ゼロの使い魔・2回目
 
第2話(前編)
 
 その日、ルイズは夢を見た。
 
 昔、……まだ自分が幼い頃の夢。
 
 母親に叱られ、召使い達に同情され、逃げ込んだ中庭の池に浮かぶ小舟の中、一人泣くルイズ。
 
 そうしていると、霧の中を一人の貴族が現れた。ルイズとは許嫁の間柄の青年。
 
「泣いているのかい? ルイズ」
 
 彼は優しい声で、ルイズを慰めてくれる。
 
「さあ、おいでルイズ」
 
 風が吹き、彼の帽子を舞い上がらせる。
 
「あ」
 
 帽子の下から現れた顔を見てルイズは驚愕する。
 
 そこにいたのはルイズの許嫁の青年ではなく、彼女の使い魔の少年だった。
 
「……ルイズ、実は大事な話があるんだ」
 
 徐々に近づいてくる才人の顔に、胸の鼓動が高鳴る。
 
「な、なによ」
 
 頬が朱に染まるのを自覚し、彼から顔を逸らそうとするが、上手くいかない。
 
「俺……」
 
 だ、だめ。は、始めにあんたとキスしたのは、契約で仕方なくなんだからね。べ、別にわたしは、あんたのことなんか何とも思ってないんだから……。
 
 徐々に近づいてくる才人の唇。ルイズは声を出そうとするが、声は出ず、それどころか呼吸すらおぼつかない状態になり、
 
「あ……」
 
 瞳を閉じて、彼を迎え入れる準備をする。
 
 その少年が耳元で優しく呟いた。
 
「俺、今度、シエスタと結婚することになったから」
 
 ……え?
 
 目を開けて見てみれば、才人の隣にはお腹の大きくなったシエスタが並んでいる。
 
「いやあ、妊娠6ヶ月だって。つー事で、給料の出ないお前の使い魔は辞める事にしたから。いやー、もう俺、バリバリ働いちゃうよ!」
 
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
 
 だが、才人と自分の距離はどんどん離れていく。
 
「サイト!!」
 
 布団を跳ね上げ、ルイズは目を覚ました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……夢?」
 
 外はまだ真っ暗だ。
 
 ルイズは大きく溜息を吐くと、ベットから降りて、才人が寝ている筈の藁束まで歩いていき、
 
「って居ないし!」
 
 物凄い勢いでドアを開けた。
 
 そのまま隣の部屋のドアをノック無しで蹴り破る。
 
「ツェルプストー!」
 
 扉を蹴破る音と、ルイズの怒鳴り声にキュルケは一発で起床した。
 
「……なによルイズ」
 
「サイトは、……来てないようね」
 
「……ダーリン? ダーリンなら、暫く前に来て……」
 
 ルイズの目がつり上がる。
 
「なんですって!?」
 
 キュルケはまだ寝ぼけているのか、夢見心地のまま、
 
「……ぐー」
 
 何かを言う前に力尽き、再び夢の世界に戻っていった。
 
「チッ!? あの馬鹿使い魔は!」
 
 ルイズはキュルケの部屋を飛び出すと、次はタバサの部屋に向かう。
 
 そしてキュルケの時と同じく、ドアを蹴り破ろうとするが、何らかの魔法が掛けてあるらしく、ビクともしない。
 
 おまけにサイレントの魔法も使用しているのか、どれだけ激しくノックしようとも起きてくる気配は無い。
 
「クッ!? あくまでわたしに喧嘩を売るつもりね!」
 
「……うるさいわね、何よ一体」
 
 向かいの部屋から顔を出したのは、モンモランシーだ。
 
「何やってるのルイズ?」
 
「この部屋に、わたしの使い魔が逃げ込んでるかもしれないから、タバサ起こしてるのよ!」
 
 怒鳴り返されたモンモランシーは、半分ほど寝ぼけた頭で、
 
「……でもあなたの使い魔なら、さっき外へ出ていくのを私、見かけたわよ」
 
「……なんですって?」
 
 鬼人の如き形相で振り返ったルイズは、モンモランシーの肩を掴み、
 
「それで、あの馬鹿使い魔は、何処へ行ったのかしら?」
 
「あ、あああああの、しし使用人の寮の方へ……」
 
 モンモランシーからそれを聞き出すや否や、猛ダッシュで出口へ向かい、裸足のままで使用人の寮を目指す。
 
 ……そうか! やっぱり、メイドか!
 
 ルイズが全速力で裏庭を通り過ぎようとした時、それが視界に入った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 大きめの石に腰掛け、この場に集まった者達を見渡す。
 
 ……結構な数がいるもんだなあ。
 
 呆然と才人が眺めるのは、この学院に住むメイジ達の使い魔だ。
 
「えーと、それじゃあこれより、第一回トリステイン魔法学院使い魔議会を開始します。
 
 ……では、最初の議題」
 
“ちょっと待ってお兄さま”
 
 才人に声を掛けたのは、風竜のシルフィードだ。
 
 彼女は口にくわえていた草を才人に差し出すと、
 
“傷に良く効く薬草よ。よかったら使ってちょうだい。きゅいきゅい!”
 
「へ? くれんの?」
 
“ええ。お兄さま色々怪我すること多そうだから。るーるる♪”
 
「良い奴だなお前」
 
 言って、シルフィードの頭を撫でる。
 
 シルフィードが目を細めて気持ち良さそうにしていると、周囲からヤジが飛んだ。
 
“卑怯だぞ、風の! それは賄賂ではないか!!”
 
