ゼロの使い魔・2回目
 
第12話
 
 ルイズがトリステイン魔法学園を去ってから数日が経過していた。
 
 その間、才人達も遊んでいたわけでもなく人を雇い、又は自らの足でトリステイン中を探し回ったのにも関わらず、彼女の行方は要として知れなかった。
 
 そんなある日の出来事……。
 
「はぁ……」
 
 深い溜息を吐くのは黒髪の少年、平賀・才人だ。
 
 ルイズを守れなかった事に対して謝罪した彼をエレオノールとカトレアは責める事はしなかった。
 
 逆に嫉妬心に捕らわれ、才人との契約を解除し、更にはブリミルをダガーで刺した事に対し彼らに謝罪したほどだ。
 
「とは言っても、ショックを受けてんのはヒシヒシと伝わってくるんだよなぁ……」
 
 それは彼女達の一挙手一投足を見ていれば分かる。
 
 ルイズの事も心配といえば心配ではあるが、彼女達姉妹の事も悩みの種だった。
 
 しかも問題は……、
 
「始祖ブリミルが憑いてやがるからなぁ……」
 
 それは、ある意味この世界の者達にとってはこの上ない栄誉であるともいえるのだ。
 
 王族には敬意を表さないようなキュルケやタバサでさえ、始祖ブリミルに対しては敬意を表する。
 
 無論、彼女達だけではなく、王族であるアンリエッタやウェールズ、それに平民であってさえも始祖ブリミルとあれば敬意を持って頭を垂れる。
 
 例外と言えば、ガリアの無能王ジョゼフや異世界人の才人、それに無頼の傭兵達や盗賊くらいのものだ。
 
「……そう考えると俺、ジョゼフやそこいらの悪党と同じ扱いかよ?」
 
 そう思って重い溜息を炊き出す。
 
 それはともかく……、
 
「いったい、何処行ったんだよルイズ……」
 
 言葉にしてみるが、返事は返ってはこない。
 
 溜息を吐きながら正門前へ向かう才人。
 
 そこに設えられている幾つもの天幕は、クルデンホルフ家お抱え空中装甲騎士団のものだ。
 
 その中の一つ、最も大きな天幕に入っていく才人。
 
 天幕の中で遊んでいた数人が、才人の訪問に気づき身を固くする。
 
「ようこそいらっしゃいました、ヒラガ卿」
 
 騎士の礼を持って彼を迎え、用件を問う。
 
「また、訓練に付き合ってもらいたいんだけど良いかな?」
 
 実は彼ら、新入生であるベアトリスの護衛としてやって来た翌日に稽古をする才人を見かけ、からかい半分で稽古を申し出、全員完膚無きまでに返り討ちにされていた。
 
 それ以来、こうして才人個人、またはゼロ機関による団体戦の稽古相手として使われている。
 
 当然、主人であるベアトリスはいい顔はしなかったが、忌々しい事に向こうにはあのヴァリエールが付いているのだ。
 
 逆らいたくとも逆らえなかった。
 
 何しろ彼女達……、正確にはエレオノールに言わせれば、名目上だけとはいえ独立国の姫殿下であるベアトリスを捕まえて、ゲルマニア生まれの成金貴族と蔑む程だ。
 
 ……しかも相手を目の前にして堂々と。
 
 団体戦まで可能な稽古相手を手に入れたゼロ機関は、こうして偶に団体戦での稽古に付き合って貰っていたのだが、それにしても相手が悪すぎた。
 
 何しろその構成員の殆どが、伝説やエリートやプロで構成されているような集団なのだ。
 
 数に勝るとはいえ、並の竜騎士隊に務まるような相手ではない。
 
 結局、数度団体戦を行った結果、未だ一度の勝利も無し。
 
 これによってベアトリスの威厳も地に落ち、彼女からは取り巻きさえ居なくなってしまう。
 
 ちなみに、今回ティファニアに基礎知識がある事もあり3年生に編入している為、ベアトリスに絡まれる事も無かったのだが、友達になる切欠を失いちょっと寂しそうにしていた。
 
 ――そんな事を考えていると、
 
「おい、相棒!?」
 
 デルフリンガーの呼びかけに我に返った才人は視線を上げる。
 
 ……今は訓練に集中しないとな。
 
 真剣や魔法有りでの訓練なので、一瞬の油断が大怪我に繋がる事もある。
 
 そんな才人の視界に入ったものは、死屍累々と横たわる空中装甲騎士団の姿。
 
「……あれ?」
 
「いや、凄いッスね旦那! なんつーか、今日はトコトン手加減無しって感じで!?」
 
「相棒よぅ。……ちょっとは手加減してやんねぇと、コイツ等死んじまうぞ」
 
「いや、ちょっと待った今の無し!? ゴメンもう一回相手して!」
 
 慌てて告げる才人の言葉に、騎士団の面々は揃って気絶した振りで反応を示さなかった。
 
「まぁ、金輪際二度と相手してくれないと思うがねぇ……」 
 
 そんなデルフリンガーの呟きを余所に、別の場所から才人に向かって声が掛けられた。
 
「訓練相手に不自由しているなら、私が相手をしてやろう……。
 
 但し木剣で、……だがな」
 
 声の方へ振り向いてみると、そこに居たのは鎧を纏った女性。
 
「アニエスさん」
 
 アニエスは才人に木剣を放り投げ、
 
「いくぞ――」
 
 答えを聞くことなく襲い掛かる。
 
 才人は手にしていたデルフリンガーと地下水を放り棄てると、木剣を両手に握りしめ、アニエスの一撃を受け止めた。
 
 ――鍔迫り合い。
 
「――どうした? 随分と剣が乱れているようだな?」
 
 告げ、力任せに才人を弾き飛ばし、
 
「ハッ!」
 
 ――刺突ッ!
 
