ゼロの使い魔・2回目
 
第3話
 
 ヴェルダンデの活躍、……あくまでもヴェルダンデの活躍であってギーシュではない。のお陰で窮地を脱出した才人達は、シルフィードに乗って訪れたラ・ロシェールの街でウェールズと合流したが、彼らを待ち受けていたのは、ちょっとした騒動だった。
 
 ワルドの乗ってきたグリフォンが、暴れていたのだ。
 
 幸い、今のところは怪我人とかは出ていないようだが、このままでは危険ということで、動物の言葉が分かる才人が説得にあたった。
 
「取り敢えず、落ち着け」
 
 グリフォンは才人の事を覚えていたらしく、素直に従い、暴れるのを止める。
 
“少年よ、ワルド殿が何処へ行かれたか知らぬか?”
 
「あー、……ワルドなぁ。実は裏切り者だったんで、悪事がバレて逃げちまった」
 
 才人はアルビオンで起こったことをグリフォンに説明してやる。
 
“……それは真か?”
 
「嘘言っても、しょうがないし」
 
“……なんと嘆かわしい! 由緒正しきトリステインのグリフォン隊隊長ともあろう者が裏切りなどと!”
 
「だから落ち着け。……それで、お前はこれからどうすんの? ワルドなら、まだアルビオンに居ると思うけど?」
 
“……何故、私が裏切り者ごときに付いていかねばならん?”
 
 問うグリフォンに対し、才人はわけが分からず小首を傾げながら、
 
「お前、ワルドの使い魔じゃないの?」
 
“笑止! 我は、代々トリステイン王家に仕えし由緒正しきグリフォンの血族ぞ!”
 
 そういえば、零戦で戦った時は、ワルドは風竜に乗ってたなあ、と思い出しつつ。
 
「へー」
 
 血統書付きだと言うグリフォンに、妙な関心を抱いた。
 
「じゃあ、一緒にトリステインに帰るか?」
 
“ふむ、それも良いが、帰ったとしても我を乗りこなせるだけの力量を持った衛士など、もはやトリスティンに居らぬのが現状だ”
 
 裏切り者ではあったが、ワルドの力量はズバ抜けていた。
 
 それは理解出来たので、才人もグリフォンの言うことに頷く。
 
「なら、野生に戻るか?」
 
“いや、それよりも気になる事がある”
 
「ん?」
 
“少年よ。……汝、ワルド殿に勝ったと申したな?”
 
「ああ」
 
“ならば、その実力、見せてもらおうぞ!”
 
 言うなり、その鋭い爪で才人に攻撃を仕掛けてくる。
 
 才人は腰の剣に手を添えて、ガンダールヴの力を発揮すると、グリフォンの爪をかい潜り、一気に間合いを詰めてその背に飛び乗った。
 
「だから、落ち着けって!」
 
 今度は右手のルーンが光る。手綱を巧みに操り、振り落とそうとするグリフォンを自分の支配下に置く。
 
 暫くは暴れていたグリフォンだが、才人の騎乗技術を認めると大人しくなり、
 
“むう、……見事だ少年”
 
「つーか、何がしたいんだよお前は?」
 
 問い質す才人に対し、グリフォンは頭を垂れると、
 
“我が名はジルフェと申す。……今後ともよろしく”
 
「あ、ああ、よろしく。俺は、平賀・才人だ」
 
“では、サイト殿と呼ばせていただく”
 
 まあ、そういう事で、と前置きし、才人はわけが分からずに眺めていたルイズ達に向き直ると、
 
「こいつもトリステインに帰るらしいから」
 
 と簡潔に説明した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 戦が終わってから二日経った、もはやかつての面影を微塵も残さない瓦礫の山と化したニューカッスル城。
 
 フードを被った女、土くれのフーケが冷めた瞳でその瓦礫を眺めていた。
 
 彼女の視線の先。……そこはかつて礼拝堂のあった場所だ。
 
「やれやれ、……後3年もすれば、良い男になると思ったんだけどね」
 
 つまらなそうに呟くフーケの隣に人影が並ぶ。
 
 レコン・キスタでは珍しい、トリステインの魔法衛士隊の制服を着た貴族。ワルドであった。
 
「流石の伝説の使い魔も、数の暴力には敵わなかったようだな」
 
 兵士達からは、それらしい剣士と戦ったという報告は受けていない。ならば、主人と共にこの礼拝堂で死んだか。
 
 抑揚の無い声で告げると、杖を取り出し呪文を詠唱して魔法を発動させる。
 
 すると小型の竜巻が発生し、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。
 
 そこでワルドは眉を顰める。
 
 周囲を見渡しても、何処にも死体が無いのだ。しかもウェールズだけでなく、才人やルイズのものも。
 
「……あら? これって」
 
 言って、フーケが足下に落ちていた粉塵で汚れた人形を手に取る。
 
「何だ? その薄汚い人形は?」
 
 面白く無さそうに問い掛けるワルドに対し、フーケは口元を綻ばせると、
 
「こりゃ、スキルニルだよ。血を受けた者と同じ姿をとるっていう古代の魔法人形さ」
 
 言われ、ワルドが確認すると、確かに自分がウェールズに攻撃を仕掛けた所と同じ場所に穴が空いている。
 
 ワルドはフーケから人形を引ったくると、力任せにその場に叩きつけた。
 
 そしてついでとばかりに、足下に転がっていた絵画を蹴り飛ばす。
 
「あーあ、勿体ない。あれ複製でも、そこそこの値が張る代物だよ?」
 
 言って気付く。先程ワルドが蹴飛ばした場所に、絵画に隠されるようにして大きな穴が空いているのを。
 
 おそらく、才人達はこの穴から外に逃げ出したのだろう。
 
 何一つ目的を果たす事が出来なかった事を悟ったワルドが歯噛みする横、フーケは心底楽しそうに笑みを浮かべた。
 
「ははは、やるじゃないか、あの使い魔君は。尽くあんたの上を行ったってわけだ」
 
 確か、名前をヒラガ・サイトとかいった筈だ。
 
 ワルドが睨み付けてくるが、フーケは気にしない。
 
 笑みを崩さないままで思う。
 
 ……また、会うこともあるかしらねえ。
 
 その時は、間違いなく敵だろうが、それはそれで結構面白いような気がした。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、シルフィードにタバサ、キュルケ、ギーシュ、ウェールズの4人、ジルフェに才人とルイズを乗せて、一向はトリスティンを目指す。
 