“そうだ! この議会では、全ての系統において、皆平等の筈!”
 
 シルフィードが、というよりも、風の属性を持つ使い魔達が他の使い魔達から攻められている隙をついて、一匹のジャイアントモールが才人に近づいていく。
 
「ありゃ、ヴェルダンデじゃないか? どうしたんだ?」
 
 問う才人に対し、ヴェルダンデは口にくわえていた宝石の原石を才人に渡す。
 
「……これは?」
 
“うい、赤水晶の原石でちゅ”
 
「へー、綺麗だな」
 
“うい、プレゼントでちゅ”
 
「くれんの? マジ? さんきゅ♪」
 
 ラッキーと才人はその石を懐に収める。
 
“サイト君、少しいいかね?”
 
 次に才人に声を掛けたのは蛙だ。たしかモンモランシーの使い魔でロビンとか言ったはずだ。
 
“私達水の系統からは君にこれを送ろう”
 
 言って、どうやって飲み込んでいたのか、自分の身体よりも大きな香水の瓶を口から吐き出した。
 
“私の主が精製した水の治療薬だ。受け取りたまえ”
 
「って、いいのか? こんなもの貰っちまって? 買ったら高いんだろ?」
 
“なに、私の主のことだ。無くしたと思って、2,3日もすれば諦めるさ”
 
 主人を軽視する蛙に、自分の愛剣を重ねつつ、取り敢えず礼を言ってそれをポケットに収める。
 
“ど、どうするんですか、フレイムさん!? 僕らなんの賄賂も用意してませんよ!!”
 
“なに、焦ることはない。こんな事もあろうかと、我がちゃんと用意してある”
 
 自信満々に告げて、キュルケの使い魔であるサラマンダーのフレイムが前へ出る。
 
“少年よ。我からは、これを君に進呈しよう”
 
 フレイムが加えているのは一枚の布切れだ。
 
「何だこりゃ?」
 
 不審気に才人が布きれを拡げる。
 
「こ、ここここここ、これは、パンティーではありませんか!?」
 
“うむ、我が主の下履きだ”
 
「グッジョブ! お前、激しくグッジョブ!」
 
 フレイムを褒め称え、才人がキュルケのパンツを懐にしまおうとしたその瞬間、
 
「なにやってんのよ、この馬鹿使い魔はぁ――ッ」
 
 突如現れたルイズの跳び蹴りが、才人の側頭部に命中した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その10分後、意識を取り戻した才人は、ルイズの正面に他の使い魔達と一緒に正座させられていた。
 
「……で、これは一体、何の集まりなわけ?」
 
「何って……、第一回トリステイン魔法学院使い魔議会」
 
 それを聞いたルイズは呆れた顔で、
 
「……何よそれ?」
 
「いや、ほら、使い魔同士でもな、色々属性毎に派閥があるらしいんだよ。
 
 それで派閥間のもめ事を解決するのが、この使い魔議会。
 
 ……で、どの派閥にも属さない俺が、議長に選ばれたりしちゃったり?」
 
 才人の説明を聞いたルイズは、にこやかな笑顔でうんうんと頷き、
 
「それでアンタは色々と賄賂を受け取っていた、と」
 
「う、……いや、その」
 
 ルイズは才人へ手を差し出し、
 
「出しなさい」
 
「……へ?」
 
「貢ぎ物、全部出しなさい」
 
 才人は泣く泣くルイズに全部の貢ぎ物を差し出した。
 
 ルイズはその中から、薬草だけを才人に返すと、赤水晶の原石と水の治療薬を懐に収め、キュルケのパンツをフレイムに向けて放り、
 
「燃やしなさい」
 
 その目が言っている。逆らえば、死よりも辛い目に合わせると。
 
 だが対するフレイムも、あのキュルケの使い魔。そうそう簡単にルイズの命令に従うはずもなく、
 
“魔法も使えぬような三流メイジ如きが我に命令するか!?”
 
 言葉は通じなかっただろうが、雰囲気は伝わったのだろう。
 
 ルイズの眼光がフレイムを射抜く。
 
“…………”
 
 ルイズの奥底に眠る虚無の力をフレイムの野生が感じ取ったのか? はたまた言いしれぬ迫力に負けたのか? フレイムは素直にパンツを焼却した。
 
「あああああ、男のロマンが……」
 
「そんなロマンは、とっとと捨てなさい!」
 
 結局、才人は三日間の餌抜きを言い渡された。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、才人がいつものように中庭で素振りをしていると、シルフィードを従えたタバサが彼の元を訪れた。
 