「クッ!?」
 
 襲い来る切っ先を辛うじて躱し、カウンター気味に木剣を振り抜こうとするが、それよりも速くアニエスの蹴りが才人の腹に食い込んだ。
 
「ぐぁ……!?」
 
 蹲る才人に対し、情け容赦無く追い打ちが仕掛けられる。
 
 それを無様に転げながらも逃れ、何とか立ち上がって対峙する才人とアニエス。
 
「ミス・ヴァリエールについては私も聞き及んでいる」
 
 木剣を構えたまま、アニエスが静かに語り始める。
 
「それ以上、自分を責めた所で何も解決はしないぞ。
 
 それよりも今、お前がしなければならない事は何だ?」
 
 言われ、考えようとするが、それさえアニエスは許してくれない。
 
 踏み込みと同時に木剣を打ち下ろす。
 
 それを才人は何とかいなしつつ、
 
 ……俺の今やるべき事――。
 
 動きながら考え、考えながら動く。
 
 ルイズを探す事? ――否。自分一人がガムシャラに探し回った所で探せる範囲はたかが知れているし、既に何百人単位での捜索が行われている。
 
 薙ぎ払われる切っ先をバックステップで躱し、
 
 ルイズから始祖ブリミルを引き離す方法を考える? ――否。それはブリミル(ルイズ大)とティファニア、タバサとコルベール先生が現在資料をひっくり返して捜索中だ。魔法の概念が全然分からない自分が行った所で、何かの力になれるとは思わない。
 
 踏み込み、上段からの一撃を振り下ろす。
 
 アニエスはその一撃を正面から受け止め、
 
「……その顔、どうやら吹っ切れたようだな」
 
 ……俺のやるべき事!
 
 ――それは、
 
「まずはアニエスさん……、この稽古に勝たせてもらいます!」
 
 ごちゃごちゃ思い悩むだけ無駄。目の前の問題を一つ一つ片づけて行く。
 
「おおおぉぉぉ!!」
 
 力任せの一撃。
 
 それを躱し、アニエスは返しに胴を薙ぎ払おうとするが、それは固められたように途中で押し留められる。
 
 才人の剣は未だ地面にめり込んだままだ。
 
 ……ならば何が?
 
 アニエスが視線を降ろすと、才人の手がアニエスの木剣の柄を押さえつけている。
 
 そのまま才人は獰猛な笑みを浮かべ、
 
「らぁああぁ!」
 
 ――頭突き!
 
 思わず蹈鞴を踏むアニエスに切っ先が突き付けられ、
 
「――俺の勝ちです!」
 
 額から血を流しながら宣言する才人に向けアニエスは笑みを見せ、
 
「あぁ、――お前の勝ちだ」
 
 木剣の代わりに差し出された才人の手を取って立ち上がる。
 
 怪我の治療を施し、小休止をとった後、
 
「結局は、始祖ブリミルが動いてからじゃないとこちらとしても動きようがないって事なんですよね」
 
 吐き出すように言葉を零す才人に対し、アニエスは小さく頷き、
 
「あぁ、その通りだ。――だが、厄介な事に相手が本物の始祖ブリミルだとした場合、国の援助は当てに出来んという事だ」
 
 現在、トリステインを実際に動かしているのは女王であるアンリエッタではなく、宰相マザリーニだ。
 
 枢機卿でもある彼を始めとしてトリステイン王家の殆どは始祖ブリミルを崇拝している為、始祖ブリミルを敵にまわすと宣言してしまえば支援は疎か下手をすれば異端審問に掛けられかねない。
 
「……無茶苦茶ヤバイって事ですか?」
 
「あぁ……、私個人としては協力する事には吝かではないが、女王陛下に剣を捧げているので、アンリエッタ女王からの命令があれば、お前達に剣を向けざるを得ん」
 
 うわ、最悪だ。と呻き、暫く考え、
 
「……もし、ブリミルがロマリアと手を組んだ場合、どうなると思います?」
 
 ロマリアはブリミルを崇拝するハルケギニア最大の宗教国家だ。その影響力は容易くハルケギニア全土に及ぶ。
 
 そう問う才人に対し、アニエスは迷うことなく、
 
「ゼロ機関はハルケギニアの敵となるだろうな」
 
「最悪ってレベルじゃないなぁ……」
 
 溜息と共に吐き出す才人だが、よもやその杞憂が現実になろうとは、神ならぬ彼には気づく術は無かった。
 
   
 
