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ひきこもり情報TOP番組ファイルNo.4

にんげん広場 ひきこもり 『〜扉の向こうからのSOS〜』
2003年2月22日放送
---------------------------------------------- No.4
 今、全国に50万人とも100万人ともいわれるひきこもり。
 NHKが始めた、ひきこもりサポートキャンペーンのホームページには、ひきこもりに悩む本人から多くの声が寄せられました。
 今回、新たに浮かび上がってきたのは、ひきこもりの実情と本人の苦しい心の声です。誰にでも起こりうるひきこもり、その実情とサポートの可能性について探ります。

出演者
江川紹子 さん
江川紹子 さん
 ジャーナリスト
斎藤 環 さん
斎藤 環 さん
(精神科医・爽風会佐々木病院)
田村 毅 さん
田村 毅 さん
(精神科医・東京学芸大学助教授)
滝本 竜彦 さん
滝本 竜彦 さん
(ひきこもり体験者 著書に、ひきこもりをモチーフにした小説「NHKにようこそ!」 ほか)
上山 和樹 さん
上山 和樹 さん
(ひきこもり体験者
 著書に「『ひきこもり』だった僕から」)
大河原 康雄 さん
大河原 康雄 さん
(ひきこもり体験者
「全国引きこもりKHJ親の会」代表補佐)
滝本 竜彦 さん
キャスター
古屋 和雄 アナウンサー
伊東 敏恵 アナウンサー
   


 ひきこもりサポートキャンペーンホームページのネット相談室。

 ネット相談室。去年秋2ヶ月間の開設期間の間に、本人や家族などから785件の相談が寄せられました。これらの声からは、家庭という密室の中での、外からはうかがい知れない深刻な状況が浮かび上がってきました。

ネット相談室



目次

  本人・家族から届いた苦しみの声
[VTR]ある日突然ひきこもってしまった娘
スタジオ出演者3人の「ひきこもり」体験
ひきこもりの実態〜「ネット相談室」に寄せられた785件の相談から
成人してからのひきこもり
[VTR]大学生・大学院生のひきこもり
[VTR]サラリーマンのひきこもり
[VTR]子育て中の主婦のひきこもり
誰にでも起こりうるひきこもり
自己評価の低さ、自己肯定感の希薄さ
家族関係とひきこもり
[VTR]「一流」へのこだわり
[VTR]親に認められたい
日本特有の現象なのか
ひきこもりからの回復
[VTR]地域の人の輪に支えられて
[VTR]デイケア、フリースペースで出会った「仲間」
回復へのヒント
「出会い」の大切さ
番組お問い合わせ情報




本人・家族から届いた苦しみの声

[VTR]ある日突然ひきこもってしまった娘
14歳の娘をもつ父親
14歳の娘をもつ父親
 14歳の娘は、第一志望の進学校に入学し、成績も上がっていました。ところが2学期以降、もう6カ月も自宅から一歩も外へ出ない状況が続いています。
 きっかけは期末試験前日のささいな親子げんか。数学の問題を「解いて」と言ってきたのを、疲れていたので「自分で考えろ」と言ったらすごく怒り出してしまって。今は新聞を取りに行くこともできないし、自室のカーテンも閉めたままです。何とかしなければという気持ちは強く、親の会や保健所などあちこち相談に回りましたが、「じっと待ってなさい」と言われたり、「引っ張り出してよかった」という話を聞いたり。
 どうしたらいいのかわからない。家から一歩でも出られる日がいつか来るのだろうか。

 本当に深刻ですね。オウム真理教などのカルトの問題をやっていたときにも、親御さんの話を聞いたりしましたが、本当に一生懸命子どもさんのことを思っています。だけど、子どもさんが突然変わってしまって、どうしたらいいかわからない。逆に、子どもさんのほうも、親思いだったりするわけです。それが、何かがすれ違って、ある日突然、全然違う形がポンと表れたときに、親御さんとしては「突然変わってしまった」「本当にどうしたらいいのかわからない」ということになってしまうのかな、と思いました。(江川さん)

 

江川さん

 身近な家族とコミュニケーションが取れないというのは、本当に切実です。ひきこもりの当事者も苦しいのですが、ご家族もいろいろな意味で非常に苦しい状態に置かれています。
 例えば、まず世間に対して「わが子がひきこもってしまった」ということを誰にも相談できない。最初の段階で、ご家族はどなたにも相談しないで抱え込み、何とか解決しようとするけれども、なかなかうまくいかないことが多い。
 それからもう一つは、本人の気持ちが見えなくなってしまう。もともといい子だった方が多いのですが、そういう子が突然背を向け、部屋に閉じこもり、まったく口を聞かなくなってしまう。時には、育て方や過去の接し方などについて、身に覚えがないようなことまで持ち出して親御さんを責めてきたり、暴力に及んだり。そういうこともあるので、二重三重につらい。(斎藤さん)