 才人は素振りの手を止め、
 
「どうしたんだ? 珍しい」
 
 今まで、タバサが彼の元を訪れる事はあっても、それはキュルケと共に来ることが殆どであり、彼女一人で訪れたてきたことなど復讐の手助けを頼みにきた時くらいである。
 
 タバサは黙って手に持ったナイフを才人に差し出し、
 
「……くれんのか?」
 
 問い掛ける才人に対し、タバサは黙ったまま小さく頷いた。
 
 才人はタバサからナイフを受け取ると、ガンダールヴの力を使い、そのナイフの情報を読みとっていく。
 
 すると、突然ナイフが悲鳴に近い声を挙げた。
 
「な、何者だおめえ! 何で俺の支配を受け付けねえ!!」
 
 驚愕の声を挙げるナイフに対し、才人は既に慣れきった感じで、
 
「インテリジェンス・ナイフか……、しかもこいつは、魔法も使えるのか?」
 
 言って、手頃な石に向けてナイフを振るう。
 
 生み出されたのは、数個の火球。
 
 それらが不規則な動きをとりながら石に向かって飛び、着弾して燃え上がる。
 
「……へー、便利だな」
 
「待て! 待ってくれ!! あんた本当に何者だ!? 俺の支配を受けつけねえだけじゃなく、俺の力を勝手に引き出して自在に操るような人間なんぞ、聞いたことがねえ!」
 
 ガンダールヴだけでも可能であろうが、更にはミョズニトニルンの力も有する才人に、たかがインテリジェンス・ナイフ程度が身体を支配しよう等とは片腹痛い。
 
「けけけ、そりゃあそうだ。相棒レベルの使い手がそこたら中にいたら、てーへんな事にならあな」
 
 近場の木に立て掛けてあった剣から聞こえてきた声に、ナイフが震える。
 
「あ……あんたは?」
 
「おう、デルフリンガー様だ。憶えとけ新入り」
 
「……何偉そうに言ってんだ? お前」
 
 新入りをいびるデルフリンガーに呆れた顔を向けながら告げる才人。
 
 だが、デルフリンガーは悪びれた風もなく、
 
「かー……分かってないね? 相棒。こういうのはな、初対面の印象ってもんが大事なんだぜ?」
 
「いや、そんな事よりも、……良いのか? これ貰っても」
 
「かまわない」
 
 相変わらず、必要最小限の言葉しか喋らないタバサに対し、
 
「そっか、じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
 
 言って、視線を手元のナイフに向け、
 
「なあ、お前名前はあるのか?」
 
「へ、へい。“地下水”って呼ばれてました」
 
 イザベラによる自作自演の暗殺劇から、タバサのことを気に入った地下水は、どういう経緯を辿ったのかは謎だが、タバサの元へ流れてきた。そして彼女を主にしようとしたのだが、ナイフを必要としないタバサは彼(?)を才人に譲渡してしまった。
 
 しかも渡された相手は、自分の支配を受け付けないは、代わりに自分の力は勝手に引き出すは、先客におっかないインテリジェンス・ソードが居るわで混乱の極みに立っていた。
 
 だが、よく観察してみると、平民なのでメイジとしての力量は期待出来ないが、剣士としては最上級の逸材であるので使い手としては文句が無い。
 
 更に動物と会話出来るという希有な能力も持っているらしい。
 
 それにこの少年の顔を見れば分かる。
 
 ……こいつは、根っからのトラブルメーカーだ!
 
 顔の無い地下水は密かにほくそ笑む。こいつと一緒にいれば、退屈せずに済みそうだ。
 
 こうして、ガンダールヴ第二の相棒にして、デルフリンガーの舎弟。
 
 インテリジェンス・ナイフの“地下水”が才人の仲間になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その頃、トリスタニアの街外れにある一軒の宿屋兼酒場。
 
 そこに一人の女性客がいた。
 
 女性はつまらなそうに、杯を傾けつつ、手元の紙を眺めている。
 
 紙に書かれているのは、ある屋敷の見取り図。
 
 簡単な仕事だ。平和ボケした成金貴族の屋敷。
 
 そこの宝物庫にある魔道具を盗み出すというもの。盗んだ品物は、裏ルートでオークションにかけられ金に代えられる。
 
 フーケはつまらなそうに溜息を吐いて、グラスに注がれたワインを一気に飲み干す。
 
「……つまらないわねぇ」
 
「なら面白い仕事がある。……手伝ってみる気はないか?」
 
 いきなり掛けられた声に視線を上げていくと、そこには身成の良い貴族が立っていた。
 
 しかも怪しい事に、顔には仮面が付けられている。
 
 無言のまま、そっと杖に手を伸ばすフーケ。だが、貴族の方はそれよりも早くフーケに杖を突き付けると、
 
「心配するな、決して損はさせんよ。……マチルダ・オブ・サウスゴータ」
 
 彼女の本名を知っている貴族に対し、フーケは最大限の警戒をしたまま男を睨み付け、
 
「信用出来ないね」
 
「仕事の内容を聞けば、そうも言ってられないさ」
 
「なら、さっさと言ってみなよ」
 
 男は勿体ぶった仕草で、口元を僅かに歪めると、
 
「再びアルビオンに仕える気はないかね? マチルダ」
 
「ハン、父を殺し、家名を奪った王家なんぞに仕える気なんぞ、さらさらないわ!」
 
 彼女にしては珍しく、感情を剥き出しにして怒鳴る。
 
 だが、男の方は冷静なままで、答える。
 
「勘違いするな。何もアルビオンの王家に仕えろとは言っていない。アルビオンの王家は倒れる。近い内にね」
 
「どういうこと?」
 
「革命さ。無能な王家は潰れる。そして我々、有能な貴族が政を行うのだ」
 
 だが、フーケはその誘いを鼻で笑い、
 
「政? 興味無いわね。それにね、憶えておきなさい、わたし貴族が嫌いなの」
 
 だが、
 
「アルビオン王家を潰すっていうのは面白そう。ねえ、あんた達の組織の名前はなんていうの?」
 
 そう告げるフーケの瞳は、紛れもない復讐者のそれだった。
 
 それを確認した男は、口元に薄い笑みを浮かべて告げる。
 
「レコン・キスタ……。それがハルケギニアを統一し、エルフ共から聖地を奪還する組織の名前だ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 数日後、……“疾風”の二つ名を持つギドーの授業の事だ。
 
「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプストー」
 
「虚無じゃないんですか?」
 
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えをきいているんだ」
 
 ……伝説?
 