 今度は行きと違い、空を飛んで帰ったので、それほど時間は掛からなかった。
 
 そして戒厳令の敷かれたトリスティン王宮に到着。
 
 着陸直後に、マンティコア隊に囲まれた才人達は、偶然通り掛かったアンリエッタの取りなしによって、彼女の部屋へ案内されることになった。
 
「姫様、まずはこのお手紙を」
 
 アンリエッタにウェールズから預かった手紙を差し出す。
 
「ありがとうルイズ。やはり、あなたは私の一番の友達だわ」
 
 そしてルイズが一歩を引き、代わりにフードを目深に被った男が前にでる。
 
 男がフードを取り、そこから現れた顔を見たアンリエッタの瞳に涙が浮かぶ。
 
「……ウェールズ様」
 
「アンリエッタ」
 
「……よくぞ、ご無事で」
 
 アンリエッタがウェールズの胸に飛び込む。
 
 ウェールズもそれに応えるように、彼女を抱き締めた。
 
 才人は、肩を竦めると、隣でもらい泣きしているルイズを促して、一旦退室する。
 
「……結構、気が利くのね」
 
「それぐらいの常識は、弁えてるっての」
 
 言って、腕を組み考え事を始める。
 
「……何悩んでんのよ?」
 
「ちょっと……、な」
 
 曖昧に答え、キュルケ達の待つ謁見待合室へ向かう。
 
 部屋に到着すると、才人はタバサを手招きして、相談事を持ちかける。
 
 ウェールズの今後についてだ。
 
 遺体が無いことで、彼の生存がバレるのは時間の問題だろう。
 
 そこで、才人はウェールズの潜伏先にと、タバサの家を頼れないか、相談した。
 
 無論、才人なりに裏の考えがある。
 
 ウェールズの潜伏先の提供と引き替えに、水の系統の名門でもあるトリステイン王宮の宝物庫にある水の秘薬の調査と提供を持ちかけるつもりである。
 
 タバサは才人の提案に対し、暫しの黙考の後、首肯を示した。
 
 如何にレコン・キスタとはいえ、トリステイン王家とは何の関係も無いガリアにウェールズが潜伏しているとは考えまい。
 
 もし調査したとしても、タバサの実家は不名誉印を受けたとはいえ王家に属する。早々簡単に押し入ることは出来まい。
 
 才人とタバサの相談が決定した所で、侍女の一人がルイズと才人を呼びに訪れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お話は、全てウェールズ様から聞きました」
 
 アンリエッタは才人の手を取り、礼を述べながら、
 
「本来ならば、領地を与え貴族の位を差し上げたいのですが、何分公に出来ない事柄なので……」
 
「いや、別にいいんですけどね」
 
 それより、と才人は切り出した。
 
「ウェールズ皇太子の今後の身の振り方なんですけども、ガリアの偉いさんに知り合いが居るんで、そこで匿って貰おうと思っているんですが、どうでしょう? 先方には、もう許可を貰ってますし」
 
 トリステイン、アルビオンの双方から全く関係の無い家柄なので、不審に思われないこと。一応、ガリア王家とも繋がりがあるので、早々簡単に疑われないこと。信用のおける家柄であること。など、才人の告げる理由に納得したウェールズとアンリエッタは、名残惜しそうに、視線を交わしながらも、その条件を了承する。
 
「で、交換条件として、人の心を壊す水の秘薬の情報を調べるのに協力してほしいんですけども」
 
「それはかまいませんが、そのような薬、何にお使いになるのですか?」
 
 人の心に関連する魔法薬は、禁制の代物だ。しかも心を壊すような物騒な代物となると、用心するに越したことはない。
 
「正確にいうと、薬そのものじゃなくて解毒剤が欲しいんです。
 
 ……ちょっとわけありの人がいまして、その薬を飲まされて精神崩壊してしまっているので」
 
 まあ、とアンリエッタは不憫そうな表情をした後で、
 
「分かりました。微力ではありますがご協力させていただきます」
 
「あ、出来れば内密にお願いします。敵にバレると、結構厄介なもんで」
 
「分かりました」
 
 アンリエッタの了承を得た才人は、人心地吐くと、一度ルイズに視線を向けて、僅かな躊躇いの後、再びアンリエッタと向き直る。
 
「さて、他にもちょっとお願いがあるんですけども」
 
「私に出来る事なら、何でも仰って下さい」
 
「じゃあ、遠慮なく。
 
 えーっとですね、ちょっと大きな荷物を運びたいんで、竜騎士隊の力を貸して貰いたいんですけども」
 
 この後、コルベールにはガソリンを制作してもらうなどの、多額の出資を強要することになるのだ。せめて運送代くらいはこちらで都合を付けたかった。
 
「そのような事でよければ、存分に」
 
 軽く了承してくれたアンリエッタは、杖を振るうと、羽根ペンが独りでに動き出し書を認め始める。
 
 そして最後に杖を振って花押が押された。
 
「では、運搬の際に竜騎士隊に、これをお見せ下さい」
 
「あ、どうも」
 
「……ねえ、何、運ぶつもりなの?」
 
 それまで、才人のやることを見守っていたルイズが口を挟む。
 
「ん、武器かな? その内、アルビオンが攻めてくることになるだろうからな。今の内に、備えておくにこしたことはないさ」
 
「……そう」
 
 不安そうに頷くルイズの頭を撫で、
 
「心配すんな、何とかなるって」
 
「あんたって、いつもそれよね……」
 
 ルイズはやや呆れたように、それでも笑みを浮かべながら告げる。
 
「お話中の所、申し訳ないが、……サイト殿、僕からも君に礼をさせて貰いたい」
 
 声を掛けてきたのはウェールズだ。
 
「いや、いいですって、さっき姫さんにお礼言われたばかりですし」
 
 ウェールズは、微笑を浮かべ、
 
「そういうわけにもいかない。君には、どれだけ感謝してもしたりないのだから」
 
 言って、指に填められた風のルビーを外し、
 
「これを受け取って欲しい」
 
「って、拙いでしょ、これ」
 
「いいのだ。邪魔ならば、売り払ってもらってもかまわない」
 
「いや、その……分かりました」
 
 ウェールズの強情さを実際に体験した才人は、絶対に引き取って貰えないと判断して指輪を受け取った。
 
 その隣では、水のルビーを返そうとしていたルイズをアンリエッタが押し止めている。
 
 結局、ルイズもアンリエッタに押し負けて指輪を受け取っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 しかし王宮を出て、魔法学院に帰ろうという時になって、またも問題が発生した。
 