 

斎藤さん

 2001年、厚生労働省から「ひきこもりに関するガイドライン(暫定版)」が発表されました。それによれば、「ひきこもり」とは、特定の病気や障害ではなく、ひとつの「状態」を指す言葉です。その「状態」とは、「6か月以上自宅にひきこもって会社や学校に行かず、親しい対人関係がない状態」というのが目安になります。

 「親しい対人関係がない」というのがポイントで、必ずしも家に閉じこもりきりというのではなく、夜中にコンビニや散歩に行ったり、あるいは「車でなら外出できる」とか、そういう方は比較的多いと思います。
 それからもう一つの前提として、統合失調症とかうつ病といったものからひきこもるケースもありますが、そういう「精神病性のものではない」ということがあります。(斎藤さん)

 相談室に届いた本人の声を見てみると、「人と付き合うのがつらい、怖い」という思いと同時に、「今の状況を何とかしたい」という訴えが多くあることがわかりました。皆さん、ひきこもっているという状態に苦しんでいらっしゃるようです。



スタジオ出演者3人の「ひきこもり」体験

 僕の場合、社会はそんなに嫌いではなかったんです。だけど、体が弱いのに肉体労働という、自分に向いていない仕事をやっていたときがありまして、日本人には「休まない」というスタイルがありますよね。1日2日休んでしまうと、その人は「だめだ」というレッテルが張られてしまう。そのレッテルが怖くて頑張りすぎてしまい、よけいに体を壊してしまう。周りもみんな働き者だし、僕の中でも「男とは働くもの」というものが頭にあって、遊びも控えて24時間働く。それができない自分はだめ人間だと……。
 それに、怒られたくないから100%より120%と、言われる以上に仕事をしてしまう。ある意味、まじめなんです。そして、ある程度責任の高い立場まで行ったときに、「もっとできるだろう」と重い仕事を任せられて、また120%……。いつか自分がついていけなくなっちゃった。(大河原さん)

 

大河原さん
 中学2年生くらいから、下痢症状が止まらなくなってしまいました。50分の授業時間に2回、3回と手を挙げて「先生、すみません」と。それでも1年くらい我慢して通っていたのですが、3年生の2学期からは1日も行けなくなってしまいました。
 なぜ自分がそうなってしまったのか、自分自身にとってもすごい「問い」なんです。なぜ自分は下痢症状が始まってしまったのか。それ以降も、高校中退、大学休学。周囲との違和感を感じながら、居心地の悪い時間を過ごしていたわけですが、その理由がわからないんです。苦しいというのは確かなんですけれど……。
 一概に「ひきこもり」と言いますが、時期と段階に応じて状況は変わってくるので、相談機関の方もそれを考えるべきだと思います。私自身を振り返ってみても、中学2年生の14歳のときから、今34歳で20年たつのですが、この間、いろいろ変動がありました。怒りにとらわれてしまった時期、自分を責める方向に向いてしまう時期、あるいは「自分は手遅れだ、すべて終わってしまった」と、あきらめた気持ちになる時期とか。それから友達に対して怒ってみたりとか、その対象もさまざまでした。(上山さん)

 

上山さん
 僕の両親は、非常にいい親でした。それに、目指していた大学に入り、サークルの友達もみんな優しくていい人ばかりで、外部的な原因というのはまったく思いつかないんです。それで、何でこうなったのか考えていたら、要するに僕がだめな、ろくでもない人間だったということ。親が悪いとか、社会が悪いとか、そういうのではなくて、深い理由はないんです。ただ大学に行くのが面倒くさい。
 生活は、よくありがちですが、1日1食になり、昼夜逆転になる。それから、ちょうど大学に入ったのはインターネットがはやりだしたときで、僕もどっぷりとのめりこみました。1日12時間とか、ずっとパソコンの前でカチカチと。
 「あしたこそは立派な人間に」と思って、また寝る。それが1年2年と時間が過ぎれば過ぎるほど、外に出るのがさらに面倒くさくなってしまいました。(滝本さん)
滝本さん



ひきこもりの実態〜「ネット相談室」に寄せられた785件の相談から

 ネット相談室に寄せられた相談を見ると、本人からの声がその中の約6割を占めています。また、女性からの相談が全体の4割で、「過食・拒食をくりかえす」「自分の容姿が気になって人前に出られない」という声も多く見られました。
相談してきた人の内訳ひきこもっている人の性別