  
 
 
 
 
 
 
 燭台に立てられた蝋燭の明かりだけが光源となっている薄暗い廊下を桃色の髪をした少女が歩く。
 
 そこには一片の迷いも恐れも無く、まるで己が居城の如く歩を進める。
 
 そんな少女の歩みを阻むように一人の少年と一匹の風竜が立ちふさがった。
 
「やあ、悪いねお嬢さん。――ここから先は関係者以外立入禁止となっていて……」
 
 少年の言葉が停まる。
 
 そこに居たのは見知った少女だった。
 
 但し、彼の知る少女とは身に纏う雰囲気がまるで違う。
 
 少年は緊張に身を固くしながらも、眼前の少女に対し言葉を放った。
 
「このような場所にどのような御用件でしょうか? ミス・ヴァリエール」
 
 少年……、ジュリオの問い掛けに対し、ルイズは小馬鹿にしたような嘲笑を浮かべ、
 
「戯れ言はよい。それよりも貴様の主の元へ案内しろヴィンダールヴ。
 
 ――貴様等の真の主が来てやったと、な」
 
 ルイズが口を開いただけで、背筋に怖気が走るのを自覚しながらもジュリオは仰々しい態度で一礼し、
 
「失礼ですが、お名前をお聞かせしてもらってよろしいでしょうか? レディー」
 
 もはやジュリオは眼前の少女をルイズとは別人と判断して、そう問い掛ける。
 
「妾はブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ。
 
 貴様等が始祖と呼び慕う存在よ……」
 
 予想外の……、否、ある意味予想通りの名前にジュリオは歓喜に身を震わせながら跪き、
 
「ようこそいらっしゃいました。我らが始祖ブリミル様。
 
 ――僭越ながら私があなた様の足となり、我が主の元へあなた様を案内させていただきます」
 
 告げ、背後に控えて愛竜アズーロにルイズを背に乗せるよう命令する。
 
 無言のままアズーロの背に乗り、教皇の控える執務室へと向かうルイズとジュリオ。
 
 5分と掛からずに部屋の前に到着した二人。
 
 ルイズは扉の前で風竜から降りると、簡素な造りながらも威厳を醸し出す扉を押し開けて入室し、尊大な態度で室内を睥睨する。
 
 執務室に腰掛け、乱入者に不躾な視線を向けていた教皇、ヴィットーリオ・セレヴァレを見つけると、何の警戒も見せずに歩み寄り無遠慮な眼差しで彼を凝視し、
 
「……なるほど、貴様が担い手か」
 
 普段ならば、相手が王族であろうとも雰囲気に呑まれない教皇が、一目彼女の姿を見た瞬間から、身に纏う威圧感に呑まれた。
 
 虚勢を張る余裕も有りはしない。
 
 眼前にいる少女は、普通の人間ではない。それだけは確実に分かる。
 
 もし、エルフの大隊と差し向かう事になったとしても、ここまでの威圧感を感じる事はないであろう。
 
「小僧。――妾に従い、妾の手足となって動け。
 
 さすれば、貴様には聖地の奪還という歴代教皇の中でも最高の栄誉を与えてやろう」
 
「あ、あなた様は一体……?」
 
 一方的な物言いにも関わらず、それを非難する事さえ出来ず、震える声で問い掛ける若き教皇に対し、ルイズは彼女に似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべ、
 
「貴様らの真の主よ……」
 
 告げ、右手を差し出す。
 
 教皇は椅子から降りると、深々と跪いて恭しい態度でその手を取ると口付けし、彼女に永劫の忠誠を誓った。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから更に数日……。
 
 ある日の夜、唐突に目が覚めた才人はその足でアルヴィーズの食堂に向かう。
 
 そこでは昼間は壁際に並べられている小魔法人形達が幾つかのグループに分かれて舞い踊っていた。
 
 彼は迷うことなく壁際の棚に向かうと花瓶の下敷きとなっている女性を象った小魔法人形を手に取り、ポケットからハンカチを取り出すとその汚れを拭ってやる。
 
 そして、彼女を床に降ろすと、
 
「悪い……、今の今までお前の事忘れてた」
 
 頭を垂れて謝罪する。
 
 だが、謝られた当のアルヴィーは全く意味が分からず小首を傾げるだけ、しかも才人が頭を上げてくれないと助けて貰った礼も出来ない。
 
 仕方が無いので、身振り手振りで才人に頭を上げてもらうように頼み込んでようやく礼を言うことが出来た。
 
 その後、才人は暫くアルヴィー達の幻想的な踊りを眺めていたが、流石に眠くなってきたので腰を上げて自分の寝室へ戻ろうとすると、先程助けた小魔法人形が踊りの輪から外れて他の人形達に別れの礼をして才人の後に付いて来ようとするではないか。
 