 キュルケは視線をルイズの方へ向ける。
 
 そして見た。同じようにルイズに視線を向ける才人。そしてタバサ。
 
 ……もし、自分の推測が正しければ、彼女こそ伝説の系統、虚無の……、
 
「何をしているのかね? 早く答えたまえ」
 
「え? ああ、すみません。……そうですわね、やはり、全てを燃やし尽くす火ではありませんの?」
 
「残念ながら、そうではない」
 
 ギトーは杖を引き抜きながら、
 
「試しに、この私に君の得意な火をぶつけてきたまえ」
 
 挑発するように告げるギトーに対し、キュルケは顔から笑みを消し、
 
「火傷じゃすみませんわよ?」
 
「かまわん。本気できたまえ。その、有名なツェルプストーの赤毛が飾りでないのならね」
 
 キュルケが杖を振るい、巨大な火球を生み出す。
 
 その火球の大きさに、生徒達が机の下に避難するがギドーは余裕の表情で、飛んでくる火球に対し、杖を引き抜いて振るった。
 
 烈風が舞い上がり、キュルケの作り出した火球は一瞬で消滅し、その向こうにいたキュルケを余波で吹き飛ばす。
 
 否、キュルケが吹き飛ばされる前に、彼女の前に躍り出た才人が、背中のデルフリンガーを引き抜き、振り下ろした。
 
 一瞬でギトーの風を吸収したデルフリンガーは余裕の声で、
 
「けけけ、良い風だねえ、涼しくて丁度良いや」
 
「いいから、ちょっと黙っとけ。キュルケは怪我無いか?」
 
 問う才人に対し、キュルケはその首にしがみつくと、
 
「素敵よダーリン♪ やっぱり私のナイト様ね」
 
「いや、待て待て、剣抜きっぱなしだから、危ないって!?」
 
「……君は、確か、……ミス・ヴァリエールの使い魔だったね」
 
 ギトーの声に、才人は表情を改めて彼に向き直る。
 
「ええ、そうですが。それが何か?」
 
「授業の邪魔は止めてもらいたいのだが?」
 
「女の子に怪我させるようなもんは、授業とは言わないでしょう?」
 
 二人の視線がかち合い、そしてギトーは悟った。この少年は、数えられない程の修羅場を経験していると。
 
 このような目を出来る人間に会うのは二人目だった。
 
 ……勝てない。だが、メイジとして、そして教師としてこのまま引くことは出来ない。
 
 思い悩むギトーを救ってくれたのは、彼に恐怖を与えた一人目の人間、ミスタ・コルベールだった。
 
「あやややや、ミスタ・ギドー失礼しますぞ」
 
 ギトーは内心で安堵の溜息を吐き出しつつも、やって来たコルベールの格好に頭痛を憶えた。
 
 コルベールは頭にロールの巻いた金髪のカツラを乗せ、派手な刺繍の施されたローブを身に纏い、
 
「えー、皆さんにお知らせですぞ」
 
 もったいぶった口調で、授業の中止とトリステインの姫殿下であるアンリエッタの訪問を告げる。
 
 才人にとってそれは、ルイズがアルビオンに行きウェールズ皇太子から手紙を受け取ってくる任務である事を示す。
 
 ……しかし、どうやって、あの王子様を助けたもんかね?
 
 幾つか案はある。
 
 影武者か? 自分の身を隠せるような道具か?
 
 まあ、それもこれからオスマンと相談して決める事だ。
 
 だから才人は、足早に学院長室へ向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その晩、才人が何時ものように、日課の素振りと称して学院長室に向かうと、彼と入れ違うように、ルイズの部屋を一人の女性が訪れた。
 
 女性の名はアンリエッタ。トリステインの姫殿下であり、ルイズとは幼少の頃からの親友でもある。
 
 そこでアンリエッタはルイズにアルビオンのウェールズ王子から手紙を受け取ってきて欲しいと水のルビーを彼女に渡し頼んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 丁度ルイズがアンリエッタと話をしている間、才人はオスマンの部屋を訪れていた。
 
「ちわー、学院長。ちょっと相談したいことがあるんですけど」
 
「うん? なんじゃ、使い魔の少年か」
 
 煙管を吹かしていたオスマンを才人を部屋に招き入れ、
 
「わしに出来ることなら、力になるぞ」
 
 人の良い笑みを浮かべる。
 
「実はウチのご主人様が、また無茶なことに首を突っ込みそうなんで、ちょっと道具を貸してもらいたいんですけど」
 
「ふむふむ、それはどんな道具かの?」
 
 オスマンは悪戯に協力する悪ガキのような顔で才人に尋ねた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 才人がオスマンの部屋から戻ってくると、ルイズの部屋の扉に、怪しげな男が貼り付いていたので、取り敢えず半殺しにしておいた。
 