 ここまで、才人達を乗せてきたグリフォンのジルフェが、才人に付いて行くと言いだしたのだ。
 
「いや、付いてくるって言っても、……どうすっかなあ?」
 
 ジルフェはトリステイン王国のグリフォン隊に所属するグリフォンである。勝手に連れ帰ってもいい筈はない。
 
 才人が困り果てていると、彼らを見送りにきていたアンリエッタが、
 
「もしよろしければ、連れていってあげてくださいませ。
 
 使い手がおらず、遊ばせておくよりは、才人様に使役される方が、この子にとっても幸せでしょうし」
 
 言ってグリフォンの首筋を撫でる。
 
 才人はルイズに視線を送ると、どうする? と視線で問いかける。
 
 ルイズは軽く頷き、
 
「いいわよ別に、あんたが世話すんなら」
 
「……しょうがねえなあ」
 
 才人はジルフェを軽く叩き、
 
「じゃあ、これからよろしくな、相棒」
 
“相棒か……、心地よい響きだ”
 
 こうして、ガンダールヴの相棒デルフリンガーとは別に、ヴィンダールヴの相棒としてグリフォンのジルフェが才人の仲間になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 王宮を出てウェールズと別れ、それぞれシルフィードとジルフェに別れてトリステイン魔法学校を目指す最中、才人がギーシュに向けて切り出した。
 
「分かってると思うけども、ウェールズ王子の事に関しては、絶対に喋るなよ?
 
 バレたら、戦争が起こりかねないんだから」
 
「当然だ。少しは僕を信用したまえ」
 
「……お前、調子に乗ってベラベラ喋りそうだからな。
 
 よし、もし喋った場合は、鼻と耳を削ぎ落とすってことで、良いな? 決定!」
 
「ななな何だね、その横暴は! 断固抗議するぞ、僕は!!」
 
 ギーシュの抗議を才人は無視した。
 
 そして、自分の前に座るルイズが、先程から一言も喋っていないことに気付く。
 
「……どうしたんだ? ルイズ。もしかして、酔ったとか? 気分が悪いなら、一旦降りるぞ?」
 
「そ、そんなんじゃないわよ」
 
 顔を真っ赤に染めて反論する。
 
 実際は、才人の腕に抱かれて、グリフォンに乗っているという状況が恥ずかしくも嬉しかっただけだ。
 
 それを即座に見抜いたキュルケが、タバサに耳打ちする。
 
「いいの? ルイズがダーリンの事、意識し始めたみたいよ?」
 
「…………?」
 
 意味が分からないと小首を傾げるタバサに対し、キュルケは軽く頭を撫でてやった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、才人はジルフェに餌を与えた後、厨房の方へ顔を出した。
 
「よう、我らが剣! 聞いたぜ、姫様直々にグリフォンを貰うような手柄を立てたんだって! いやあ、おめえのファンとしては鼻が高えぜ!」
 
 対する才人は頭を掻きながら、
 
「いや、たいした事はしてないんだけどな」
 
「そう謙遜すんじゃねーよ、我らが剣! で、どうしたい? 愛しのシエスタなら、もうじき戻って来ると思うがよ」 
 
 厨房内では、才人とシエスタのカップリングは、もはや公認となっていた。
 
 そして、さして待つこともなく、シエスタがやってくる。
 
「どうしたんですか? サイトさん」
 
「うん。シエスタって、タルブ村の出身だって聞いたんだけど」
 
「はい。その通りです」
 
「えーと、その、さ。今度、シエスタの休みが取れた時で良いんだけど、一緒にタルブ村に行かないか?」
 
 ……ハッキリ言って、尋ね方が悪い。
 
 目的が零戦を貰う事なので、若干、後ろめたい所のある才人は言葉を濁したが、見方によれば、それは照れているようにしか見えない。
 
 そんな状態で、シエスタの生まれ故郷に行こうと言うのだ。下手をすれば、シエスタの両親に結婚の了承を貰いにいくととられても仕方がない。……というか、そう解釈された。
 
「え? え? え?」
 
 突然の事に動揺するシエスタ。そして、それを隣で聞いていた料理長のマルトーは、関心したように頷くと、
 
「流石は我らの剣! 若ぇーのに大したもんだ!」
 
 才人の背中をバシバシ叩き、
 
「実はよ、来週から姫様の結婚祝いで、1週間の特別休暇が出ることになってたんだがよ、いいぜ、今日から行って来い」
 
 男らしい笑みを浮かべて、そう告げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 授業前の教室。
 
 クラスの話題は、才人一色だった。
 
 なにせ、数日留守にしていたと思っていたら、グリフォンに乗って帰ってきたのだ。
 
 それも、噂によると姫殿下が主人であるルイズではなく、使い魔の才人に授けたものらしい。
 
 何かあったということは、既に誤魔化しようが無かった。
 
 そして、そんな教室に渦中の使い魔が現れる。
 
 彼は主人であるルイズの元に赴くと、
 
「悪いルイズ。急用が出来たんで、1週間くらい留守にすることになった」
 
「……急用って何よ?」
 
「昨日、言ったろ? 大きな荷物取りに行くって」
 
 言われて、ルイズは先日アンリエッタの元での会話を思い出す。
 
「随分と急ね」
 
「思ったよりも、簡単に向こうの方の都合がついたからな」
 
「しょうがないわね」
 
 ルイズが授業道具の片づけを始めるのを見て、才人はそれを押し留め、
 
「今回は、お前はいいよ。行って荷物受け取って戻ってくるだけだから。
 
 お前、最近授業休んでばかりだったろ? 暫くは真面目に学生やっとけって」
 
 確かに、才人の言うことにも一理ある。
 
 ルイズは未だ納得していない様子ではあったが、才人の外出を認めた。
 
「……出来るだけ早く帰ってきなさいよね」
 
「分かってるって。俺が居ない間は、危ないことに首突っ込むんじゃねーぞ」
 
「分かってるわよ、もう」
 
 口では不満そうにしつつも、内心では、自分を心配してくれる態度が嬉しかったりした。
 
 ……が、その10分後、シエスタと二人でグリフォンに乗って、正門から出ていく才人を教室の窓から見かけたルイズは、鬼のような形相で殺気を振りまきつつ、教室を混沌に陥れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 タルブ村まで馬で3日掛かる行程を、ジルフェは僅か1日で走破した。
 