 才人は怪訝な表情で問い掛けると、小魔法人形は助けて貰った礼に何か恩返しがしたいので付いて行くと身振り手振りで告げる。
 
「いや、全然気にしなくて良いんだぞ。――そんな大したことしたわけじゃないんだから」
 
 ……前の時はこんな事無かったんだけどなぁ。
 
 と才人は小首を傾げるが、現在才人にはあの時には無かったミョズニトニルンの力がある。
 
 これは魔法道具であるアルヴィー達からしてみれば、まさしく神の力に等しい。
 
 暫く考えた才人だが、アルヴィーの方がどうしても連れていった欲しそうにしているので、結局彼が折れた。
 
 ……まぁ、ナイも喜ぶだろうし、別に良いか。
 
 そう思い、アルヴィーに手を差し出す。
 
 すると彼女は全身で喜びを表現して才人の手に飛び乗り彼の肩を己の定位置と決める。
 
 そのまま寝室に向かい、才人は眠りについた。
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 ――同時刻。
 
 既に営業時間を終えた魅惑の妖精亭のテーブルの一つ。
 
 薄暗いランプの光源の元に、二つの人影があった。
 
 一つは長い黒髪をした、ここ魅惑の妖精亭の看板娘ジェシカ。一つは金髪の少女、シエスタの元同室のメイド、ローラ。
 
「なるほど、つまり誰とも進展らしい進展は無いってわけね?」
 
「うん、わたしの見る限りじゃあね」
 
 ……よしッ!
 
 と小さくガッツポーズを取り、ほくそ笑む。
 
 ……わたしにもまだまだチャンスはあるわけだ。
 
 そしてポケットに仕込んだ小さな瓶に手を伸ばす。
 
 丁度、明日は魔法学院の方へ定期報告に向かう用事があった所だ。
 
 ……明日、勝負を掛ける!
 
 ポケットの中の惚れ薬の効力は一日しか保たないが、既成事実を作るにはそれで充分。
 
 ジェシカもルイズが才人の前から消えたという話は聞き及んでいる。いや、落ち込む才人を自分の身体で慰めてやろうという思惑もないではないが、その結果がどうなろうと、最終的に才人に責任を取って貰うだけだ。
 
 ジェシカは仕事でも見せたことのないような妖艶な笑みを浮かべると、テーブルの片隅に置いてあった小さな革袋を手にとってローラの前に差し出し、
 
「ありがとね。……これは何時ものお礼」
 
 今日はゆっくり休んでいって。と告げ、部屋の鍵もテーブルの上に置く。
 
 ローラは営業用の笑みを浮かべてそれらを手にすると、
 
「毎度、ご利用ありがとうございます。今後もローラ商会をご贔屓に――」
 
 芝居掛かった仕草で一礼し、宿泊用の部屋がある二階への階段を登って行った。
 
 
 
   
 
 
 
 
 
 
 明けて翌日。
 
 朝食を終えた才人は、皆にアルヴィーを引き合わせていた。
 
「……お人形さん?」
 
「ああ」
 
 小首を傾げて問い掛けるナイに対し、才人はアルヴィーに挨拶するよう促す。
 
 すると小魔法人形はスカートの裾を摘み、優雅な仕草で一礼してみせた。
 
「……わぁ」
 
「へぇ」
 
 ナイとエールを始めとして、そこかしこで感嘆や驚きの声が挙がる。
 
「まぁ、そんな事だから、皆仲良くしてやってくれ」
 
 告げると、ナイがアルヴィーに指を差し出し、
 
「……わたし、ナイ。お人形さん、よろしく」
 
 アルヴィーも差し出されたナイの指を取り、握手を交わす。
 
「へー、結構礼儀正しいんだな」
 
「はい、統計的にエール様の4.63倍は礼儀正しいと判断します」
 
「どっかの冷酷人形と違って愛想も良さそうだしな!」
 
 もはや日課となったエールとサティーの喧嘩を横目で眺めながら、こんなに和んだ雰囲気は随分と久しぶりだな、とひとりごちる。
 
「ねえねえ、あなたお名前なんていうの?」
 
 そんな才人の視界に映ったのは、無邪気に小魔法人形に問い掛けるシルフィードだ。
 
 名前の概念が無いのか? 意味が分からずに小首を傾げる小魔法人形に対して良いことを思いついたとばかりにシルフィードは手を拍ち合わせ、
 
「じゃあじゃあ、アルヴィーだから、アルちゃんでどう? きゅいきゅい♪」
 
 ……ナイと一緒にして、有る無いコンビだな。
 
 などと益体もない事を思考しつつ、視線を窓の外に向ける。
 
 そこでは、丁度見覚えのある竜籠が正門前の草原に着陸しようとしている所だった。
 
「……あれは?」
 
 窓から身を乗り出してそちらを眺める才人。
 
 すると、この距離でありながらも竜籠から降りてきた人物と視線が会うのを自覚した。
 
 才人の背筋に嫌な汗が伝い流れる。
 
「あら? 意外と早い到着だったわね」
 
 そう告げるのは、彼の新しくも古い主人、ブリミルことルイズ(大)だ。
 
 才人は錆び付いたような擬音を立てながら、ゆっくりと首をまわしてブリミルに振り向くと、
 
「……もしかしてお前が呼んだのか?」
 
 ブリミルに問い掛ける。すると彼女は当然のように、
 
「こんな大事な事、黙っとくわけにはいかないでしょ?」
 
 それは確かにそうだろうが、自分は間違いなくあの父親に殺される。いや、最悪母親の方が出てくるかな?
 
