ゼロの使い魔・2回目
 
第3話(前編)
 
 ヴェルダンデの活躍、……あくまでもヴェルダンデの活躍であってギーシュではない。のお陰で窮地を脱出した才人達は、シルフィードに乗って訪れたラ・ロシェールの街でウェールズと合流したが、彼らを待ち受けていたのは、ちょっとした騒動だった。
 
 ワルドの乗ってきたグリフォンが、暴れていたのだ。
 
 幸い、今のところは怪我人とかは出ていないようだが、このままでは危険ということで、動物の言葉が分かる才人が説得にあたった。
 
「取り敢えず、落ち着け」
 
 グリフォンは才人の事を覚えていたらしく、素直に従い、暴れるのを止める。
 
“少年よ、ワルド殿が何処へ行かれたか知らぬか?”
 
「あー、……ワルドなぁ。実は裏切り者だったんで、悪事がバレて逃げちまった」
 
 才人はアルビオンで起こったことをグリフォンに説明してやる。
 
“……それは真か?”
 
「嘘言っても、しょうがないし」
 
“……なんと嘆かわしい! 由緒正しきトリステインのグリフォン隊隊長ともあろう者が裏切りなどと!”
 
「だから落ち着け。……それで、お前はこれからどうすんの? ワルドなら、まだアルビオンに居ると思うけど?」
 
“……何故、私が裏切り者ごときに付いていかねばならん?”
 
 問うグリフォンに対し、才人はわけが分からず小首を傾げながら、
 
「お前、ワルドの使い魔じゃないの?」
 
“笑止! 我は、代々トリステイン王家に仕えし由緒正しきグリフォンの血族ぞ!”
 
 そういえば、零戦で戦った時は、ワルドは風竜に乗ってたなあ、と思い出しつつ。
 
「へー」
 
 血統書付きだと言うグリフォンに、妙な関心を抱いた。
 
「じゃあ、一緒にトリステインに帰るか?」
 
“ふむ、それも良いが、帰ったとしても我を乗りこなせるだけの力量を持った衛士など、もはやトリスティンに居らぬのが現状だ”
 
 裏切り者ではあったが、ワルドの力量はズバ抜けていた。
 
 それは理解出来たので、才人もグリフォンの言うことに頷く。
 
「なら、野生に戻るか?」
 
“いや、それよりも気になる事がある”
 
「ん?」
 
“少年よ。……汝、ワルド殿に勝ったと申したな?”
 
「ああ」
 
“ならば、その実力、見せてもらおうぞ!”
 
 言うなり、その鋭い爪で才人に攻撃を仕掛けてくる。
 
 才人は腰の剣に手を添えて、ガンダールヴの力を発揮すると、グリフォンの爪をかい潜り、一気に間合いを詰めてその背に飛び乗った。
 
「だから、落ち着けって!」
 
 今度は右手のルーンが光る。手綱を巧みに操り、振り落とそうとするグリフォンを自分の支配下に置く。
 
 暫くは暴れていたグリフォンだが、才人の騎乗技術を認めると大人しくなり、
 
“むう、……見事だ少年”
 
「つーか、何がしたいんだよお前は?」
 
 問い質す才人に対し、グリフォンは頭を垂れると、
 
“我が名はジルフェと申す。……今後ともよろしく”
 
「あ、ああ、よろしく。俺は、平賀・才人だ」
 
“では、サイト殿と呼ばせていただく”
 
 まあ、そういう事で、と前置きし、才人はわけが分からずに眺めていたルイズ達に向き直ると、
 
「こいつもトリステインに帰るらしいから」
 
 と簡潔に説明した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 戦が終わってから二日経った、もはやかつての面影を微塵も残さない瓦礫の山と化したニューカッスル城。
 
