タイトルそのものがすでに矛盾しているかに見えるその意味は、もちろん、どう考えても旨いはずがない料理なのに、なぜ自分だけは旨いと感じるのか、という意味です。
これ以上旨いものはないと信じ、わざわざ高い旅費をかけて帰省して食べていたあのラーメンが、知人に言わせれば”ただのラーメン”。これはまさに、目が覚めるような衝撃です。たしかに、客観的に考えると、極上とまではいかないのかもしれない。いや、正直に言うと普通なのかもしれない。でも旨いものは旨いのです。
そう思ってよく考えてみると、旨いはずのない、麺がのびたフニャフニャのラーメンとか、逆にお湯の温度が足りずにシンが残った固いラーメンとか、が旨かったりします。おいしさは、料理そのものの味に加えて、食べたときに気分が良かったのか悪かったのか、という過去の経験に大きく左右されるものらしく、それゆえに人それぞれの味覚が存在するようです。
どんなに旨い料理でも、食べた後で体の具合が悪くなって嫌な経験をすると、もう二度とその料理を食べられなくなったり、においを嗅いだだけで気分が悪くなったりするこの現象は、ガルシア効果(味覚嫌悪学習)と呼ばれているようです。
逆に味は悪くても空腹が満たされてこの上ない快感が伴うと、好きにならずにはいられない、というわけです。これは、料理の味を客観的に評価することの難しさを示しています。
旨いものを旨いと素直に感じられる人は、空腹という不幸に襲われたとき、本当にうまいもので空腹を満たしてきた、ということなのでしょうか?
-2006/6/3
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