「うわあ、グリフォンて物凄く早いんですね」
 
“当然だ。我をそこらの駄馬と一緒にしてもらっても困る”
 
 偉そうなことを言ってはいるが、やはり、褒められると嬉しいのだろう。ジルフェの機嫌はかなり良かった。
 
「無茶苦茶喜んでる」
 
 苦笑しながら、シエスタにジルフェの通訳をする才人。
 
 やがてタルブ村に到着した才人は、シエスタの家へ行く前に竜の羽衣について尋ねてみた。
 
「竜の羽衣ですか? ええ、知ってますよ」
 
「よかったら、案内してもらえないかな?」
 
「いいですけど、そんなに面白い物じゃありませんよ?」
 
 そう断りを入れ、才人を竜の羽衣の鎮座する寺院に案内する。
 
「身に着けた人は、空を飛ぶことが出来るって言われてますけど、……そんなわけありませんよね」
 
 そう告げるシエスタはどこか、困ったような顔をしていた。
 
「飛ぶさ」
 
「……え?」
 
「これはね、俺の国の戦闘機なんだ」
 
「せんとうき……?」
 
「空を飛ぶ機械さ。……よかったら、ひいおじいさんのお墓に案内してもらえるかな?」
 
 そして困惑するシエスタに連れられて訪れた墓地で、才人はシエスタの曾祖父の墓の前で膝を着き手を合わせ、心の中でシエスタの曾祖父に零戦を借りる事を報告する。
 
「変わった文字ですよね? なんて書いてあるんだか、誰にも読めなくて……」
 
「海軍小尉佐々木・武雄、異界ニ眠ル」
 
「……え?」
 
 才人はシエスタに向き直り、その黒髪を優しく撫でた。
 
 改めて見ると、やはり懐かしさを感じる。
 
「あ……、サイトさん」
 
 シエスタの頬が朱に染まり、切なげな眼差しで才人を見つめる。
 
「……この文字はね、俺の国の文字なんだ」
 
「サイトさんの国の……」
 
 才人は小さく頷き、
 
「シエスタには、俺の国の血が流れてるんだな」
 
 才人は躊躇いがちに口を開く。
 
「竜の羽衣なんだけど、シエスタの家の私物みたいなものだって言っただろ? ……もし良かったら、これ、俺に譲ってもらえないかな?」
 
「はい? ……それは別に構いませんけども、これ動きませんよ?」
 
「んー、それは大丈夫。ガス欠で動かないだけだから、燃料さえ調達できればまた飛べるようになるさ。
 
 ……そしたら、皆を護ることが出来る」
 
 アルビオンの革命以降、世界の情勢は不安定で何時戦争が起こっても不思議ではない。
 
 その為の準備であろうが……、
 
「……あの、その時は……、わたしも護ってもらえますか?」
 
 おずおずと問い掛けるシエスタに対し、才人は当然といった顔で、
 
「そんなの当たり前じゃないか」
 
 才人はシエスタを見つめ、
 
「約束するよ。俺は絶対にシエスタを護る」
 
「は、はい! その時は、是非ともお願いします!」
 
「うん」
 
 その後、シエスタの家へ向かったのだが、グリフォンに乗って帰ってきたシエスタに村中が騒然となって驚き、才人は自分の知らないところでシエスタの恋人としてタルブ村に迎えられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、ルイズは学院長のオスマンの部屋に呼び出されていた。
 
 オスマンの用件は、ゲルマニアの皇帝とアンリエッタ王女の結婚式の際に詔を挙げる巫女の役目を姫様直々に、ルイズにやってもらいたいと仰せつかい、その儀式の為の道具として始祖の祈祷書を預かっていた。
 
 アンリエッタ直々の指名を受けた為、一応は拝命を了承したが、彼女とウェールズ王子との関係を知っているルイズとしては、素直に喜べる心境ではなかった。
 
 その上、自分の使い魔がメイドのシエスタと二人して何処かに出かけて行ったのだ。
 
 しかも、1週間も帰ってこないと言う。
 
 ……メイドと二人で、1週間もッ!!
 
 そのことでルイズをからかったギーシュが、2秒でギタギタにされ、次の瞬間から、才人の話題はクラスでのタブーとなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人のタルブ村の滞在中は、当然、シエスタの実家にお世話になることとなり、才人は再びあの父親の圧力に曝されることになった。
 
 今回は、時間的にも余裕があるので、休暇がてらにシエスタの家の手伝いをこなしつつ、話をせがむ村の子供達の相手をしながら数日を過ごす。
 
 その間、シエスタは才人に付きっきりで世話を焼き、見ている彼女の家族の方が呆れてしまうほどの熱愛ぶりだった。
 
 そんなシエスタだから、才人に対するアプローチの方も積極的になる。
 
 朝、目が覚めると隣にシエスタが潜り込んでいた時は、流石に寿命が縮んだが、二人ともちゃんと服を着ていたので間違いはおこしていないだろう。……多分。
 
 その事に対して、シエスタの父親に言及され、シエスタの兄弟姉妹に散々からかわれつつも、最後には才人義兄ちゃんと呼ばれるようになっていた。
 
 そんなある日、才人がシエスタに連れられてタルブ村の近くにある草原を訪れていた。
 
「この草原、とっても綺麗でしょう? これをサイトさんに見せたかったんです」
 
「うん」
 
 シエスタは、うつむいて、手の指を弄りながら、
 
「父が言ってました。ひいおじいちゃんと同じ国の人と出会ったのも、何かの運命だろうって。
 
 よければ、この村に住んでくれないかって。そしたら、わたしも……、その、ご奉公をやめて、いっしょに帰ってくればいいって」
 
 言われ、才人は考えた。
 
 自分の生まれ故郷に戻る。……それは、ルイズの送還呪文で可能な筈なのだ。……なのだが、帰れる筈が何故か過去に戻ってしまった。
 
 それはつまり、……もし、もう一度ルイズに送還呪文を使ってもらったとしても、同じように過去に戻ってしまう可能性もあるのではないか?
 