 と才人とヴァリエール家の長女と次女が顔を青くしていると、ブリミルが取り繕うように、
 
「大丈夫よ。――罰はわたしが受けるから」
 
 そう言ってくれるのは大変ありがたいが、ブリミル自身の膝も恐怖で震えている。
 
 如何に虚無を極めようとも、怖いものは怖いのだ。
 
「む、無茶すんな……、俺も一緒に謝るから」
 
 そう告げる才人も、恐怖の為か呂律が回っていない。
 
 ヴァリエール家の息女達も互いに気遣いながら遺言を認めようとしているあたり、かなりテンパッているのだろう。
 
 ドンドンと空気が重くなる中、ドアがノックされ遂にヴァリエール公爵と公爵夫人が姿を現した。
 
 但し、現れたヴァリエール公爵の姿は、以前に比べ格段に小さく見え、才人は一瞬拍子抜けしてしまうも、すぐさまその理由に気づき緊張に身を強張らせる。
 
 ……不機嫌なのだ。――母親の方が。
 
 ……最悪の事態だぁ!?
 
 泣きそうになりながらも何とか堪える。
 
 そんな中、真っ先に口を開いたのは、ブリミルだった。
 
 彼女は深々と頭を下げると、
 
「本日は遠路遙々お越し頂き――」
 
「口上は結構。――手紙にあった、ルイズが失踪した、というのはどういう事でしょうか?
 
 詳しくご説明願いたい」
 
 ブリミルの挨拶を中断させ、単刀直入に説明を求めたのは公爵夫人のカリーヌだ。
 
 否、そこに居るのはヴァリエール公爵夫人ではない。
 
 元マンティコア隊隊長、“烈風”のカリンがそこにいた。
 
 ブリミルは生唾を呑み込み、事情を話し始める。
 
 ルイズの目覚めた系統が虚無である事。
 
 ここが、虚無の力の悪用を防ぐ為に設立された秘密の多国間組織、ゼロ機関である事。
 
 ルイズやエレオノール、カトレアもゼロ機関に所属している事。
 
 ルイズが始祖ブリミルの怨霊に囚われ、身体を乗っ取られた事。
 
 話を聞き終えた後、先に口を開いたのはヴァリエール公爵だった。
 
「しかし、信じられませんな。
 
 あのルイズがよもや伝説の虚無の系統に目覚めるなど……」
 
「その点に関しては、わたしとカトレアで確認済みですわ、お父様。
 
 ……虚無に目覚めた、とは言っても、そちらのお二人に比べれば児戯のような物でしたが」
 
 それでも伝説の系統であるには違いない。
 
「それで、ルイズは始祖ブリミルの怨念に取り憑かれて、姿を眩ました。……と」
 
「はい」
 
 頷くブリミルに対し、カリーヌは小さく溜息を吐き出し、
 
「始祖ブリミル様の依代に選ばれた事を喜ぶべきか? 六千年前の亡霊如きに身体を乗っ取られた事を不甲斐ないと叱るべきか?」
 
「いえ、全ては彼女の心情を理解出来ずにいたわたしの不徳のする所、ルイズに罪はございません」
 
 言い切るブリミルに対し、カリーヌは目を細めて彼女の顔を凝視すると、
 
「……失礼、ミス・ヴァルトリ。――あなたと二人でお話ししたいのですが、よろしいですか?」
 
 決して否を許さぬ眼差しでそう尋ねた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 授業中である為に人気の無い中庭。
 
 今、そこで対峙するのはブリミルとカリーヌの二人。
 
 まず動いたのはカリーヌだ。
 
 彼女は唇を湿らせると、開口一番ブリミルの度肝を抜いてくれた。
 
「さて、お芝居はこの辺で終わりにしてもらえるかしら? ルイズ」
 
 いきなり核心を突くカリーヌにブリミルは身を固くしつつも、それを悟られないように、と最大限の注意を払いながら、
 
「な、なんの事でしょう? ヴァリエール婦人」
 
「お黙りなさい」
 
 一喝。
 
 ……声を荒げたわけでもないというのに、ブリミルの身が竦む。
 
「お父様はあなたの事をカトレアに似ていると言われておりましたが、わたしに言わせれば身に纏う雰囲気やちょっとした仕草。
 
 ……どれをとってもルイズ以外の何者でもありません」
 
 流石は母親。言葉を無くし必死に打開策を考えるブリミル……、否、そこに居るのはもはや虚無の正統継承者ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリではなくヴァリエール家の末娘、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールであった。
 