 普段受ける相談というのは8割くらいがご家族からのもので、本人からの相談は少ないです。相談に来ることができるくらいならば、ひきこもりではないですから。そういう意味では、ネットを使った相談というのは非常に有効なものだと思います。それから、今まで、ひきこもりの約8割は男性だと言われていました。女性が4割。驚きです。(田村さん)



成人してからのひきこもり

 ネット相談室から見えるもう一つの特徴。それは年齢層の高さです。これまで10代が中心ではと思われていたのが、20代後半から30代以上で6割となっています。また、この年齢が比較的高い人を見ていきますと、不登校から始まって、5年10年と長期化している人。そして、成人してからひきこもった人と、大きく2つのケースに分けられることがわかりました。さらに、成人してからひきこもりになった人たちは、大学生や大学院生、サラリーマン、子育て中の主婦などが多かったです。
ひきこもっている人の年齢成人してからのひきこもり成人してからのひきこもり



[VTR]大学生・大学院生のひきこもり

 大学院生の息子を持つ母親に話を聞きました。今、32歳の息子さんは、28歳、難関国立大学の博士課程4年生の時から4年間、ひきこもりが続いています。現在はアパートで独り暮らし。きっかけは実験の失敗などです。


大学院生の息子を持つ母親
大学院生の息子を持つ母親
 指導教官から「最近、息子さんが研究室に出てこない」と連絡を受けて、すぐ夫と上京してアパートに行ったんです。そうしたら、暗闇の中に息子がポツンと。大学院というところは、ある程度の論文を仕上げるための成果、実験の結果を求められる。長期にわたって緊張して、疲れていたんだな、それを親に言えないでいたんだな……と。息子からのメールには「いつまでも親のすねをかじって申し訳ないけれど、もう少し待ってほしい。すべては自分の不甲斐なさのせいである」。もう、胸がいっぱいになりました。

 期待するから出来上がったのか、自分の中にあったものなのかわかりませんけれど、「自分のあるべき理想像」というのがあって、それに向かって一生懸命いったけれども、いっぱいいっぱいになってしまった。「そうじゃない」ということを認めるのは、何か、降りるというか、そういう感じになってしまうのかなと想像します。(江川さん)

 ひきこもりというのは、消極的選択なんです。仕方なくなってしまうもので、自ら望んでそうなるものではないということを強調しておきたいし、確認しておきたいです。(上山さん)

江川さん



[VTR]サラリーマンのひきこもり
社会人になってからひきこもった33歳男性
社会人になってからひきこもった33歳男性
 社会人になってからひきこもりになってしまった33歳の男性は、順調にサラリーマン生活を続けていました。入社4年目、昇進してパートやアルバイト20人以上の勤務管理を任されるようになりました。人を使う立場になり、その難しさとプレッシャーに押しつぶされそうになった彼。
 さらに、売り上げ目標の達成を課せられますが、昇進から半年間、目標を達成したことがなく、数字を見るたびに心の中に氷のかたまりのようなものがある、そんな気がしていたそうです。
 仕事の重圧から逃れるため、やがて何かと理由をつけて職場から離れるようになりました。「自分の心の中で何が問題になっているのか、どう手を打ったらいいのかわからなくて、とにかく氷が解けるのをじっと待っていた」と言います。会社を辞めた後は、貯金を切り崩しながら、誰とも会わず、外にも出られない生活が1年半も続きました。

 「期待されたことに100%応えなければならない」「応えられないのは自分の責任だ」と、すごく自分をせめているのを感じますね。誰かに相談できればと思うのですが。やはり人間関係、コミュニケーションの問題なのかなと思いました。(江川さん)

 就職をしてからひきこもるケースは徐々に増えています。僕はこれを「不況リストラ型ひきこもり」と呼んでいるのですが、30代前半、僕と同年代が多いです。この世代は就職するころはバブル景気でもてはやされ、やがて不況がきて「お前はいらない」と。自分の価値観にすがっていくことができなくなって、自分自身がいらない存在だと思ってしまう。この彼のケースは、僕と似ているのでよくわかります。「今は景気が悪いから、数字が取れないのは自分のせいではない」と思ってはいるのですが、責任転嫁をしたくないというか、まじめなんです。(大河原さん)