 極力、考えないようにしていた疑問。だが、一旦意識してしまうと思考が空回りを始めてしまう。
 
「サイトさん?」
 
「え? あ、ああ……。なに?」
 
 シエスタの声で我に返る。
 
「……どうしたんですか? 何か顔色が悪いですよ?」
 
「え? う、うん。大丈夫……。ちょっと、考えごとしてただけだから……」
 
「そうですか……」
 
 会話はそこで途切れ、沈黙が辺りを支配する。
 
 もし、本当に地球に帰る事が出来なかったなら……。否、ルイズの送還魔法で帰れないのならば、別の方法を考えるまでだ。
 
 彼女が悲しみを堪えてまで自分を地球に帰そうとしてくれたのだ。その想いには必ず応えなければならない。
 
 次の送還呪文で帰れないという保証は無い。それに他にも何か方法があるかも知れない。今はアルビオンの襲撃に備える事に集中しよう。
 
 そう決めると、若干心が軽くなった。
 
「……あのさ、シエスタ。さっきの話なんだけど」
 
「は、はい!?」
 
「……ゴメン。……俺、ある人と約束しててさ、絶対に自分の故郷に帰らないといけないんだ。
 
 ……だから、ここで、君と暮らすことは出来ない」
 
「そ、そうですか」
 
 シエスタは努めて笑顔で、
 
「あ、あの余り気にしないで下さい! わたしも、その取り敢えず言ってみただけですから……。
 
 それに……、サイトさんがこっちに残れないんだったら、わたしが付いて行くだけですし……」
 
 最後の言葉は、声が小さくて余り良く聞こえなかったが、シエスタが余り気落ちしていないようなので、才人は安堵の吐息を吐き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、才人はアンリエッタ公認の命令書を使い、竜騎士隊の力を借りて零戦を魔法学院に運搬することにした。
 
 シエスタは、もうすぐアンリエッタの結婚を祝う休日が貰える為、そのままタルブ村に残ることにしたらしい。
 
 零戦を運搬する竜騎士達は、グリフォンを従え、姫殿下の直筆の命令書を携えた才人を胡散臭さ気に見ていたが、命令書に逆らうわけにもいかず、無言で任務を遂行してくれた。
 
 そして、零戦を持ち帰って到着したトリスティン魔法学校で才人を待ち構えていたのは、全身から鬼気を漂わせるご主人様、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢であった。
 
 ルイズは、グリフォンから降りた才人の元へ赴き、
 
「……何処行ってたのよ?」
 
「ん? タルブ村だけど」
 
「……メイドと二人で?」
 
「シエスタのことか? うん、彼女がタルブ村の出なんでな、帰省ついでに道案内してもらった」
 
 ルイズは半眼で才人を見つめ、
 
「……変なことしてないでしょうね?」
 
 対する才人は、ヤレヤレと溜息を吐きながら、
 
「してねーよ。つーか、それどころじゃないしな」
 
 言って、零戦を見に来た観客の中にコルベールの姿を見つけ、ルイズを押しのけてそちらに向けて歩き出す。
 
「コルベール先生!」
 
「ん? 君は確かミス・ヴァリエールの使い魔の……」
 
「平賀・才人です」
 
「ふむ、ではサイト君。これは一体何なのかね?」
 
 興味深そうに、零戦を見つめるコルベールに対し、サイトは力強く頷くと、
 
「これは、俺の国の飛行機械です」
 
「飛行機械? ということは、……これは飛ぶのかね!?」
 
「ええ、飛びます。でも、今はガス欠で飛べない状態なんです」
 
「ガス欠?」
 
「こいつは、特殊な油を燃料にして動くんです。そこで、先生にその燃料を作ってもらいたいんですけど……」
 
「やる! やるとも! ははは、いやあ、ワクワクするなあ」
 
 スキップでも踏みだしそうな勢いで、研究室に向かうコルベールに才人も付いて行く。
 
 が、途中で留まり、
 
「ルイズ!」
 
「なによ!」
 
 才人の呼びかけに、ルイズは喧嘩腰に怒鳴り返す。
 
「……何怒ってんだよ? お前」
 
「お、怒ってなんかいないわよ!」
 
「……なら、良いけどさ。後で大事な話があるから」
 
「……大事な話?」
 
「ああ、大事な話だ……」
 
 そう告げた才人の横顔は、ある種の覚悟を秘めていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 コルベールの研究所で、才人は飛行機の構造について、そして自分が異世界から来たことを明かす。
 
 この世界において、……否、地球にいた時間を含めたとしてもコルベールは最も尊敬出来る人物だ。極力、隠し事はしたくない。
 
 まあ、それでも流石に時間を遡行したということは伏せておいたわけだが。
 
 だが、コルベールは笑うことなく才人の話を信じてくれた。
 
 そして、再び才人はコルベールの信念を聞く。
 
「ハルゲニアの貴族は、魔法をただの道具程度にしか思っていない。
 
 だが、私は違うと思うのだよ。魔法は可能性だ。使い方次第で様々な顔色を見せる。伝統に拘らず、様々な使い方を試すべきだ。
 
 君を見ていると、その信念がますます強くなる。
 
 うむ、異世界とはまた面白い! なんとも興味深いではないか!
 
 私はそれを見たい、新たな発見があるだろう! 私の魔法の研究に、新たな1ページを付け加えてくれるだろう!
 
 だからサイト君、困ったことがあったら、いつでも私に相談してくれたまえ。この炎蛇のコルベール。何時でも力になるぞ!」
 
 そう言ってくれたコルベールに対し、才人は力強く頷くと、
 
「先生なら出来ますよ。俺も先生の言う魔法の可能性ってやつを信じています!」
 
 才人の言葉にコルベールは感激した。
 
 これまで自分の研究を認めてくれた者など一人もいなかったのだ。
 
「サイト君。……ありがとう。君のお陰で、私はまた頑張れそうだ」
 
 コルベールは才人の手を握りしめ礼を述べた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その晩、ルイズの部屋において、才人とルイズは対峙していた。
 
 ルイズとしては、まだ才人の行動に納得したわけではないのだ。
 
 ……どんな言い訳をしても、許してあげないんだからね!
 