 そして、その男を手土産に部屋のドアを開けると、そこには予想通り、アンリエッタがルイズの部屋を訪れていた。
 
「……何? それ」
 
 部屋に帰ってきた才人に、開口一番ルイズが尋ねた。
 
 才人はルイズの左手に水のルビーが填められているのを確認して、
 
「ん、さっきそこで、部屋の様子に聞き耳立ててたみたいだから、取り敢えず、ボコっといた」
 
「そっ、お疲れさま」
 
「あ、あの……、ルイズ? こちらの方は?」
 
 アンリエッタに問われ、ルイズは慌てて才人の事を紹介し、続けて才人に今回の密命についても説明した。
 
「……人を使い魔にするなんて」
 
 アンリエッタは努めて笑顔で、
 
「そうだったわねルイズ、あなたって昔からどこか変わっていたけど、相変わらずのようね」
 
「いや、その確かに、人を使い魔にするのは珍しい事だとは思いますけども、こと戦いに関しては異常なほどズバ抜けてまして! 他にも妙な特技を持ってたりと、結構役立ちますし!
 
 それに、実際フーケのゴーレムを倒したのは才人だったんです!」
 
 ルイズの言葉に、アンリエッタは目を見張り、
 
「まあ……、破壊の杖を取り戻したのは、あなたを含めた貴族の子女三人と聞いてましたのに」
 
「わたし達は、……特にわたしは、何もしてません。
 
 ただ、ゴーレムに驚いて、最後まで安全地帯で才人の戦いを見てただけでした」
 
「いや、お前ちゃんと命令したし」
 
「あんなの! 何かした内に入らないわよ! ……それに、わたしにはまだ、あんたやタバサみたいな覚悟は無いもの」
 
 ……その事を悩んでいたのか。
 
 才人は僅かに肩を竦めると、
 
「なにか勘違いしてるみたいだから言っとくけどな、ルイズ。……お前は正しい」
 
 その言葉にルイズは顔を上げて、数日ぶりに才人の顔を正面から見つめる。
 
「だけどな、正論だけじゃ解決しないこともあるんだ。だから、俺は間違っていてもそれを解決出来る方法を選ぶ。
 
 ……けど、お前はそうはなるな。お前は正しいままで、その道を貫ぬいて解決しろ。
 
 お前は俺と違って、それが出来るんだから」
 
 ルイズの肩に手を置き告げる。ルイズは、一瞬才人を見て、すぐに視線を下に落とすが、力強く頷き返した。
 
 二人の間に何がったのかは分からないが、そのルイズの態度から、何かを察したアンリエッタは、才人に左手を差し出し、
 
「わたくしの大事な友達を、これからもよろしくお願いしますね。頼もしい使い魔さん」
 
 才人はアンリエッタの手を取ると、自らの片膝を付き、少々ぎこちないながらも臣下の礼をとってその手の甲に口付けした。
 
 一応、騎士としての礼節をルイズに叩き込まれていたので、おぼつかないながらも、この程度は出来る。
 
 ルイズは才人の脇腹を肘で突くと、
 
「……なんで、平民のあんたが、そんな礼儀作法を知ってんのよ?」
 
「ん、ああ。昔、……知り合いの貴族の娘に仕込まれた」
 
 と答えてから、才人は足下に転がったボロ。……まあ、ぶっちゃけた話。才人に半殺しにされたギーシュなわけだが、それを指し、
 
「で、コレどうしましょうか? 知り合いに気の良いサラマンダーが居ますんで、そいつに頼んで焼却処分にでもしてもらいますか?」
 
 そう告げると、えらい勢いでボロは復活した。
 
「ま、待ちたまえサイト! 僕だ! ギーシュだ!」
 
「ああ、なんだギーシュか。……じゃあ、ヴェルダンデに頼んで穴掘ってもらうから、土葬だな」
 
「ち、違う! そういうことじゃない!!」
 
 面白いほどに取り乱すギーシュを見て、思わずアンリエッタはクスリと笑みを零した。
 
「……姫様?」
 
「ふふふ、ゴメンなさい。くすくす、でも、こんなに可笑しいの久しぶりですもの」
 
 国民に向ける為の作り笑いではない、幼い頃に見たのと同じアンリエッタの笑みに、ルイズまで嬉しくなって口元が緩んでくる。
 
 楽しそうに笑う二人を見て、才人は満足気に頷くと、
 
「良かったじゃないかギーシュ。憧れの姫殿下のお役に立てたんだ。もう思い残すこともないだろう?」
 
「い、いや、確かに嬉しいが、どうも僕の目的とは、少しズレているような気がする」
 
 こうして、才人のパーティーにギーシュが加わる事になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌朝、朝靄の中、才人達が馬の準備をしていると、ギーシュが困ったように言い出した。
 