 フードを被った女、土くれのフーケが冷めた瞳でその瓦礫を眺めていた。
 
 彼女の視線の先。……そこはかつて礼拝堂のあった場所だ。
 
「やれやれ、……後3年もすれば、良い男になると思ったんだけどね」
 
 つまらなそうに呟くフーケの隣に人影が並ぶ。
 
 レコン・キスタでは珍しい、トリステインの魔法衛士隊の制服を着た貴族。ワルドであった。
 
「流石の伝説の使い魔も、数の暴力には敵わなかったようだな」
 
 兵士達からは、それらしい剣士と戦ったという報告は受けていない。ならば、主人と共にこの礼拝堂で死んだか。
 
 抑揚の無い声で告げると、杖を取り出し呪文を詠唱して魔法を発動させる。
 
 すると小型の竜巻が発生し、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
 
 そこでワルドは眉を顰める。
 
 周囲を見渡しても、何処にも死体が無いのだ。しかもウェールズだけでなく、才人やルイズのものも。
 
「……あら? これって」
 
 言って、フーケが足下に落ちていた粉塵で汚れた人形を手に取る。
 
「何だ? その薄汚い人形は?」
 
 面白く無さそうに問い掛けるワルドに対し、フーケは口元を綻ばせると、
 
「こりゃ、スキルニルだよ。血を受けた者と同じ姿をとるっていう古代の魔法人形さ」
 
 言われ、ワルドが確認すると、確かに自分がウェールズに攻撃を仕掛けた所と同じ場所に穴が空いている。
 
 ワルドはフーケから人形を引ったくると、力任せにその場に叩きつけた。
 
 そしてついでとばかりに、足下に転がっていた絵画を蹴り飛ばす。
 
「あーあ、勿体ない。あれ複製でも、そこそこの値が張る代物だよ?」
 
 言って気付く。先程ワルドが蹴飛ばした場所に、絵画に隠されるようにして大きな穴が空いているのを。
 
 おそらく、才人達はこの穴から外に逃げ出したのだろう。
 
 何一つ目的を果たす事が出来なかった事を悟ったワルドが歯噛みする横、フーケは心底楽しそうに笑みを浮かべた。
 
「ははは、やるじゃないか、あの使い魔君は。尽くあんたの上を行ったってわけだ」
 
 確か、名前をヒラガ・サイトとかいった筈だ。
 
 ワルドが睨み付けてくるが、フーケは気にしない。
 
 笑みを崩さないままで思う。
 
 ……また、会うこともあるかしらねえ。
 
 その時は、間違いなく敵だろうが、それはそれで結構面白いような気がした。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、シルフィードにタバサ、キュルケ、ギーシュ、ウェールズの4人、ジルフェに才人とルイズを乗せて、一向はトリスティンを目指す。
 