 と内心で密かに怒りを燃やしつつも、
 
 ……早く謝っちゃいなさいよ。そしたら、許してあげるから。
 
 という心情が、葛藤している。
 
 やがて、才人が覚悟を決めたように口を開くが、彼の口から出てきた言葉は、ルイズの予想とはかけ離れたものだった。
 
「……ルイズ。お前、魔法が使えるようになりたいか?」
 
 才人の言葉に、ルイズは眉根を寄せて、
 
「当たり前じゃない。あんただって、知ってるでしょ? 私の二つ名が何で“ゼロ”なのか」
 
「いいじゃねーか、魔法が使えないくらい」
 
「いいわけない! わたしはね小さな頃から、魔法が使えないって親に叱られて、同級生達に馬鹿にされて、使用人達に同情されて生きてきたわ! 別に皆を見返してやりたいとか、そんな気持ちは……、確かにちょっとはあるけど……]
 
 結構、正直だな。と才人は苦笑い、
 
「それよりもわたしが悔しいのは、貴族として何も姫様の力になれないってことなの!」
 
「その力の所為で、戦争に駆り出されるかも知れないぞ?」
 
「それが姫様の……、トリステインの為となるなら、死んでも後悔は無いわ!」
 
 その言葉に才人はキレた。
 
「違う!!」
 
 才人の怒鳴り声に、ルイズは身を強張らせる。
 
「自分が死ぬ覚悟じゃない! 人を殺す覚悟だ! お前は自分が殺した人間の……、その人が死んで悲しむ人達の想いまで背負っていける覚悟はあるのか!?」
 
 ルイズの胸ぐらを掴み上げ、才人は続ける。
 
「ッ!?」
 
「大体、死ぬ覚悟なんてするんじゃねえ! お前は、絶対に俺が護ってやる! 絶対だ!!」
 
 その言葉を聞いて、ルイズの瞳からは、大粒の涙が零れ出る。
 
「いや、ちょっと待て。今のは俺が悪かった。怒鳴ってゴメン。だから、泣くなって」
 
 オロオロする才人を余所に、ルイズは乱暴に目元を拭いながら、
 
「な、泣いてなんかないわよ!」
 
 別に、怒られたから泣いたわけではない。
 
 嬉しかったのだ。
 
 才人が絶対護ってくれると言った事が……。
 
 その言葉だけで、ルイズの中に燻っていた才人不在の1週間のもやもやが全て晴れた。
 
「……わたし、それでも魔法を使えるようになりたい。
 
 どんなメイジになれるか分からないけど……」
 
 鼻をすすり、涙目で、しかし、それでもしっかりと才人を見つめ、
 
「誰も殺さないで、戦えるようなメイジになる!」
 
 ……ああ、その気持ちがあるなら大丈夫だ。お前なら俺なんかと違って、絶対に誰も殺さないメイジになれるさ。
 
 才人は力強く頷き、
 
「始祖の祈祷書は預かってるな?」
 
「う、うん。……でも、なんであんたがそんな事知ってるの?」
 
 それはいいから、とルイズを誤魔化し、
 
「水のルビーを指に填めて、始祖の祈祷書を開いてみろ。
 
 それがお前の使える魔法だ」
 
 ……そして、虚無の覚醒が始まる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人の言葉に従い、水のルビーを指に填め始祖の祈祷書を開く。
 
 すると、指輪と本が淡い光を放ちはじめた。
 
「……何、これ?」
 
 手指が震え出すが、それでも自然に指はページを捲っていた。
 
 恐る恐る開いたページに文字が現れる。……先程まで何も書かれていなかった白紙のページに、だ。
 
 ルイズは食い入るように、それを読み進める。
 
「これより我が知りし真理をこの書に記す……」
 
 鼓動が高鳴る。
 
「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者なり……」
 
 胸が昂揚する。
 
「以下に、我が扱いし“虚無”の呪文を記す。
 
 初歩の初歩の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』」
 
 生唾を飲み込み、次のページに目を走らせた瞬間、才人がルイズの指から水のルビーを抜き取った。
 
 ルイズの視界から文字が消え、始祖の祈祷書は元の白紙のノートとなる。
 
「何するのよ!」
 
「こんな所で、魔法使うんじゃねーよ」
 
 ウッ、と言葉に詰まったルイズは才人に手を伸ばしながら、
 
「じゃ、じゃあ裏庭で試すから指輪返して」
 
「大却下」
 
「何でよ!」
 
 自らの力を試したくて仕方無いルイズを窘めつつ、
 
「いいか? お前は今まで16年間一度も魔法は成功しなかっただろ?」
 
「そうよ! 文句でもあるの!?」
 
「いいから、落ち着け」
 
 才人は溜息を吐き出しつつ、
 
「16年分の魔力が溜まりに溜まっていた分、最初の1発はとんでもない威力の一撃になるはずだ」
 
「……そんな理論、多分、無いことは無いと言えないけど……」
 
「その最初の1発が必要な時が、近い内に必ず来る。それまでは、我慢しとけ」
 
「……近い内って何時よ?」
 
 どうも納得しきっていないルイズに、才人は肩を竦めながら、
 
「さあな? でも、そろそろアルビオンが攻めて来る頃だろうさ」
 
「はあ? あんたは知らないだろうから教えてあげるけど、一応アルビオンとの間には、不可侵条約が結ばれてるのよ?
 
 攻め入ってくるわけなんかないじゃない」
 
 自信満々に告げるルイズに対し、才人は再び溜息を吐き出すと、
 
「破る可能性もあるじゃねーか」
 
「貴族の誇りが掛かってるのよ? 約束を違えるわけが無いじゃない!?」
 
「俺の知ってる貴族様は、自分の婚約者を騙して結婚しようとした上に、自分に靡かないと分かった途端に殺そうとしたり、護衛で付いて行った先で、その国の王子様を殺そうとしたりしてたぞ」
 
「…………」
 
 その貴族が誰の事を指しているのか、身に染みて分かっているルイズは、口を閉ざした。
 
「ついでに言っとくが、今のアルビオンはそんな事を平然とするような奴の上役が治めてる国だぞ?
 