江川さん




[VTR]子育て中の主婦のひきこもり

 子育て中の主婦からもひきこもりに関する相談が多くありました。

 近所の主婦グループへの参加を断ってから、無視されるようになり、ひきこもりになった33歳の主婦は、ほとんど家から出ることもなく、食材は宅配を利用。子どもは休日に夫が外に連れ出すだけで、その影響か、子どもは3歳になっても言葉が出ない。自分は母親失格ですと語る。
 もともと同性の集団が苦手。今後始まる幼稚園や小学校での行事やPTA活動のことを考えると頭が痛くなる、というひきこもりの主婦からの相談もありました。






誰にでも起こりうるひきこもり

斎藤さん

 高学歴、家庭環境のよさ、すばらしい両親、人もうらやむような仕事、そういったものがまったく保険にならず「うまくいっているのに、何でひきこもるんだ」と端から見れば思われるような場合でも、本人の欠落感や自信のなさの埋め合わせにはならない場合があります。言ってみれば、どのような条件、どのような育て方、どのようなパーソナリティーをもってみても、何かのはずみでひきこもりというのは、誰にでも起こりうるということは、否定しがたい現実なのかなという印象を改めて持ちました。(斎藤さん)

 私は本の中で「ひきこもりの人にとっては、『0』か『100』で、グレーゾーンがない」と書きました。中途半端に「まあいいや」ということができないのです。だから「やる」と言ったら100%。「できそうにないな」と思ったら、まったくしない。この両極端を往復しているだけなんです。でも、実際に生きるということは、答えが出ないままグレーゾーンを行ったり来たりするものだと思います。それが下手なんです。すごくしんどくなってしまうのに、なぜそこまでこだわるのか、自分でもわからないです。(上山さん)




自己評価の低さ、自己肯定感の希薄さ

 皆さん、自分に対する評価がすごく否定的な感じがします。人間って、普通に暮らしていても「私ってなんてだめなんだ」と思うことありますよね。そういうときに、自分で自分をアップできる人もいるけれども、そうでなくて、ちょっとした出会いとか、一言ですごく変わったりもしますよね。(江川さん)

 江川さんがおっしゃる「自信があったりなかったり」という程度と、ひきこもっている方々の自信のなさというのは、根本的に違う部分があるような気がします。私たちは「ああ、きょうは失敗しちゃったな」と思いながらも、基本的な根本的な部分では、自分はこの世に生きていてもいい存在だという、生きていく自信のようなものが、意識はしていませんがあると思います。でも、そのあたりが十分に形成されていないと、自信を持つことができない。(田村さん)

 存在そのものが認められないということなのでしょうか。そういう感じはありました?(江川さん)

 そうですね。僕自身、まず「自分を好きになる」ということがわからなかったです。「自分が大切」という概念がわからなくて、「周りにいる人は大切。だけど、自分はいい・・・・・」という感じ。なぜそうだったのかというのが最近になってわかったのですが、まず自分を肯定する気持ちというのが、もともとない、「自分はだめだ」と思い込んでいるんです。今は、いいところもたくさん、見つければあると思うのですが、そこのところを見られなくて、悪いところばかりを見てしまう。だから肯定できない。(大河原さん)

 ひきこもっていても、社会常識というのは一応あって、常識的に考えれば自分がだめなのは一目瞭然。僕にとってみれば、小説を書いたのも言い訳みたいなものでした。やりたいこと?・・・・・働きたくなかったです。僕の場合は漠然としたクリエーター志向があったのですが、これもよくあるだめ人間の「俺はサラリーマンなんかにはならないぜ」という、抽象的な楽な道に行きたいというか・・・・・。(滝本さん)

 例えば「アフガニスタンに、ひきこもりの人がいるか」と考えるとどうでしょう。聞くところでは、これは日本特有の現象という言い方もされています。これだけ豊かだから、食べていくことに困らないからひきこもれるというのとは違いますか?(江川さん)

 親の扶養能力があるというのは、もちろん事実としてはあると思います。だけど、それはただ甘やかしているという問題ではなくて、やむにやまれずそうなってしまったと思います。
 私は、ひきこもっているときの状態は「クラッチを失ったエンジンのような感じ」だと思います。これは、ひきこもっている当事者をエンジン、外の社会をタイヤに例えたものです。クラッチというのは、動力になるエンジンと外のタイヤをつなぐ部分ですが、ひきこもりというのは、クラッチがない状態だと思うのです。失われた状態。毎日毎日、必死になってアクセルを踏んでも、クラッチがないから動力が外に伝わっていかない。これが苦しいんです。それで、親や周囲の親切な方が「こういう仕事あるよ」「こんなアルバイトどう?」と、クラッチをくれます。だけど、それが全部「自分」というエンジンと合わない規格になっていて、クラッチに合わせようとすると、すごく無理をしてしまい、つぶれてしまう。
 私はこれがひきこもりの一番核心的な部分だと思うのですが、自分の心と体を守ろうとすると、稼ぎがつくれない。社会とつながれない。稼ぎをつくろう、社会とつながろうと思うと、自分の心と体が守れない。このジレンマが一番強烈なんです。(上山さん)