「お願いがあるんだが」
 
「ヴェルダンデ連れて行きたいっていうんなら。別にいいぞ」
 
「本当かい! いやあ、流石はサイト! 君は心の友だ!!」
 
 抱き付こうとするギーシュを躱し、ついでに蹴りを一発いれておく。
 
「俺は男に抱き付かれて喜ぶ趣味は無ぇ!」
 
「ねえ、ギーシュの使い魔って何なの?」
 
「ん、でっかいモグラ」
 
 言うなり、地中からヴェルダンデが現れた。
 
「……ジャイアントモール? って無理よそんなの。わたし達が行くのはアルビオンなのよ? モグラが行けるわけないじゃない」
 
 ヴェルダンデはルイズの身に着けている水のルビーが気になるらしく、しきりに彼女にじゃれつこうとする。
 
 だが才人は気楽な調子でヴェルダンデをルイズから引き離し、
 
「大丈夫だろ? 近くに空飛ぶ動物がいたら、そいつ等に運んでもらうように頼むから。最悪、港町にでも置いておけばいい」
 
 未だ納得しかねるが、不承不承ルイズは頷いた。
 
 さて、出発しようかと言うときになって、朝靄の向こうから、一人の貴族が現れた。
 
 貴族は帽子を取って一礼すると、
 
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ」
 
 名乗り、ルイズに視線を向ける。
 
 ルイズは戸惑うようにワルドに視線を向け、才人は一つの覚悟を決めた。
 
「君達だけでは心許ないということでね、姫様より直々に私に命が下された」
 
 そして表情を笑みに変え、
 
「久しぶりだな! ルイズ! 僕のルイズ!」
 
「お久しぶりです、ワルド様」
 
 照れて頬を染めるルイズと、何やら真剣な顔で馬の準備をする才人。
 
「積もる話は馬上でしよう。まずは彼らを紹介してもらえるかいルイズ」
 
「は、はい。ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔の才人です」
 
 ワルドは才人に視線を向けると、
 
「婚約者のルイズが世話になったようだね。ありがとう」
 
 と手を差し伸べてきたので、
 
「いえいえ、どういたしまして」
 
 才人も笑顔で応え、ワルドの手を握り返す。
 
 ルイズはそんな才人を見て、胸に苛立ちを感じる。
 
 ……なによ、いくら相手が貴族で魔法衛士隊の隊長だからって、少しは嫉妬くらいしてくれてもいいじゃないの。
 
 それとも、わたしのことは、何とも思ってないの? サイト。
 
 って違う! あいつはただの使い魔で、わたしはそのご主人様! ただそれだけの関係よ! それだけの……。
 
 そんな事を考えていたので、道中のグリフォンの上でも、ワルドの言葉に生返事で返していた。
 
 ちなみに才人は、そんなルイズの事など知らずに、暢気にも馬との会話を楽しみながら、グリフォンの疾駆に付いていく。
 
 流石に、馬の体力はグリフォンには勝てないらしく、途中の駅で何度か馬を変えたが、どの馬も気の良い奴で才人は然したる苦もなくワルドに併走することが出来た。
 
 だが、そうなると問題はギーシュだ。
 
 元より体力的に劣る彼は、既に彼らに遅れをとり始めている。
 
 そして一行がなんとかその日の内にラ・ロシェールの入り口に付いた時、彼らの跨った馬目掛けて、幾つもの松明が投げ込まれた。
 
 いきなりの炎に、戦の訓練を受けていない馬は嘶き慌てるが、才人はヴィンダールヴの力を発揮させて、一瞬で鎮めさせる。
 
 そして、馬の首を優しく撫でると、こちらを弓で攻撃してくる賊を指し、
 
「行け!」
 
 一言を告げる。
 
 断崖絶壁に近い急勾配の崖の出掛かりを蹴り上げながら、馬が駆け上がって行く。
 
「ば、馬鹿な! こんな崖、馬で登れるわけがねえ!」
 
「鹿なら、登れらあ!」
 
 馬に鞭を入れ、
 
「同じ四つ足の動物で、登れない道理があるか!!」
 
 馬が嘶き、崖の上に昇り上がる。
 
 才人は馬から飛び降りざまに、背中と腰の剣を抜き放ち、
 
「出番だぜ、デルフ!」
 
「ようやくかい!」
 
 一瞬で近くにいた3人を切り伏せる。
 
 離れた所にいる賊が弓で才人を狙っているが、彼はそれを無視して逆方向の敵へ斬りかかって行く。
 
「おい、相棒! 後ろだ!?」
 
「大丈夫! 援軍の到着だぜ!」
 
 告げると同時、竜巻と火炎が、才人を狙っていた賊を飲み込んだ。
 
「お待たせ、ダーリン♪」
 
 シルフィードに乗ったタバサとキュルケの登場である。
 
「ナイス・タイミング!」
 
 才人笑みを浮かべながら、敵の最後の一人を切り倒した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……見事な手際だね」
 
 ワルドが崖の上に姿を現したのは、才人達が全ての賊を倒した後だった。
 
 ワルドを確認したキュルケは獲物を狙うような笑みを浮かべ、
 
「あら? 良い男」
 
 そして、才人とワルドを見比べ、
 
「でも、やっぱり、ダーリンの方が良い男ね!」
 
 才人に抱き付いてきた。
 
 ……あれ? たしか、前はワルドに言い寄ってたと思うんだけどな?
 
 背後から突き刺さる、ルイズの視線を極力意識しないように努めつつ、才人は賊の尋問を始めるが、どうやらこいつ等は物盗りと言い張るつもりらしい。
 
 だが、放っておくと、こいつらはフーケと連んで襲撃してくるから、今の内に何とかしておかなくてはならない。
 
 ……つーか、今回もフーケは襲ってくるのかね?
 