「さあ、事情をお話なさい。それとも、これ以上、母親であるわたしに隠し事をするおつもり?」
 
 蛇に睨まれた蛙のように縮こまったルイズは仕方なく事情を話し始めた。
 
 自分が未来から来たルイズである事。
 
 未来での実験中の事故で親友であるティファニアがこの時代に跳ばされてしまったので、それを追い掛けてきた事。
 
 この世界は既に自分の知る世界とは異なる事。
 
 そして才人を手放したくないという感情から、彼との契約を破棄し、自分を刺して動揺した所を始祖ブリミルに付け込まれて身体を乗っ取られた事。
 
 話を聞き終わったカリーヌは深い溜息を吐き出し、
 
「時間遡行など、普通なら到底信じられるものではありませんが……」
 
 一息、ルイズと向き合い、
 
「世界が違えど、己が娘の言うこと……。誰が疑うような真似などしましょうか」
 
 母としての言葉に、ルイズの胸が詰まる思いがした。
 
 ――だが、続いて放たれた言葉に、今度は息を飲む。
 
「それにしても、嫉妬に狂った挙げ句に刃物で刺すなんて、メイジにあるまじき行為」
 
 騎士にとって魔法以外での殺害行為は侮蔑以外の何物でもない。
 
 カリーヌは瞳に怒りを宿し、
 
「ルイズ、必ずルイズを取り戻しなさい……。その時にわたし直々に罰を与えます」
 
「お、お母様! 今回はわたしもあの子の心情を読み間違えた所もあるので、どうか穏便に……!」
 
 自分ではないとはいえ、自分の事だ。流石に哀れに思い何とか取りなそうとするが、それは聞こえてきた轟音によって中断させられた。
 
 何事か!? とブリミルとカリーヌが駆けつけると、ヴェストリの広場で才人とヴァリエール卿が模擬戦を行っていた。
 
 暇を持て余した公爵が才人に模擬戦を申し出たのだ。娘達に同席を禁じた事もあり、何やら裏がありそうではあるのだが……。
 
 次々と飛び来る魔法をデルフリンガーで吸収する。
 
 そして左手に構えた地下水と右手のデルフリンガーを交差。
 
 デルフリンガーが吸収した魔力を用いて地下水が魔法を発動させる。
 
「ラグーズ・ウォタール・イス・イーサ・ウィンデ」
 
 無数の氷矢がヴァリエール公爵に向かって飛ぶ。
 
 その数、威力共に、以前の才人とは比べ物にならない。
 
 公爵は土の障壁で防ごうとするも、氷の矢はその障壁をも貫き公爵へ迫る。
 
「ぬぅん!」
 
 しかし、ヴァリエール公爵もしかる者。手にした巨杖で迫り来る氷の矢を全て叩き落とした。
 
「杖も無しに魔法を使うとは、面妖な奴め……」
 
 ……平民ではなかったのか? と訝しげに眉を顰めるヴァリエール公爵に対し、才人は才人で、内心驚きながら、
 
 ……思い付きでやってみたけど、今のはスクウェアクラスの威力があったぞ。
 
 以前の才人では不可能だったろうが、4つのルーンが完全に機能した今の才人であればこそ可能な技だ。
 
 こうなると御機嫌なのは、全力を出せるようになった地下水だ。
 
「ひゃっほ――ッ♪ 旦那! 次! 次ッ!!」
 
「馬鹿野郎、魔力切れだ! 相棒、先に魔法吸収しな!」
 
 両手から叫かれ、うんざりするが、そこから先の戦闘は外から掛けられた声によって中断させられる。
 
「両者そこまで!」
 
 大気を震わせる程の威圧感に満ちた声に、二人は身体を萎縮させて声のした方へ振り向いた。
 
 そこにい居たのは、誰有ろう“烈風”のカリンその人だ。
 
「二人とも、それ以上は怪我では済みませんよ……」
 
 睨まれ、互いに剣と杖を収める。
 
 深く息を吐き出すヴァリエール公爵の元にカリーヌが歩み寄り、ポケットから出したハンカチで彼の汗を拭きながら、
 
「それで、どうでしたの? お気に入りまして?」
 
「ふん、――全然駄目だな。あの程度では娘を嫁がせる事など夢の又夢だ」
 
 気丈にも、そう告げる公爵に対し、カリーヌは楽しそうに口元を隠しながら笑い、
 
「ふふふ、かなり押されているように見えましたが?」
 
「目の錯覚だ……」
 
 憮然と告げ、才人に向けて声を張り上げ、
 
「小僧! ――否、今はヒラガ公爵であったな。
 
 何としても、ルイズを取り戻せ! その為ならばラ・ヴァリエール公爵家は貴公等に対し援助する事も吝かではない!」
 
 面白くなさそうにそっぽを向いて、
 
「それが出来たならば、娘の一人くらいは差し向けてやってもかまわん……」
 
 そう言い残し、婦人を伴って学院を去っていった。
 
 それを見送ったブリミルは疲れたような溜息を吐き出すと、
 
「……また、面倒な事になってるじゃない」
 
「お、俺の所為かよ!?」
 
 言い合いを始める二人の元に、エレオノールとカトレアが駆けてくる。
 
「サイト様! お話はお父様から伺いましたわ! こうなれば一刻も早くちびルイズを奪還して、わたしと挙式を挙げて下さいませ」
 
 エレオノールがそう言い募れば、
 
「あらあら、お姉さまったら、……わたしとしても命の恩人であるあなたの元に嫁ぐなら否はありませんよ?」
 
 カトレアが頬を染めて綺麗な微笑を浮かべて告げる。
 
 ほら見なさい。と、ブリミルは才人の頭を軽く叩き、再度溜息を吐き出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何とか、その場は誤魔化して、才人が日課の訓練に励んでいると、そこにバスケットを持ったジェシカがやって来た。
 