 今度は行きと違い、空を飛んで帰ったので、それほど時間は掛からなかった。
 
 そして戒厳令の敷かれたトリスティン王宮に到着。
 
 着陸直後に、マンティコア隊に囲まれた才人達は、偶然通り掛かったアンリエッタの取りなしによって、彼女の部屋へ案内されることになった。
 
「姫様、まずはこのお手紙を」
 
 アンリエッタにウェールズから預かった手紙を差し出す。
 
「ありがとうルイズ。やはり、あなたは私の一番の友達だわ」
 
 そしてルイズが一歩を引き、代わりにフードを目深に被った男が前にでる。
 
 男がフードを取り、そこから現れた顔を見たアンリエッタの瞳に涙が浮かぶ。
 
「……ウェールズ様」
 
「アンリエッタ」
 
「……よくぞ、ご無事で」
 
 アンリエッタがウェールズの胸に飛び込む。
 
 ウェールズもそれに応えるように、彼女を抱き締めた。
 
 才人は、肩を竦めると、隣でもらい泣きしているルイズを促して、一旦退室する。
 
「……結構、気が利くのね」
 
「それぐらいの常識は、弁えてるっての」
 
 言って、腕を組み考え事を始める。
 
「……何悩んでんのよ?」
 
「ちょっと……、な」
 
 曖昧に答え、キュルケ達の待つ謁見待合室へ向かう。
 
 部屋に到着すると、才人はタバサを手招きして、相談事を持ちかける。
 
 ウェールズの今後についてだ。
 
 遺体が無いことで、彼の生存がバレるのは時間の問題だろう。
 
 そこで、才人はウェールズの潜伏先にと、タバサの家を頼れないか、相談した。
 
 無論、才人なりに裏の考えがある。
 
 ウェールズの潜伏先の提供と引き替えに、水の系統の名門でもあるトリステイン王宮の宝物庫にある水の秘薬の調査と提供を持ちかけるつもりである。
 
 タバサは才人の提案に対し、暫しの黙考の後、首肯を示した。
 
 如何にレコン・キスタとはいえ、トリステイン王家とは何の関係も無いガリアにウェールズが潜伏しているとは考えまい。
 
 もし調査したとしても、タバサの実家は不名誉印を受けたとはいえ王家に属する。早々簡単に押し入ることは出来まい。
 
 才人とタバサの相談が決定した所で、侍女の一人がルイズと才人を呼びに訪れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お話は、全てウェールズ様から聞きました」
 
 アンリエッタは才人の手を取り、礼を述べながら、
 
「本来ならば、領地を与え貴族の位を差し上げたいのですが、何分公に出来ない事柄なので……」
 
「いや、別にいいんですけどね」
 
 それより、と才人は切り出した。
 
「ウェールズ皇太子の今後の身の振り方なんですけども、ガリアの偉いさんに知り合いが居るんで、そこで匿って貰おうと思っているんですが、どうでしょう? 先方には、もう許可を貰ってますし」
 
 トリステイン、アルビオンの双方から全く関係の無い家柄なので、不審に思われないこと。一応、ガリア王家とも繋がりがあるので、早々簡単に疑われないこと。信用のおける家柄であること。など、才人の告げる理由に納得したウェールズとアンリエッタは、名残惜しそうに、視線を交わしながらも、その条件を了承する。
 