 私は、自分は何であるかとか、何のために生きるのかというようなことを考える必要がない状況、とにかく自分はこれに向かってやっていくんだ、社会においてこういうポジションだと、いやおうなしに決められるか、自分で決めることができる状態を「成熟」の状態だと思っています。生きていくことで精一杯、生存が問題になるような社会においては、子どものころから労働力になったり、兵隊になったり、いきなり大人にならざるを得ない。ところが成熟社会においては、経済的インフラもありますし、必ずしも労働力としてあてにされない。そうすると「自分は何であるか」「自分は何のために生きるのか」ということが、生きる上での最大のテーマになってくる。だから、ますます成熟は遅れていきます。
 でも、あえて言っておきたいことは、そういう中でも社会参加をやすやすとしていく人と、できないでこもっている人がいるということです。私がよく引用することばで「人間は自分と折り合える程度にしか、社会とも折り合うことができない」というのがあります。結局、社会と折り合うことは、自分を愛することと大して変わらない。
 きょうゲストでお見えのひきこもりの経験をもつお3方を見ていると、「なんでみんなこんなに自己否定的なんだろう」と不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。その原因の一つとして、ひょっとしたら社会との接点が非常に希薄な状況に置かれていたので、「自分は大事である」という感覚がだんだん希薄になっていってしまったのかなと思いました。(斎藤さん)

江川さん
田村さん
大河原さん
滝本さん
上山さん



家族関係とひきこもり

[VTR]「一流」へのこだわり

ひきこもって6年になる男性
ひきこもって6年になる男性

 ひきこもって6年になるこの男性は、かつては一流の学校から一流の企業に入ることを目指し、中学入試から7浪して大学に入るまで、受験一筋の生活を送っていました。父親は大企業の重役にまで上りつめたエリートサラリーマン。息子が小さいころから、将来に強い期待を寄せていました。小学生のころ、有名私立中学受験のための塾に通わされ、「やめたい」と何度か訴えていた男性。しかし父親の期待を裏切ることは出来ず、受験をし、結果は不合格でした。「この経験は高校入試で生きる。むだではない」泣きながら言う父親の姿を見て、次第に「一流を目指せ」という考え方を受け入れていった男性。高校は公立の進学校に入ったものの、大学受験は難関国立大学一本にしぼり失敗します。失敗することに恐怖感を持ってしまった男性。受験しないままの浪人生活が7年間続きました。当初の志望を変更し有名私立大学に合格したものの、就職活動の時にはもう29歳。自尊心を満たすような就職先は望めません。もう何もやる気がなくなり、ひきこもりの生活を続けています。


 親と子の世代の違いが価値観の違いにつながるというのは当たり前だと思います。その違いが受け入れらないのならば、放棄するとか、反発するとか、反抗期と言われるそういう時期がありますよね。そういうことができなくて、全部それに合わせよう、合わせようとしていってしまったのかしら。(江川さん)

 私も小学校時代に有名中学を目指して失敗して、有名高校を目指している途中に下痢症状が始まり挫折しました。「社会に出ていくには、レールはこの1本しかないんだ」という強烈な信仰に近いような気持ちがあって、逆に言うと、落ちこぼれたらもう死ぬしかない。だから不登校になったときは、本当に怖かったです。下痢症状が始まってからも1年間抵抗して学校に通い続けたのは、「落ちこぼれたらもうだめだ」「レールから落ちたら死ぬんだ」と、ひたすら怖かったからです。(上山さん)




[VTR]親に認められたい

両親からの手紙
32歳の男性

 自分のひきこもりの根っこにあるのは、親に認められなかったことではないかと気づいた人もいます。

 32歳のこの男性は、親とのかっとうを乗り越え、4年間のひきこもりから回復しました。自分の思い通りにならないと怒鳴りつける、強権的な父親。母親は自分の気持ちを抑えつけ、いつもイライラしていました。子どもだから時には泣きわめきたいことがあっても、そうしちゃいけないという大きなプレッシャーがありました。親に認められる良い子であろうと、優秀な成績を修め、アメリカ留学、有名私立大学入学など、輝かしい経歴を築いてきた男性。しかし、親に認めてもらいたいと思っても、振り向いてもらえない。気持ちの満たされない男性は、やがてうつ状態になり、自分の部屋に閉じこもります。「自分を押さえ込んで生きてきた。それが行き詰ってしまって……。自分が自分のままでいられる場所は、自分の部屋しかなかったんです」