「やっほー♪ ダーリン元気してるー?」
 
「ダーリン言うな」
 
 木剣を振る手を停め、一息吐くと、ジェシカがバスケットからタオルを取り出して才人に差し出した。
 
「あんがと」
 
 礼を言って受け取り、汗を拭う。
 
 そんな才人の姿を改めてマジマジと眺めつつ、パーカーを脱いだ彼の身体が、予想よりも筋肉で引き締まっていることを確認して、僅かに頬を赤らめる。
 
「……どうした?」
 
 急に赤面しだしたジェシカを不思議に思い問い掛ける才人。
 
 だが、ジェシカは何でも無いと強引に話を逸らし、持ってきたバスケットから1本の酒瓶を取り出し、
 
「どう? 喉渇いて無い?」
 
「いや、流石に酒はいいや――」
 
 断りを入れる才人に、ジェシカは勝ち誇った笑みを浮かべつつ、
 
「そう言うと思ってね。……コレ、中身はジュースだよ。蜂蜜漬けにしたレモンを岩清水で割った物。
 
 運動した後に飲むと格別さ」
 
 言って、瓶のコルクを抜き、バスケットからグラスを取り出してそれに注ぐ。
 
 ……既に惚れ薬は混入済み。大丈夫、痛いのはわたしだけだから。
 
 既にローラに頼んで、使用人の女子寮の一室は借りてある。
 
「さあ、飲んで飲んで」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――それよりも時間は少し遡る。
 
 最近、ナイは暇になると、色々と珍しい物のおいてあるコルベールの研究室を訪れるようになっていた。
 
 様々な薬瓶の並ぶ棚の一角。
 
 真新しい瓶に入れられた茶色い液体。
 
 ナイはそれを手に取り、
 
「……コルベールせんせー」
 
「うん? どうしたのかね? ナイ君」
 
 コルベールは作業の手を停めて、嫌な顔一つせずにナイに向き直る。
 
「……コレは何のお薬ですか?」
 
 ナイの示す薬瓶を見たコルベールは小さく頷き、
 
「あぁ、コレは毛生え薬だよ」
 
「ケハエグスリ?」
 
 意味が分からずに小首を傾げるナイ。対するコルベールは何と答えたものか? と暫し考え、
 
「……そうだね、言ってみれば髪の毛のお薬かな? 髪の毛を元気にしてくれるんだよ。
 
 いやぁ、市販の物ではどうも効果が薄いようでね、思い切って自分で調合してみたのだが、これがなかなかでねぇ――」
 
 聞いてもいないのに調合の割合まで説明しだしたコルベールを横目に、ナイと一緒に彼の研究室を訪れていたエールとシルフィード、そしてアルは彼女を促して外に出た。
 
 そこで、こっそり持ち出してきた毛生え薬を手に、
 
「じゃあ、早速試してみようぜ」
 
「きゅいきゅい♪ ナイちゃんは長い髪も似合うと思うのね」
 
 シルフィードの意見に賛同するようにナイの頭上に乗ったアルも何度も頷く。
 
 そんな感じでナイ達は大人に見つからない場所で試してみようという事になり、取り敢えずは、ヴェストリの広場へ向かった。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 同時刻、……モンモランシーは苦悩していた。
 
 その原因はブリミルから仰せ付かった命令。
 
 ティファニアに掛けられた呪いを解除する魔法薬を作れというものだ。
 
 ……しかし、何度試そうと彼女の才人への想いは消えてくれない。
 
 失敗の都度、モンモランシーは他のゼロ機関のメンバー達からそら恐ろしい視線を向けられるのだ。
 
 ぶっちゃけ、彼女としては胃に穴が空きそうだった。
 
 現に先程、完成した薬も、さしたる効果が無く叩き返された所だ。
 
「……もう」
 
 背中にドス黒い暗黒を背負い、
 
「やってられないわよ、コンチクショウ――ッ!!」
 
 およそ、貴族の令嬢に相応しくない叫び声を挙げて、窓から失敗作の解除薬を投げ捨てた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それは全くの偶然だった。
 
 モンモランシーの投げた瓶が庭に生えていた木にぶつかり、その衝撃で瓶の蓋が開いて中身が数滴、木の下で休憩していた才人の持つグラスに落ちる。
 
 同じ頃、毛生え薬の蓋を開けて香りを確認しながら歩いていたエールが、不注意から足下の小石に躓いて転びそうになるが、寸前でシルフィードによって抱えられて事なきを得るが、その際毛生え薬が数滴才人の持つグラスに混入された。
 