「で、交換条件として、人の心を壊す水の秘薬の情報を調べるのに協力してほしいんですけども」
 
「それはかまいませんが、そのような薬、何にお使いになるのですか?」
 
 人の心に関連する魔法薬は、禁制の代物だ。しかも心を壊すような物騒な代物となると、用心するに越したことはない。
 
「正確にいうと、薬そのものじゃなくて解毒剤が欲しいんです。
 
 ……ちょっとわけありの人がいまして、その薬を飲まされて精神崩壊してしまっているので」
 
 まあ、とアンリエッタは不憫そうな表情をした後で、
 
「分かりました。微力ではありますがご協力させていただきます」
 
「あ、出来れば内密にお願いします。敵にバレると、結構厄介なもんで」
 
「分かりました」
 
 アンリエッタの了承を得た才人は、人心地吐くと、一度ルイズに視線を向けて、僅かな躊躇いの後、再びアンリエッタと向き直る。
 
「さて、他にもちょっとお願いがあるんですけども」
 
「私に出来る事なら、何でも仰って下さい」
 
「じゃあ、遠慮なく。
 
 えーっとですね、ちょっと大きな荷物を運びたいんで、竜騎士隊の力を貸して貰いたいんですけども」
 
 この後、コルベールにはガソリンを制作してもらうなどの、多額の出資を強要することになるのだ。せめて運送代くらいはこちらで都合を付けたかった。
 
「そのような事でよければ、存分に」
 
 軽く了承してくれたアンリエッタは、杖を振るうと、羽根ペンが独りでに動き出し書を認め始める。
 
 そして最後に杖を振って花押が押された。
 
「では、運搬の際に竜騎士隊に、これをお見せ下さい」
 
「あ、どうも」
 
「……ねえ、何、運ぶつもりなの?」
 
 それまで、才人のやることを見守っていたルイズが口を挟む。
 
「ん、武器かな? その内、アルビオンが攻めてくることになるだろうからな。今の内に、備えておくにこしたことはないさ」
 
「……そう」
 
 不安そうに頷くルイズの頭を撫で、
 
「心配すんな、何とかなるって」
 
「あんたって、いつもそれよね……」
 
 ルイズはやや呆れたように、それでも笑みを浮かべながら告げる。
 
「お話中の所、申し訳ないが、……サイト殿、僕からも君に礼をさせて貰いたい」
 
 声を掛けてきたのはウェールズだ。
 
「いや、いいですって、さっき姫さんにお礼言われたばかりですし」
 
 ウェールズは、微笑を浮かべ、
 
「そういうわけにもいかない。君には、どれだけ感謝してもしたりないのだから」
 
 言って、指に填められた風のルビーを外し、
 
「これを受け取って欲しい」
 
「って、拙いでしょ、これ」
 
「いいのだ。邪魔ならば、売り払ってもらってもかまわない」
 
「いや、その……分かりました」
 
 ウェールズの強情さを実際に体験した才人は、絶対に引き取って貰えないと判断して指輪を受け取った。
 
 その隣では、水のルビーを返そうとしていたルイズをアンリエッタが押し止めている。
 
 結局、ルイズもアンリエッタに押し負けて指輪を受け取っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しかし王宮を出て、魔法学院に帰ろうという時になって、またも問題が発生した。
 
 ここまで、才人達を乗せてきたグリフォンのジルフェが、才人に付いて行くと言いだしたのだ。
 
「いや、付いてくるって言っても、……どうすっかなあ?」
 
 ジルフェはトリステイン王国のグリフォン隊に所属するグリフォンである。勝手に連れ帰ってもいい筈はない。
 
 才人が困り果てていると、彼らを見送りにきていたアンリエッタが、
 
「もしよろしければ、連れていってあげてくださいませ。
 
 使い手がおらず、遊ばせておくよりは、才人様に使役される方が、この子にとっても幸せでしょうし」
 
 言ってグリフォンの首筋を撫でる。
 
 才人はルイズに視線を送ると、どうする? と視線で問いかける。
 
 ルイズは軽く頷き、
 
「いいわよ別に、あんたが世話すんなら」
 
「……しょうがねえなあ」
 
 才人はジルフェを軽く叩き、
 
「じゃあ、これからよろしくな、相棒」
 
“相棒か……、心地よい響きだ”
 
 こうして、ガンダールヴの相棒デルフリンガーとは別に、ヴィンダールヴの相棒としてグリフォンのジルフェが才人の仲間になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 王宮を出てウェールズと別れ、それぞれシルフィードとジルフェに別れてトリステイン魔法学校を目指す最中、才人がギーシュに向けて切り出した。
 
「分かってると思うけども、ウェールズ王子の事に関しては、絶対に喋るなよ?
 
 バレたら、戦争が起こりかねないんだから」
 
「当然だ。少しは僕を信用したまえ」
 
「……お前、調子に乗ってベラベラ喋りそうだからな。
 
 よし、もし喋った場合は、鼻と耳を削ぎ落とすってことで、良いな? 決定!」
 
「ななな何だね、その横暴は! 断固抗議するぞ、僕は!!」
 
 ギーシュの抗議を才人は無視した。
 
 そして、自分の前に座るルイズが、先程から一言も喋っていないことに気付く。
 
「……どうしたんだ? ルイズ。もしかして、酔ったとか? 気分が悪いなら、一旦降りるぞ?」
 
「そ、そんなんじゃないわよ」
 
 顔を真っ赤に染めて反論する。
 
 実際は、才人の腕に抱かれて、グリフォンに乗っているという状況が恥ずかしくも嬉しかっただけだ。
 
 それを即座に見抜いたキュルケが、タバサに耳打ちする。
 
「いいの? ルイズがダーリンの事、意識し始めたみたいよ?」
 
「…………?」
 
 意味が分からないと小首を傾げるタバサに対し、キュルケは軽く頭を撫でてやった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、才人はジルフェに餌を与えた後、厨房の方へ顔を出した。
 