 それでもまだ、条約を破らないって言う自信があるか?」
 
「……分かったわよ」
 
 不承不承ではあったが、遂にルイズは折れた。
 
「絶対に魔法使わないから、指輪返して……」
 
「駄目だ」
 
「……どうしてよ?」
 
「お前、今、キュルケに馬鹿にされたら、絶対に虚無の魔法使うだろ?」
 
 使わないと言い切れる自信はない。
 
 押し黙るルイズの肩を優しく叩くと、
 
「姫様の結婚式が終わるまで、何事も無かったらちゃんと返すから、心配すんな」
 
 そう告げて、部屋を後にした。
 
 才人が出ていった後、ルイズは閉じられたドアに枕を投げつけ、
 
「何よ、何よ、何よ! サイトのバカァ――!!」
 
 それから数日間、ルイズは機嫌の悪いまま、才人と殆ど口を利かなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後……。
 
 遂にアンリエッタ王女の結婚式の日を迎えてた。
 
「……結婚式が終わったら、絶対に指輪、返しなさいよ」
 
「分かってるよ」
 
 実際の所、結婚式が終われば始祖の祈祷書は、トリステイン王宮に返還しなければならないのだが、今のルイズは結婚式の事と、虚無のことで頭が一杯で、そこまでは気が回っていない。
 
 そんなやりとりをしながら学院の玄関先で、ルイズは才人と共に迎えの馬車を待っていると、息せき切った一人の使者がやって来た。
 
 彼はルイズ達に学院長室の場所を尋ねると、早足に駆けて行く。
 
 才人は躊躇無く、その後を追いルイズも何事かとそれに従う。
 
 そして学院長室の扉越しに聞く、不可侵条約を破るアルビオンの宣戦布告。
 
 アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式の祝砲と称して、砲撃してきたのだ。
 
 そしてそのままアルビオン軍は侵略行為を開始。手始めにタルブ村を強襲したという話だった。
 
 才人は踵を返すと、コルベールの研究室へ向かう。
 
「ちょ、ちょっと! 何処に行くのよ!?」
 
「コルベール先生の所だ! お前は零戦の所で待っててくれ!」
 
「……戦争が始まるっていうのに、何するつもりなのよ」
 
 文句を言いながらも、ルイズは才人の言った通り、零戦の前で彼を待つ。
 
 やがてコルベールを伴って現れた才人は、レビテーションで浮かせた5つの樽と一緒にやって来た。
 
 才人は細い鎖に通して首から下げていた二つの指輪から、水のルビーをルイズに手渡し、
 
「頼むルイズ、俺に力を貸してくれ」
 
 真摯な眼差しで、彼女に懇願する。
 
「……あんたの言ってた時って、このことだったの……?」
 
「ああ」
 
 正直に言ってしまうと怖い。
 
 今からルイズが行こうとしているのは、本物の戦場だ。
 
 この前、アルビオンに行ったのとはわけが違う。
 
 死と破壊が常識の世界に、この使い魔は主人を導こうというのだ。
 
 恐怖が喉に伝播し、上手く声が出ない。
 
 だが、その恐怖は才人の一言で一気に砕け散った。
 
「大丈夫だ。お前は、絶対に俺が護る」
 
 今まで幾度となく、この言葉に救われてきた。
 
 例え、それが戦場であろうとも、信じる価値は十二分にある。
 
 だから、ルイズは信じた。
 
 それに、才人を頼るだけだった今までとは違う。
 
 今回は自分も才人と一緒に戦えるのだ。才人が一緒に戦ってくれと言ったのだ。
 
「行くわよ! 戦場までエスコートしなさい」
 
 右手を差し出す。
 
 才人は力強く頷くと、無言でルイズの手を取る。
 
 ルイズはこんな見たこともない鉄の塊が飛ぶなど、一切疑わなかった。
 
 彼が飛ぶと言ったのだ。それは絶対なのだろう。
 
 エンジンに火が入り、コルベールの手助けを受け、零戦は空を飛んだ。
 
 魔法学院の上空を大きく旋回する。
 
 コルベールが両手を大きく振っているのが見えた。
 
 進路はそのままタルブ村へ。
 
 ルイズが今まで体験したことの無い速度で、戦場へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僅か2時間程でタルブ村に到着した才人は、村の惨状を目の当たりにして目の色を変える。
 
 シエスタの好きだと言った景色を台無しにしたレコン・キスタへの怒りが込み上げてきた。
 
 零戦を発見した竜騎士が才人に攻撃を仕掛けようとするが、突如、乗り手の命令を無視して竜が暴れだし、ついには乗せていた衛士を振り落としてしまう。
 
 才人の右手に宿ったルーン。ヴィンダールヴの力だ。
 
 その後も、迫り来る竜騎士達から竜の主導権を奪い、自らの味方へと引き込んでいく。
 
「な、何が起こってるの?」
 
 今や零戦の背後には、30を越える竜達が編隊を組んで飛行している。
 
「あの竜達は、こっちの味方だ! 行くぞ、デカブツを落とす!」
 
 竜達は散開し、3匹一組となって、戦艦へとブレスを噴出した。
 
 だが、そんな才人の視界に、風竜に振り落とされながらも、魔法で宙に浮き、こちらへ向け杖を構える貴族が映る。
 
「ワルドッ!?」
 
 ワルドは風を操って、迅速に飛び回るとエア・スピアーの呪文を零戦目掛けて放った。
 
 才人は風の槍を強引にロールを打って回避したが、一瞬操縦を奪われる。
 
「貰ったぞ! ヒラガ・サイト!!」
 
 予め準備していた2本目のエア・スピアーが零戦目掛けて放たれる。
 
「クソッ!?」
 
 才人は操縦桿を引き、フットバーを蹴り込む。
 
「踊れ! ジャジャ馬!!」
 
 零戦は錐揉みでエア・スピアーを回避すると同時、機首をワルドへ向けた。
 
「食らえッ!!」
 
 トリガーを引くが、的が小さい上に素早く動くので当たらない。
 
 零戦とワルドがすれ違う瞬間、才人はロールを打って進路を変更し、ワルドと肉薄する。
 
「ナッ!?」
 
 予測外の動きにワルドの挙動が遅れ、その一瞬の隙をついて翼の先端がワルドの身体に命中。その身体を、天高く舞上げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 本来なら、ワルドの生死を確認したいところだが、そんな余裕は無い。
 
 未だ戦闘は継続中なのだ。
 
「ルイズ! 今から、あのデカブツに近づける! 覚悟を決めとけ!」
 
 才人の言葉に無言で頷き、始祖の祈祷書のページを開く。
 
エルオー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ
 
 ルイズの詠唱を聴き、才人の身体に力が漲る。
 
 才人が風防を開いてやると、ルイズはそこから身を乗り出した。
 
オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド
 
 零戦を上昇させ、アルビオンの艦隊を抜き遙か上空まで昇り、そこで機首を下へ向ける。
 
ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ
 
 才人の命令で、艦隊を襲っていた竜達が一斉に散った。
 
ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……
 
 長い詠唱の末、呪文は完成する。
 
 その瞬間、ルイズは己の魔法の威力を理解した。
 
 ならば、破壊すべきものは何か?
 