 その後、母親がカウンセリングを受け始め、父親に対しても自分の気持ちをぶつけるようになります。男性は「父親に歓迎されない気持ちであっても、自分の気持ちを率直にぶつけてみてもいいのではないか」と考えるようになりました。そしてある日、父親と真剣に話そうと試みた男性。父親を組み伏せ、罵詈雑言を浴びせつつも、胸の中にあったことを話し始めます。「ああそうか。そうだったんだ」。・・・父親の言葉に胸のつかえがおりました。その後男性は外に目が向き始め、現在はアルバイトを続けています。


 欲しい物は買ってもらえて、いい学校を出してもらって「何をぜいたくな」と言われるような条件にあっても、ひきこもりが長くある方に聞いてみると、本人は、なかなか肯定感というか、承認された感じを持っていないことが多いです。これはけっこう大事なポイントで、「自分はいい学校を出ているから自信がある」とか「いい仕事をしているから自信がある」というような条件付きではなく、根拠のないところで肯定されてこなかったということが原因になっているようです。
 だから、長くひきこもった方が最初に親御さんと対決するときには、どうしても「過去を返せ」という激しい罵倒からでないと入れない。そうすると親御さんは、身に覚えのないようなことを言われるので「そんなはずはない」と逆に怒ってしまうこともありますが、最初にたまりにたまった恨みを聞き取るということは、言ってみれば長くたまった「うみ」を出すような作業ですから、これはちゃんと聞いてあげてもらいたいです。じっくり最後まで聞き取って、「うみ出し」が終わったところでやっと話し合いの回路が開けるのです。(斎藤さん)

 すごく不思議なのですが、僕がひきこもっていたとき、茶の間は僕がいた部屋から一番遠くにあったのに、笑い声とかけんかをしている様子とか、すごくよく聞こえるんです。けんかをしていれば「ああ、僕のせいだ」と。逆に笑っているとホッとするんです。家族が楽しくやっていると、圧迫感というのは非常に減りますね。(大河原さん)




日本特有の現象なのか

 なぜ日本ではひきこもりの問題が家族の問題として、いつまでもあるのでしょうか。子どもはいつまでも親元を離れない。母親は子どもをひたすら隠してしまう。父親は世間体を気にして「世間の恥だ」と言ってしまう。日本の家族が抱えている文化のようなものなのでしょうか。 

 

斎藤さん  最近では、韓国や中国の一部でもひきこもりの若者が増えつつあるという報告もありますが、日本での突出ぶりというのは異常で、日本に特異的というのは、ある程度本当だろうと思います。
 日本には、仕事をする、しないは別として、パラサイトシングルと呼ばれる、親と同居している青年たちが、一説には1,000万人いるとも言われています。欧米圏においては、自立や成熟というものは、家から出ることとセットで考えられているので、成人しても親と同居して、まして親に養われるということ自体が恥であるという前提があるようです。ところが日本ではそういうことの前提はない。同居が異常だと思われないところが、非常に大きいと思います。それがうまく機能しているときは、お互いに頼りあって、いい形で家というものがつながっていくのですが、いったんこれが機能不全に陥ってしまうと、こういったひきこもりというような問題が起きてくるのかなと思ったりします。(斎藤さん)

 

 今、日本の社会、家族は核家族化し、密室状態になっているのではないか。それにも関わらず、その小さな単位でお年寄りの介護の問題、子育ての問題など、さまざまな役割を背負っていて、物事が解決しにくくなっているのでは。

田村さん 2つの意味で孤立していると思います。ひきこもっている本人が社会から孤立している。それから、ひきこもりを抱えたと思い込んでいる家族が社会から孤立している。ですから、本人の孤立をどうこうするよりも、まず家族が自分たちだけで抱えるのではなく、社会や地域と連携して、みんなで解決していこう。もっと日本が、社会の問題として考えていくようにしていったほうがいいと思います。(田村さん)




