたのはルイズだった。
 
「ゴメンね。……わたしの我が侭かもしれないけれど、でもわたし――、才人と一緒に居たいの」
 
 そう言って、才人の胸元に自分の額を押し当ててくる。
 
 才人はそんなルイズが堪らなく愛しく思い抱き締めようとするが、その脳裏にブリミルの寂しそうな表情が過ぎり、手を停めてしまう。
 
 そのままの体勢で暫く思案した後、才人はルイズの肩を掴んで己の胸元から引き離すと、
 
「……悪い。俺、まだ答えを出せそうにない」
 
 辛そうな表情で告げる才人に、ルイズも同じような顔になるが、それでも気を取り直すと、
 
「……良いよ。一生のことだもん。良く考えて答え出さないと」
 
 そう告げるが、まだ諦めたわけではない。
 
 これで、才人の決断に迷いが出来たことは事実だ。
 
 幸い自分には、多くの同士とも言うべき少女達が居る。彼女達の協力を取り付け何としても才人にはハルケギニアには残ってもらわなければならない。
 
 ……最悪の場合、最大の障害であるブリミルを殺すことになろうとも。
 
 そこまでルイズが思い詰めていることは、まだ誰も知らない……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ティファニアとウエストウッドの子供達が、彼女に与えられた領地へ引っ越す事が決まった日、才人も引っ越しの手伝いをしようと思っていたのだが、それはブリミルによって却下された。
 
「……何でだよ? 男手があった方が、良いに決まってるだろ?」
 
 そう告げる才人に対し、ブリミルは呆れた表情で、
 
「使用人付きで領地と屋敷貰ってるんだから、人手なんか有り余ってるわよ」
 
 溜息を吐き出し、
 
「それよりも、あんた自身、今まで一度も自分の収める領地に行ってないでしょうが!?」
 
「い、いや、何て言うか行った所で、何にもすることがないんじゃないかなー……、とか思って」
 
「大有りよ! 税率の調整とか領民の苦情処理とか、やること山盛りでしょうが!」
 
 まるで貴族の自覚が無い才人に、うんざりとした溜息を吐き出し、
 
「……ルイズ、悪いけどこいつの世話お願いね」
 
「……え?」
 
 突然、話を振られて驚くルイズを尻目に、
 
「わたし、組織設立の根回しで忙しいもの。――ちなみに、あんた達も組織の一員だから」
 
「まあ、それは良いけどな」
 
「……わたしも含まれてるの?」
 
「当然でしょ? あんたも担い手なんだから、しっかり働いてもらうわよ」
 
 ブリミルの放つ妙な迫力に気圧され、頷いてしまうルイズ。
 
 そして二人と別れ、ウェールズに借り受けた馬にサティーとルイズが跨り、才人がジルフェに乗ってロンディニウム城を後にしようとしたその時、上空から四匹立ての竜籠が舞い降りた。
 
 竜籠に刻まれた家紋を見てルイズが驚愕に目を見開く。
 
 そこから降り立ったのは二人。
 
 一人は先日実家に帰った時にあったルイズの上の姉、カトレア。
 
 もう一人はルイズの一番上の姉、エレオノール。
 
 エレオノールは才人の元に赴くと優雅に一礼し、
 
「サイト様、此度の活躍まことにおめでとうございます。
 
 それだけではなく、ルイズの守護とカトレアの病まで治していただいたと聞き及び、不承このエレオノール、ラ・ヴァリエール家長女として遅ればせながらも祝辞とお礼に参りましたしだいです」
 