 ……考えるまでもない。それは既に才人が答を教えてくれた。
 
 ……誰も殺さない!!
 
 その決意を胸に、ルイズは杖を振り下ろした。
 
 直後、太陽の如き光球が敵の旗艦であるレキシントン号を中心に全ての艦隊を飲み込んだ。
 
 ただし、その光は艦隊を爆破し、風石を消滅させはしたものの、誰一人として殺すことはなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人は零戦を操作して、タルブの草原に着陸させると、森の中からその様子を見ていたであろうシエスタがこちらに駆け寄って来た。
 
 零戦から降りた才人は、抱き付いてきたシエスタをやんわりと引き離し、その無事を確認すると、未だ零戦の中で座り込んでいるルイズに向けて声を挙げる。
 
「ルイズ! 村の皆の事を頼む!!」
 
 零戦から身を乗り出したルイズは、
 
「あんたはどうすんのよ!?」
 
 才人は背のデルフリンガーと腰のディフェンダーを抜き放ち、
 
「村のアルビオン軍を追い払う! これ以上、好き勝手させてたまるか!」
 
 告げて、後ろを見ずに疾走していく。戦艦隊を全滅させたことにより、形勢は逆転したが、いまだ村の中では戦闘は続行中だ。
 
「あっ、こらッ!?」
 
「さ、サイトさん! 無茶しないで下さい!!」
 
 咎めようとするルイズと、心配そうなシエスタの声を背後に置き去りにして才人は駆ける。
 
 そして、村の入り口に到着した時、3人のアルビオン兵を相手に戦う女剣士を発見した。
 
 見覚えのある顔に、才人は嬉しくなり更に加速し、勢いそのままに、背後からアルビオン兵に向けて跳び蹴りをお見舞いした。
 
 その隙に女剣士……、アニエスは敵の一人を切り伏せ、残りの一人は才人がデルフリンガーの峰で殴打し、昏倒させた。
 
「誰かは知らんが、礼を言う」
 
 アニエスに礼を言われた才人は、照れながら、
 
「あー、イヤ、まあ一人でも勝てたでしょうけども」
 
 そんな会話を交わす二人の正面、別の通路から逃げてきたであろうアルビオンの兵隊、約30人が現れた。
 
「銃、持ってます?」
 
「ああ」
 
 才人は、身を低く構え、
 
「俺が切り込みますから、援護を」
 
 アニエスは剣を地面に突き立て、懐から単発式の拳銃を抜く。
 
「向かって、正面と右隣。二丁しかないからな、余り深追いするな」
 
 一々火薬と弾丸を込めなければならない才人からすれば旧式の銃だ。次弾を装填している間に敵が雪崩れ込んでくる。
 
「了解」
 
 才人はディフェンダーを収めると、代わりに腰のナイフを引く抜き逆手に構える。
 
 そして、敵との距離を一気に駆け抜けた。
 
 アニエスの放った弾丸は、才人の横を通過して敵に命中し、宣言通り二人の敵を戦闘不能にする。
 
 才人は駆けながら呪文を詠唱し、敵との距離が半分程に詰まった所で、魔法を発動させ、無数の火弾を敵にぶつける。
 
 杖を持たない剣士が魔法を使ったことに対して、混乱をみせる一団に切り込んだ才人は、両手の剣とナイフを振って獅子奮迅の活躍をみせた。
 
 ……その姿に、アニエスは魅入られた。
 
 とんでもなく速く、しかも重い一撃だ。だが、それよりも気になる事がある。
 
 才人の振るう剣技だ。時折見せる技、間合いの取り方、相手との呼吸の合わせ方。どれをとっても自分の剣技とよく似ている。
 
 不思議な感覚に戸惑いながらも、一瞬で戦闘に頭を切り換えたアニエスが敵陣に切り込んで来た時には、才人はその数を一桁にまで減らしていた。
 
 才人の強さに怯え、後ずさりするアルビオン兵の前にアニエスが立ち塞がる。
 
「……悪いが、逃がすわけにはいかんぞ」
 
 そして、30の兵は五分と保たずに全員、戦闘不能に追い込まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 残存兵がいないことを確認したアニエスは、剣を収めながら才人に近づき、
 
「見事な手際だな。もしよければ、名を聞かせて貰えないだろうか?」
 
「え? ああ、才人です。平賀・才人」
 
「……変わった名前だな? それに杖を使わずに魔法を使うなど」
 
「まあ、魔法に関しては、俺の力じゃなくて道具のお陰なんですけどね」
 
 苦笑しながら告げる才人に、アニエスは微笑を浮かべながら、
 
「わたしはアニエス・ミラン。先程は本当に助かった。改めて礼を言わせてくれ、ファイト」
 
「……サイトです」
 
 憮然として告げる才人に、アニエスは綻んだ笑みを浮かべ、
 
「ははは、すまないな。それより一緒に来てくれないか? お前の手柄を上官に報告せねば」
 
「あー、いや。全部、アニエスさんの手柄ってことにしといて下さい」
 
「そういうわけにもいくまい」
 
 才人としては、別に、報償などに興味は無い。
 
「あーと、じゃあですねえ。アニエスさんが暇な時で良いですんで、剣の稽古に付き合ってもらえませんか?」
 
 しかし、アニエスは才人の提案に対し、渋い表情で、
 
「……わたしとしては、願っても無いことなのだが、……如何せん、ここはトリスタニアから遠くてな」
 
 アニエスの言わんとしたことを理解した才人は、
 
「ああ、俺、普段はトリステイン魔法学院の方に住んでますんで」
 
「……魔法学院?」
 
 メイジ嫌いのアニエスは眉を顰めるが、
 
「そこで、使い魔やってます」
 
 才人の一言で、表情が怪訝なものに変わる。
 
「……使い魔だと? 人が使い魔なんて話し聞いたこともないぞ?」
 
 アニエスの言葉に、才人はごもっとも、と頷き、
 
「世界に三件しか、例が無いらしいですよ?」
 
「……それは、珍しいな」
 
 と、一応の納得をしてから、
 
「ならば、次に休日のとれた日にでもお邪魔しよう」
 
「ええ、待ってます」
 
 こうして、才人はアニエスと別れ、ルイズ達の待つタルブ草原へと走って行った。