 考えても仕方ないことだ。出来ることなら彼女とは争いたくはないが、もしもの時は仕方あるまい。
 
 それに今はフーケよりも、この盗賊達の事だ。とは言っても、所詮は金で雇われた程度の奴らだ。このまま殺してしまうのも忍びない。
 
「ねえ、そいつらただの物盗りなんでしょ? だったら、放っておいて、先を急ぎましょうよ」
 
 ルイズが急ぎの任務なので、早く行こうと急かすが、才人としては捨て置くわけにもいかないので、
 
「先に、行っててくれよ。こいつら放っておくと、どうせまた同じようなことを繰り返すだろうから、適当に処分してから追うよ」
 
「舟が出ちゃったら、追えないでしょ!」
 
「シルフィードに乗せてもらうって」
 
 それでも、まだ納得しきれていないルイズだったが、
 
「彼の言うとおりだルイズ。この場は彼等に任せて我々は先を急ごう」
 
 と言うワルドの言葉に従い、渋々ながらも、……キュルケといちゃつくなと、散々忠告していったが、ルイズ達は先にラ・ロシェールに向かった。
 
 才人はルイズ達を見送った後、暫く途方に暮れていたが、何かを思いついたのか、ギーシェとヴェルダンデを呼び出して、賊達を埋めてもらうことにした。
 
 勿論、生き埋めにして殺すつもりはないので、頭だけは地面から出しておいてやる。更にギーシェにその周囲の土を練金の魔法で青銅に変えてもらった。
 
 これで、完全にこいつ等は自力では出られないし、フーケが助けに来たとしても、多少は魔力を消費させることが出来るだろう。
 
「……ねえ、ダーリン。どうして、こんな雑魚にそんなにもこだわるの?」
 
 流石にキュルケも不審に思ったのか、問いかけてくる。
 
 対する才人は気楽な調子で、
 
「いや、こいつら絶対に雇われ者だぞ? ただの物盗りなわけないし」
 
「そう?」
 
 と小首を傾げるキュルケに対し、才人はタバサに視線を向け、
 
「なあタバサ、たしか自白強要の魔法とかあっただろ? ほら、無理に黙ってると、精神崩壊起こすやつ。アレ使ってくれ」
 
 と言って、賊からは見えない角度でウインクを送り、
 
「何人か居るから、見せしめにもなって、丁度良いだろ?」
 
 実際、そんな魔法があるかどうかは才人は知らない。あくまで、賊達から自白を促すためのハッタリである。
 
「み、見せしめ……?」
 
 だがそのハッタリは功を奏したようで、才人の台詞に、聞き捨てならない言葉を聞いた賊が問い質す。
 
「いや、気にしなくていいから。……すぐ、気にならなくなるし」
 
「な、なんだそれ! 聞いてねえぞ!」
 
「くそ! だから嫌だったんだ! あんなメイジの言うこと聞くのは!」
 
「やめ、やめてくれ! なんでも話す! だから助けてくれ!!」
 
 予想以上の結果に満足気に頷きながら、
 
「じゃあ、雇い主は誰だ?」
 
「め、メイジだ! 男と女の二人! 男は仮面を付けた貴族で、女はフードを被った眼鏡の美人!」
 
「名前は?」
 
「し、知らない!」
 
 才人が視線で、タバサを促す振りをする。
 
「ほ、本当だ! 信じてくれ!!」
 
「……こんなもんかな?」
 
「凄いわねダーリン。こんなに簡単に口割っちゃうなんて……」
 
 才人は肩を竦め、
 
「こいつ等が馬鹿なだけだよ。……しかし、まあ、裏で糸を引いている奴らがいる以上、急いでルイズ達と合流した方が良さそうだな」
 
 背後から罵倒してくる賊達を無視して、才人達はシルフィードでラ・ロシェールの街へ飛んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ラ・ロシェールの街で、無事にルイズ達と合流を果たせた才人達は、次のアルビオン行きの舟は、明後日にしか出ないことを知らされる。
 
 才人は割り当てられた部屋に向かい荷物を降ろすと、すぐに自室を出てキュルケ達の部屋へ向かう。
 
 正直、ルイズとワルドが同室というのは、気が気では無かったが、もしワルドがルイズに手を出していた場合、ロリコン騎士の二つ名と共に、有ること無いことトリステインの城下町で言いふらして、二度と表を歩けなくしてやるつもりだった。
 
 そんなことよりも、才人には、やらなければならないことがある。
 
「おーい、タバサ居る?」
 
「あら、ダーリン。何? 夜這いに来てくれたの?」
 
「違うって」
 
 苦笑いを浮かべ、
 
「タバサ、明日一日予定が空いてるだろ? 一緒に薬屋見て回らないか?」
 
 才人が自分よりも先に、違う女を誘うのは気に入らないが、その相手がタバサとならば話は別だ。……しかし、その行き先が薬屋? タバサをデートに誘うならば、本屋が一番喜ばれるし、普通のデートならば、もっと小洒落た場所へ向かう筈だ。
 
 キュルケは裏に何かあると勘ぐりながら、タバサの動向を見守る。
 
 何時ものタバサならば、完全に無視するか、よくても即答で断る筈である。
 
 だが、タバサの出した答は、そのどちらでもなく、最も予想外の筈の答え、……即ち、肯定だった。
 
 キュルケは、けっして軽くない驚きを覚えながらも、それを上回る好奇心をもって、翌日のデートはこっそり後を付けてみようと心に決めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日、才人が目を覚まし、身支度を整え終わると、ドアがノックされてワルドが部屋を訪れた。
 
「おはよう使い魔君」
 
「おはようございます。……なんか、用事でもあるんですか?」
 
「ああ、ちょっと君に頼みがあってね。昨日の君の戦いぶりを見て、手合わせしたくなった。
 
 ……どうだろう? 付き合ってもらえないかね?」
 
 ……手合わせ? 敵の実力を計りたいだけだろ? それとも、ルイズの前で良いカッコウでもしたいのか?
 