ひきこもりからの回復

 現実にひきこもりに直面したときに、どうやってそこから抜け出すのか、そのヒントをお2人の例から探ってみましょう。 まずは、宮崎県の菊川益子さん、幸治さん親子です。


[VTR]地域の人の輪に支えられて

幸治さんと古本屋の社長
幸治さんと古本屋の社長

菊川益子さん
菊川益子さん

 調理師の専門学校を卒業し、大阪でうどんのチェーン店に就職した幸治さん。しかし、会社に適合できず、自分に自信を持てなくて、3カ月で宮崎に帰ってきました。それから3年。家族と会話することもなく、昼夜逆転の生活が続きました。
 転機が訪れたのは、3歳年下の弟さんが大学受験に失敗し、ひどく荒れた時。益子さんは、「あんたも家族の一員なんだから」と幸治さんを呼び、家族会議を開きました。最初はふてくされていた幸治さんでしたが、やがて「自分には頭がない。お前はチャンスもあるし、能力もある。頑張らんか」と、口を開きました。「やっぱり兄弟だ。弟を思っていてくれたことがうれしい」父親は泣きました。「お兄ちゃん、ありがとう。僕、もう1回やってみるわ」。弟さんの言葉に、かたくなに閉ざした気持ちが動きました。
 2カ月後、幸治さんは自宅近くのスポーツクラブに通い始めます。1人プールに行き、誰とも言葉を交わさない幸治さん。しかし、幸治さんに泳ぎを教える人の輪は次第に広がっていきました。25m泳げたとき、本人も周りの人も手をたたいて喜びました。「自分にもまだ何かやれるかな」と自信がついてきた幸治さん。手を振って「さようなら」と言えるようにもなりました。
 自分の中に芽生えた小さな自信。仕事をという気持ちに自然につながったと言います。幸治さんが自分で見つけた仕事は、ひきこもっていた間も時折行っていた古本屋での仕事でした。「働かせてください」幸治さんの熱意を買ったという社長の松原さん。少しずつ仕事を覚え、心を開いていった幸治さんは、中学・高校時代にいじめられていたことや人と話すのが怖いという自分の心の内を打ち明けていきました。
 母の益子さんは「働き始めた息子と、何気ないおしゃべりをしながら食事をする。こんな穏やかな日々が訪れるとは、かつては想像もできないことでした。」といいます。



[VTR]デイケア・フリースペースで得た「仲間」

市川洋一さん
市川洋一さん

フリースペース「わたげ

フリースペース「わたげ
フリースペース「わたげ」

 仙台市に住む市川洋一さん29歳は、これまでに2度ひきこもった経験があります。

 中学1年の時、執拗な嫌がらせや暴力を受け続けた市川さん。「教師やクラスメートは誰一人助けてくれなかった」。3年生の3学期から完全に不登校になりました。ひきこもって1年半を過ぎたころ、強迫神経症の症状が現れ始めます。市川さんは、半年間の入院生活を送りました。
 転機が訪れたのは二十歳の時。仙台市の精神保健福祉センターのデイケアに通い、職員のきめ細やかな気配りの中で、軽作業やスポーツなどに取り組むうちに、少しずつ他人と交わる自信を取り戻した市川さん。「将来は福祉の道に進みたい」と考えるようになりました。
 専門学校に通いだした市川さん。しかし中学以来の学校生活は厳しく、友達をうまくつくることができません。1年で退学。ひきこもり生活に逆戻りしてしまいました。
 20代半ばとなっていた市川さん。「このままではいけない」という焦りが募っていたころ出会ったのが、NPOが運営する「わたげ」です。ここは自分と同じひきこもりや不登校の経験をもつ人たちが気軽に集える居場所でした。
 みんなでお花見に行く予定の日。メンバーの1人が「行きたくない」と部屋に閉じこもってしまいました。ほかのメンバーは一人一人、交代で彼のそばに行き、声を掛け続けました。
 「その子がうらやましかった。僕がこの子と同じ14歳の時に、家族以外にこんなに親身になってくれる人がいたら、人間不信になんかならなかったのに。自分はもっと早くこういう人と出会いたかった。生まれて初めて赤の他人を家族のように感じられた場でした。」
 福祉の仕事に就きたいと思い続けていた市川さん。ホームヘルパー2級の資格を取り、わたげから紹介された施設で痴呆や障害を抱えた人のお世話をしています。
 「すごくずぶとくなった。わたげに入る前の僕だったら、『もうだめ。やめる』って、初日でなっていたかもしれません」(市川さん)




回復へのヒント

 

上山さん

 

 スタジオの3人の皆さんがひきこもりから抜け出すきっかけとなったのは?