「よう、我らが剣! 聞いたぜ、姫様直々にグリフォンを貰うような手柄を立てたんだって! いやあ、おめえのファンとしては鼻が高えぜ!」
 
 対する才人は頭を掻きながら、
 
「いや、たいした事はしてないんだけどな」
 
「そう謙遜すんじゃねーよ、我らが剣! で、どうしたい? 愛しのシエスタなら、もうじき戻って来ると思うがよ」 
 
 厨房内では、才人とシエスタのカップリングは、もはや公認となっていた。
 
 そして、さして待つこともなく、シエスタがやってくる。
 
「どうしたんですか? サイトさん」
 
「うん。シエスタって、タルブ村の出身だって聞いたんだけど」
 
「はい。その通りです」
 
「えーと、その、さ。今度、シエスタの休みが取れた時で良いんだけど、一緒にタルブ村に行かないか?」
 
 ……ハッキリ言って、尋ね方が悪い。
 
 目的が零戦を貰う事なので、若干、後ろめたい所のある才人は言葉を濁したが、見方によれば、それは照れているようにしか見えない。
 
 そんな状態で、シエスタの生まれ故郷に行こうと言うのだ。下手をすれば、シエスタの両親に結婚の了承を貰いにいくととられても仕方がない。……というか、そう解釈された。
 
「え? え? え?」
 
 突然の事に動揺するシエスタ。そして、それを隣で聞いていた料理長のマルトーは、関心したように頷くと、
 
「流石は我らの剣! 若ぇーのに大したもんだ!」
 
 才人の背中をバシバシ叩き、
 
「実はよ、来週から姫様の結婚祝いで、1週間の特別休暇が出ることになってたんだがよ、いいぜ、今日から行って来い」
 
 男らしい笑みを浮かべて、そう告げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 授業前の教室。
 
 クラスの話題は、才人一色だった。
 
 なにせ、数日留守にしていたと思っていたら、グリフォンに乗って帰ってきたのだ。
 
 それも、噂によると姫殿下が主人であるルイズではなく、使い魔の才人に授けたものらしい。
 
 何かあったということは、既に誤魔化しようが無かった。
 
 そして、そんな教室に渦中の使い魔が現れる。
 
 彼は主人であるルイズの元に赴くと、
 
「悪いルイズ。急用が出来たんで、1週間くらい留守にすることになった」
 
「……急用って何よ?」
 
「昨日、言ったろ? 大きな荷物取りに行くって」
 
 言われて、ルイズは先日アンリエッタの元での会話を思い出す。
 
「随分と急ね」
 
「思ったよりも、簡単に向こうの方の都合がついたからな」
 
「しょうがないわね」
 
 ルイズが授業道具の片づけを始めるのを見て、才人はそれを押し留め、
 
「今回は、お前はいいよ。行って荷物受け取って戻ってくるだけだから。
 
 お前、最近授業休んでばかりだったろ? 暫くは真面目に学生やっとけって」
 
 確かに、才人の言うことにも一理ある。
 
 ルイズは未だ納得していない様子ではあったが、才人の外出を認めた。
 
「……出来るだけ早く帰ってきなさいよね」
 
「分かってるって。俺が居ない間は、危ないことに首突っ込むんじゃねーぞ」
 
「分かってるわよ、もう」
 
 口では不満そうにしつつも、内心では、自分を心配してくれる態度が嬉しかったりした。
 
 ……が、その10分後、シエスタと二人でグリフォンに乗って、正門から出ていく才人を教室の窓から見かけたルイズは、鬼のような形相で殺気を振りまきつつ、教室を混沌に陥れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 タルブ村まで馬で3日掛かる行程を、ジルフェは僅か1日で走破した。
 
「うわあ、グリフォンて物凄く早いんですね」
 
“当然だ。我をそこらの駄馬と一緒にしてもらっても困る”
 