 そんな内心を微塵も見せず、才人は頭を掻くと、
 
「すみません。今日はちょっと予定を入れちゃってまして」
 
 そして、その言葉を待っていたかのように、タバサがドアのノックして入ったきた。
 
「準備出来た」
 
「ああ、悪いすぐ行く。……ってことなんで、すみませんけども、手合わせはまた今度お願いします」
 
 そう言い残してタバサを伴い、才人は部屋を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 街を歩く才人とタバサから離れること10メイル。物陰から二人の姿を観察する人影があった。
 
「あらあら、結構良い雰囲気じゃない?」
 
「何が?」
 
「何って、見ての通り、ダーリンとタバサがって、ルイズ!」
 
「……サイトがどうかしたの?」
 
 眉を顰めて、不審気な表情で、キュルケに問いかけるルイズ。
 
「き、気の所為よルイズ」
 
 キュルケは極力自然な仕草で、ルイズの視線を道を行く二人から遠ざけようと努力する。
 
「ね、ねえ、ルイズ。あなたこそ何やってるの?」
 
「何って、……ワルド様に練兵場に呼ばれたから、そこに行く途中だけど?」
 
 ワルドは才人が手合わせを受けるものだと思い、才人の部屋を訪れる前にルイズに介添人を頼んでおいたのだが、当の才人に断られてしまった為、予定を変更しルイズの好感度を上げるためにデートでもこなそうと思っていたのだが……、
 
「そ、そう! じゃあ、早く行かないと悪いわよ!」
 
「……何隠してるの?」 
 
 強引に通りの向こう側を見ようと身を乗り出すルイズを、キュルケは身体を使って止めようとするが、日頃魔法に頼らずに生活している分、ルイズの方が若干、……ほんの若干ではあるが、鍛えられている。
 
 キュルケの隙を付いてルイズが遂に通りの向こう側へ辿り着き、そこで真っ先に目に入ったのは、仲良さげに連れ歩く(ルイズ視点)才人とタバサの姿だった。
 
「あ、あの犬! 一体、何やってるのよ!」
 
 すぐにでも飛び出していきそうな勢いのルイズを羽交い締めにして、キュルケはなんとか物陰に押し隠すことに成功する。
 
「取り敢えず、落ち着きなさいルイズ」
 
「お、おお落ち着いているわよ。充分に!」
 
 怒鳴るように告げて、物陰から顔だけを出し、才人達の様子を伺う。
 
「ねえ、ルイズ。あなたダーリンの事、どう思ってるの?」
 
「……サイトの事? そりゃ、わたしの使い魔に」
 
「もし、本当に使い魔としてしか見てないのなら、タバサの邪魔をしないであげて」
 
 射抜くような視線にルイズの言葉が止まる。
 
 キュルケの告げた言葉に、一切の遊びが無いと判断したルイズは、答えに戸惑う。
 
 それはワルドに再会してから、胸の中に燻り続けた疑問だった。
 
 ルイズが答えられずにいる中、才人達は裏通りにある怪しい店構えの薬屋へと入っていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ラ・ロシェールの街はトリスティンとアルビオンを繋ぐ港町である。
 
 そして、港町という街は、その性質上、様々な物品が流通する。
 
 それは、異国の特産品であったり、珍しい食べ物であったり、または御禁制の代物であったりと様々だ。
 
 才人がタバサと一緒に薬屋を訪れたのは、その御禁制の薬を求めての事だ。
 
 タバサの母親が飲んだ薬は、エルフが調合した特別製の物。
 
 真っ当な店では扱っていまい。
 
 才人はやや乱暴な手つきで店の入り口を開け、店内に足を踏み入れる。
 
「おやおや、これは貴族のお嬢さん。こんな寂れた薬屋にどんな御用でしょう?」
 
 問う店主に対し、答えたのはタバサではなく才人だった。
 
「この店で、御禁制の薬は扱ってるか?」
 
「はははご冗談を。ウチは真っ当な薬屋で御座います」
 
 才人は即座に腰の剣を抜き、カウンターを両断した。
 
 この手の輩を黙らせるのは、金か脅しに限る。
 
「この店で、御禁制の薬は扱ってるか?」
 
「しょ、少々お待ち下さいませ!」
 
 店主が慌てて踵を返し、店の奥へ引っ込む。
 
「手慣れてる?」
 
「……まあ、色々とヤバイ橋渡ったたりもしたからなあ」
 
 遠い目で、過去を回想する。
 
 ……主な原因は、世間知らずのご主人様だった。――いや、中には自分が原因のものもあったような気もしないでもないが。
 
 そして、店の主人が持ってきた品を手に取り、ミョズニトニルンの力で情報を読みとっていくが、残念ながらタバサの求める品物は無かった。
 
 タバサは傾いたカウンターの修理代にと、多めに金貨の入った袋を置き、才人が他にも御禁制の薬を扱っている店を店主から聞き出す。
 
「んじゃあ、次行くか」
 
 そうやって、才人達は次々と薬屋をハシゴし、ルイズとキュルケは延々とその後を追い、ワルドは何時までも練兵場で待ち惚けしていた。