 難しい質問ですが、一つのきっかけとしては、母が親の会に参加して、僕のことを責めなくなったということです。家庭内の雰囲気が違うなと思っていたら、ふと気付いたら僕のほうから親に話しかけていました。僕自身もその数カ月前から「変わろう」と思って、メールフレンドを作ってみたりとか、いろいろやっていました。そんな時に、親の会の方から「こういう手伝いをやってみない?」と言われ、「社会はもう、僕のことを必要としていない」と思っていたのが、「僕を必要としている」と感じられて、「よし、頑張ってみよう」と。その時は将来の不安とかというより、「とにかく、今あることを頑張ってみよう」となっていました。(大河原さん)

 

 インターネットでアメリカに住んでいた日本人女性と知り合いました。彼女は悲惨な犯罪の被害に遭い、苦しい生活を送っていたんです。彼女との出会いは、何でも打ち明けられる、お互いが親身になれる、そういう本質的な出会いでした。こんな出会いはそんなに数があるわけではないと思いますが、「何か出会いがあるかもしれない」というその可能性に対する希望の芽を消さないでほしいです。(上山さん)

 

滝本さん  愛です、愛。去年の年末に実家に帰りまして、10年ぶりくらいに親と一緒に3カ月間、ゆっくり生活しました。そこで両親の愛を実感して、「ありがとう、お父さん、お母さん。これから僕は、今年こそはまともな人間になるよ」と決意しました。やはり愛が大事なので、今年は彼女でも作ってみたいです。(笑)
 それから、やはり体が資本です。体が弱ると精神も弱りますし、健全な精神は健全な肉体に宿ります。ですから、昼間外に出るのが嫌なら、夜中に公園でジョギングをしてみるとか、規則正しい早寝、早起き、三度のきちんとした食事。とりあえずこのあたりから始めているといいのではないですか。(滝本さん)



「出会い」の大切さ

斎藤さん

 ひきこもりから抜け出した経験者のお話を聞きますと、大体共通しているのは、抜け出すきっかけになったのは、第三者の手助けがあったということ。本人を肯定してくれる第三者との出会いというのが非常に決定的な意味を持つと思います。上山さんが「本質的な出会い」とおっしゃいましたが、やはり「出会い」が鍵を握っていると思います。ある方が「1人でいても何も起こらない。だけど、人といると何かが起こる」と言ったのですが、これには非常に感心しました。
 「何か」というのは、必ずしもいいことばかりとは限らない。嫌なことも含まれますが、いいことも入ってくる。その「何か」がひょっとしたら一つのきっかけになるのではないかと。ひきこもっている人が一番不利だと思うのは、いろいろな意味で出会いのチャンスが閉ざされている。もしくは自ら閉ざしているということ。きっかけをずっとつかみ損ねているのです。ですから、せめてそういう本質的な出会い、いつか訪れるはずのチャンスに心を閉じてしまわないという意味で、第三者との出会いに自分を開いていくという姿勢を保ってもらいたいと思います。(斎藤さん)

 

斎藤さん  特に親の方にお伝えしたいことは、子どもが社会とのつながりを回復させるのを、親が無理やりどうこうさせるというのは、できないということです。それは子どもが自分でやるしかない。むしろ親自身が、親の会などで同じ状況にあるほかの親御さんたちと出会い、つながりを持つということも重要でしょう。それから家族の中での出会いです。親自身が、夫婦間でつながる。親とその親とのつながりを回復させる。そうしていくうちに、自然に自分たちの子どもとつながっていくことができると考えています。(田村さん)

 

江川さん  きょう一番衝撃的だったのは、「本人も苦しんでいる」ということです。家族が苦しんでいることは想像が付きますけれども、本人たちの苦しみというのは、私は今までよくわからなかった。それと同時に「出会い」ということを考えると、この問題は本人と親と精神科医だけの問題ではなく、世間というのも非常に大きなかかわりを持っているのだなと思いました。ひきこもりにもいろいろな事情がありますけれども、その背景を見てみると、オウムの問題、カルトの問題、それからフリーターが増えているという現象の問題だとか、そういういろいろなことと接点があると思います。最初に斎藤先生がおっしゃったように、この問題は「現象」ですので、その背景を見てみると、社会全体が見えてくるような感じがします。だから、今、ひきこもりが一つの現象として問題化されていますけれども、単体で考えることではないということを、すごく感じました。(江川さん)

 




古屋 和雄 アナウンサー と 伊東 敏恵 アナウンサー

 誰よりも本人が悩んでいるということが分かりました。また、家族だけで切り開いていくのは難しいという気もします。社会の風をどう吹き込んでサポートしていけるのか。今後も引き続き考えていきたいと思っております。



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放送日時 教育テレビ 2月22日(土)午後21時〜23時
(再放送) 教育テレビ 3月9日(日)午前0時55分〜2時55分

*8日(土)の深夜です。




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