 本来なら、伝染するという副次作用はあるものの効果時間の短い粗悪なだけの惚れ薬は、奇跡的な調合の末、とんでもない効力を秘めた薬へと変化してしまった。
 
 勿論、そんな事を知ることはない才人は、そのままジュースを一気に呷る。
 
「ぷはぁ――♪ 美味ぇ!」
 
 もう一杯、要求しようとしてジェシカの方を振り向いた才人は言葉を無くした。
 
 熱を帯びた眼差しで才人を見つめたジェシカが、いきなり才人の唇を奪い貪るように舌を吸ってきたのだ。
 
 慌てて振り払い、理由を問おうとするも、ジェシカは熱に浮かされたように服を脱ごうとしている。
 
「ちょッ!? 何やってんだよ!? ジェシカ」
 
 才人の詰問に対し、ジェシカは当然といった風体で、
 
「抱・い・て……」
 
 恐ろしいほど色気たっぷりにそう囁く。
 
 思わず鼻血が漏れそうになる彼を押し留めたのは、背後から聞こえてきた幼い少女の声だ。
 
「……おとうさん」
 
「いや、お父さん何も卑しい事はしてないぞ!?」
 
 そう言って振り返った才人が見たのは、ジェシカと同じような目をしたナイ、エール、シルフィード、アル達四人。
 
「お、おい……、ナイ、どうかしたのか?」
 
 慌てて駆け寄る才人の顔を、ナイは小さな両手でシッカリと捕まえると、その幼い唇を押し付けてきた。
 
「ん……、ぷはぁ――、ナイ一体どうしたっていうんだ!?」
 
 おかしいのはナイばかりではない。
 
「……ん、おとうさん。……おとうさん、大好き」
 
「……変だよ。……お股が何だがジンジンする」
 
「お兄さまぁー、大好きなのねぇー♪」
 
 言葉を喋れないアルも、必死に才人へと求愛をアピールしている。
 
「もう、五月蠅いわよ!!」
 
 遙か上階の窓から、モンモランシーが苦情を叫ぶ。
 
 それを天の助けとみた才人が、彼女に助けを求めた。
 
 するとモンモランシーは窓から身を乗り出し、浮遊の魔法を己に掛けて地上に降り……、
 
「……サイト、大好き」
 
「何でだ――!?」
 
 もはや混乱の極みに陥った才人は必死に逃げた。
 
 逃げる先は強力な助っ人が多数居るであろうゼロ機関本部。
 
 現在才人の身体を蝕む薬の効果は二つ。
 
 一つ、才人を見た異性は問答無用で彼に惚れる。
 
 一つ、惚れさせた相手は淫乱になる。
 
 そんな状態で、ブリミル、ティファニア、エレオノール、カトレア、シエスタ、サティーの居るゼロ機関の本部に入ったものだから、さあ大変。
 
「あの時みたいに、……好きにして良いよ」
 
「さ、サイトさん……、わたし、わたし……」
 
「わたし、……恥ずかしながら初めてですので、優しくして下さいましね」
 
「あの……、サイトさん。余り痛くしないで下さいね」
 
「……サイト、大好き」
 
「ひぃぃぃやぁぁ――!!」
 
 涙目で窓から飛び出し、地下水の力を使って浮遊の魔法を使って着地し、間髪入れずに疾走を開始。
 
 男としては嬉しくて仕方がない状況である筈なのに、理性の片隅が警鐘を鳴らす。
 
 ……一時の快楽に身を任せて、その後破滅するつもりか? と。
 
 恐らく、彼女達は言葉では止まらないだろう。ならば才人に出来る事といえば逃げる事だけだ。
 
 その後、逃げる先々で感染者を増やしつつ、1時間を過ぎる頃には学院中の全ての女性と嫉妬に狂った男性達を引き連れるまでに成長していた。
 
「助けて、神様、仏様、ブリミル様ぁ――!!」
 
 ここは異世界ハルケギニア。当然、才人のいう神様や仏様は居ない。
 
 残りのブリミルにしてみても、
 
 
 
 
 
 
  
 
  
 
「…………」
 
「……如何なさいました?」
 
 不機嫌に眉を顰める少女に対し、気遣うように問い掛けるのは、形式上とはいえ、ハルケギニア最大の権力を有する教皇、聖エイジス三十一世だ。
 
 彼は手ずから少女に紅茶を淹れつつ、周囲に彼女を不快にさせる物は無いか? と気を使う。
 
 すると少女、始祖ブリミルは憮然とした顔付きのまま、
 
「気にするな……、今何やら不快な気持ちがしただけだ」
 
 ……どうやら、始祖ブリミルが取り憑いているとはいえ身体はルイズ。どれだけ離れていても嫉妬心は顕在であるらしい。
 
 
 
 
 
    
 
 
 
 
 ……結局、薬の効力が切れるまで逃げ切った才人だが、効力が切れた後も何人かには追われる事になり、それから数日はまた部屋に帰って寝る事は無かったそうな。
 
「お、俺が何したっていうんだよ……」
 
 呟いてみるが、やっぱり答えは返ってこなかった。