 偉そうなことを言ってはいるが、やはり、褒められると嬉しいのだろう。ジルフェの機嫌はかなり良かった。
 
「無茶苦茶喜んでる」
 
 苦笑しながら、シエスタにジルフェの通訳をする才人。
 
 やがてタルブ村に到着した才人は、シエスタの家へ行く前に竜の羽衣について尋ねてみた。
 
「竜の羽衣ですか? ええ、知ってますよ」
 
「よかったら、案内してもらえないかな?」
 
「いいですけど、そんなに面白い物じゃありませんよ?」
 
 そう断りを入れ、才人を竜の羽衣の鎮座する寺院に案内する。
 
「身に着けた人は、空を飛ぶことが出来るって言われてますけど、……そんなわけありませんよね」
 
 そう告げるシエスタはどこか、困ったような顔をしていた。
 
「飛ぶさ」
 
「……え?」
 
「これはね、俺の国の戦闘機なんだ」
 
「せんとうき……?」
 
「空を飛ぶ機械さ。……よかったら、ひいおじいさんのお墓に案内してもらえるかな?」
 
 そして困惑するシエスタに連れられて訪れた墓地で、才人はシエスタの曾祖父の墓の前で膝を着き手を合わせ、心の中でシエスタの曾祖父に零戦を借りる事を報告する。
 
「変わった文字ですよね? なんて書いてあるんだか、誰にも読めなくて……」
 
「海軍小尉佐々木・武雄、異界ニ眠ル」
 
「……え?」
 
 才人はシエスタに向き直り、その黒髪を優しく撫でた。
 
 改めて見ると、やはり懐かしさを感じる。
 
「あ……、サイトさん」
 
 シエスタの頬が朱に染まり、切なげな眼差しで才人を見つめる。
 
「……この文字はね、俺の国の文字なんだ」
 
「サイトさんの国の……」
 
 才人は小さく頷き、
 
「シエスタには、俺の国の血が流れてるんだな」
 
 才人は躊躇いがちに口を開く。
 
「竜の羽衣なんだけど、シエスタの家の私物みたいなものだって言っただろ? ……もし良かったら、これ、俺に譲ってもらえないかな?」
 
「はい? ……それは別に構いませんけども、これ動きませんよ?」
 
「んー、それは大丈夫。ガス欠で動かないだけだから、燃料さえ調達できればまた飛べるようになるさ。
 
 ……そしたら、皆を護ることが出来る」
 
 アルビオンの革命以降、世界の情勢は不安定で何時戦争が起こっても不思議ではない。
 
 その為の準備であろうが……、
 
「……あの、その時は……、わたしも護ってもらえますか?」
 
 おずおずと問い掛けるシエスタに対し、才人は当然といった顔で、
 
「そんなの当たり前じゃないか」
 
 才人はシエスタを見つめ、
 
「約束するよ。俺は絶対にシエスタを護る」
 
「は、はい! その時は、是非ともお願いします!」
 
「うん」
 
 その後、シエスタの家へ向かったのだが、グリフォンに乗って帰ってきたシエスタに村中が騒然となって驚き、才人は自分の知らないところでシエスタの恋人としてタルブ村に迎えられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、ルイズは学院長のオスマンの部屋に呼び出されていた。
 
 オスマンの用件は、ゲルマニアの皇帝とアンリエッタ王女の結婚式の際に詔を挙げる巫女の役目を姫様直々に、ルイズにやってもらいたいと仰せつかい、その儀式の為の道具として始祖の祈祷書を預かっていた。
 
 アンリエッタ直々の指名を受けた為、一応は拝命を了承したが、彼女とウェールズ王子との関係を知っているルイズとしては、素直に喜べる心境ではなかった。
 
 その上、自分の使い魔がメイドのシエスタと二人して何処かに出かけて行ったのだ。
 
 しかも、1週間も帰ってこないと言う。
 
 ……メイドと二人で、1週間もッ!!
 
 そのことでルイズをからかったギーシュが、2秒でギタギタにされ、次の瞬間から、才人の話題はクラスでのタブーとなった。