 才人は慌ててジルフェから降りると、
 
「あ、……いや、そんな大した事してませんから、そんなに畏まらないで下さい」
 
 そう告げる才人に対し、エレオノールは潤んだ瞳で彼を見つめ、
 
「そんな謙遜する事は御座いませんわサイト様」
 
「あ、あの……、お姉さま? どうしてこのような場所まで?」
 
 横から問い掛けるルイズを一瞥すると、エレオノールは手を叩いて従者を招き、背負っていた大振りな箱を才人に差し出させる。
 
「えっと……、これは?」
 
 戸惑う才人に対し、エレオノールは再び一礼すると、
 
「我が妹を病より助けていただいたお礼とお思い下さいませ」
 
 そう言えば、そのような事を公爵が言っていたような気がする。
 
 エレオノールが慎重に箱の封を解くと、そこから現れたのは白銀に輝く軽装鎧だった。
 
 才人の武器の一つであるスピードを殺さぬよう、全身鎧ではなく軽装鎧をチョイスし、尚かつ幾重にも軽量化と固定化の魔法を重ね掛けした代物だ。
 
 実用一辺倒の代物ではなく、各部に金細工によって意匠が施されており芸術品としても価値があることが伺い知れる。
 
「どうぞ、お受け取り下さいますよう」
 
 カトレアとエレオノール。二人が同時に頭を垂れる。
 
 ルイズは才人の脇を突つき、
 
「丁度良かったじゃない。領民の初顔見せに威厳が出来るわよ」
 
「……そりゃ、そうだけどさ」
 
「どういうことかしら? ちびルイズ」
 
 怪訝な眼差しで問い掛けるエレオノールに対し、ルイズは満面の笑みを浮かべると、
 
「サイトがね、ウェールズ王から直々に爵位を頂戴したの!」
 
 その言葉を聞いたエレオノールは驚きに、しかし喜びに満ちあふれた表情で、
 
「まあ、爵位ですって!? それでどのような位を?」
 
「公爵なの! これでお父様もサイトの事をお認めになってくださるわ!!」
 
「まあ、まあ、まあ。それは素晴らしいことですわサイト様!」
 
 まるで我がことのように喜ぶルイズとエレオノールに、むしろ才人は困ったような表情で相づちを打つ。
 
「……は、はあ」
 
「では、早速お着替えになって下さいまし」
 
 言って、エレオノールの指し示す方向。
 
 そこには何時の間に建てたのか、小型の天幕が用意されていた。
 
「……何時の間に」
 
「一流の従者なら、これくらい普通に用意しましてよ?」
 
 断るのも悪いので、天幕の中に入りサティーに手伝って貰って鎧を装着していく。
 
「思ったより、全然軽いもんだな」
 
「軽量化の魔法が掛けられております。恐らくはサイト様の為に実戦用に手配された代物であると推測します」
 
 全ての部位を装着し、デルフリンガーを背負った才人にサティーが恭しい手つきでマントを差し出す。
 
 ルイズが普段身に着けているようなものではなく、ビロード製の身分ある者のみが着用を許される重厚なマントだ。
 
 背にはウェールズから才人に贈ったヒラガ公爵家の家紋ともいうべき、長剣(デルフリンガー)と短剣(地下水)が交差し十字架を形取った紋章が刺繍されている。
 
 姿見を持ち、才人の全身を映すサティーはしっかりと頷くと、
 
「ご立派だと判断します」
 
「な、なんかコスプレみたいで恥ずかしいんだけどな」
 
 照れ笑いを浮かべる才人が天幕を潜り、皆の前に姿を現す。
 
「まあ……!」
 
 真っ先に驚きの声を挙げたのはエレオノールだ。
 
 彼女はまるで憧れのアイドルでも眺めるような眼差しで、
 
「素敵ですわ、サイト様」
 
「ええ、とてもお似合いだわ」
 
 とは、カトレアの言葉だ。
 
 そしてルイズは……、
 
「…………」
 
 その姿に見惚れていた。
 
「おーい、ルイズ?」
 
「え? う、うん」
 
「……どうしたんだ? 調子悪いのか?」
 
「ち、違うわよ!?」
 
 慌てて否定し、才人に称賛を贈ろうとするが、才人は既にエレオノールに捕まって色々と世話を焼かれていた。
 
「さ、さあ早く行きましょう!」
 
 姉から主導権を奪う為、声を張り上げる。
 
 するとエレオノールもそれを肯定し、
 
「そうね、早くしないといけないわ」
 
 言って、従者の一人に才人の爵位受勲と自分達も暫くは才人の元に世話になる旨をラ・ヴァリエール公爵に伝えるように命令する。
 
「さあ、参りましょうサイト様」
 
「いや、参りましょうって言っても、エレオノールさん達の足が無……」
 
 才人が言い終わる前に、城下町の方から馬車が二台やって来た。
 
 一台は四頭立ての立派な馬車。もう一台は使用人用の馬車である。
 
 才人は半ば呆れた表情で、
 
「……もしかして、買ったんですか?」
 
「…………?」
 
 何を当然の事を? とでも言いたげな眼差しで問い掛けてくるエレオノール。
 
 竜籠で先に行っていようとか、レンタルで借りようとかいう概念は、彼女には無いらしい。
 
 そう想像する才人とは別に、ルイズは才人の屋敷に住み着くつもりで購入したか、と邪推するが、……実はそれが一番正しい認識だった。
 
 才人は疲れたような笑みを浮かべると、
 
「えっと……、二日程掛かるらしいんですけど、かまいませんか?」
 
「ええ、全然平気ですわ」
 
「わたし長期旅行は初めてだから、わくわくするわ」
 
 身体が弱い為、幼少時より長時間の移動を伴うような旅行などには行ったことがないカトレアが心底嬉しそうに告げるのを見て、ルイズは一気に毒気を抜かれた。
 
 当初は早駆けで行くつもりだったが、カトレアの嬉しそうな顔を見て才人も唇を綻ばせ、
 
「そうですね、のんびり行きましょうか」
 
 言って、エレオノールの手を取って馬車までエスコートした。
 
 無論、これは彼女が長女ということを考慮したからであり、続いてカトレア、ルイズと手を取って馬車へと案内する。
 
「……あら? サイト様はお乗りにならないのですか?」
 
 残念そうに告げるエレオノールに、才人はマントを拡げてその下に着込んだ鎧を見せるようにして、
 
「ええ、折角こんな立派な鎧を貰ったんですから、ジルフェに乗っていた方が映えると思いまして」
 
「確かにそうですわね」
 
 今回は領民への顔見せの意味があるので、馬車で赴くよりはその方が良いだろうと納得したエレオノールは、御者に才人の後を追うように命令した。
 
 使用人達が馬車に乗り込むのを確認した才人は、ジルフェに跨り傍らにサティーを従えて前進を開始した。