フレデリック・ウェスト

 

魂の本物の闇夜では、時計はいつも明け方の3時だ
                 ――F・スコット・フィッツジェラルド「崩壊」より

 


 

 フレデリック・ウェストはまさに「セックス・キラー」の名にふさわしい男だった。


 キュルテンと同様、性的に混乱した家庭に育ち、人生を性への妄念に注ぎきったといっても過言ではない。
 ロバート・サイモン博士はジェフリー・ダーマーについて語った際、「脳はもっとも重要なセックス器官だ」と述べたが、それはウェストの場合にもそっくりあてはまる。
 彼には飽くなき妄想があり、しかも他の殺人者たちとは違い、それを完璧に支持する得がたいパートナーを持っていた。彼自身の妻である。
 彼の妻ローズマリーは彼の犯行に加担しただけでなく、彼の妄念にぴったりと寄り添うかたちで加速し、彼とともに――いや、ときには彼以上に――年々その性癖をエスカレートさせていった。
 彼らはお互いを媒介としてセックスの怪物としてふくれあがっていった。たとえて言うなら、ペーター・キュルテンと、ヘンリー・リー・ルーカスの母親ヴァイオラが結婚したらこんな夫婦になったかもしれない、と思うほどだ。
 ウェストは怪物となるべくして生まれた男だったのかもしれない。
 しかし、その怪物性をより肥大させたのが妻ローズマリーであったことも間違いはないだろう。彼女に出会う前から彼は殺人者だった。しかしただの安っぽいチンピラ殺人者が、どうやって「怪物」となっていったかがありありとわかる、という点でもこれは特異な事件と言える。
 女が男次第であるように、男もまた、女次第であるということだ。

 

 

 

 フレデリック・ウェストは1941年9月29日、ヘリオードシャーのマッチ・マークル村に生まれた。
 彼は長男であり、母親の「秘蔵っ子」だった。
 マッチ・マークルはじつに典型的な「前近代的な村」であった。それは一般に「暗い話題、だがあらわにされなければならない真実」を見て見ぬふりでやりすごす、という習慣においてもっとも顕著にあらわれた。
 知的障害児、地主に孕まされた娘、家庭内暴力、近親相姦、そのすべてが村では「なかったこと」として処理され、無視された。
 ウェストの父親は、息子から想像される「父親像」にまったくぴったりの男だった。つまり性的にだらしなく、妻や子供に暴力をふるい、「娘の処女を奪うのは父親の特権だ」と公言してはばからないような男だったという意味だ。
 また、母親は彼と結婚したときはただの小娘だったが、次第に高圧的ともいえるほど強い女に変貌した。そして彼女もまた、子供には「鞭を惜しまない」ことを信条としていた。
 しかし、ウェストはそんな父親を死ぬまで尊敬していた。
「親父ほど、ものの道理のわかってた人間はいない」と彼はしみじみ言った。
 その「親父」とは、彼の妹を犯し「開通させるのは親の役目」とうそぶき、学校にもろくに生かせず家の家畜の世話を終日させるような男だったのだが――ウェストは彼を、
「人生のすべてを教えてくれた人」
と呼び、いやでたまらなかった勉強から解放してくれ、
「セックスはいくらでもやれ。ただ女の食いものにだけはなるな。ご馳走を出されたら、とにかく食え。食って、なおかつ騙されない男になれ」
 という『真理』をさずけてくれた人だと生涯信じていた。
 ともかくも、子供のころのウェストは不潔で家畜の匂いをぷんぷんさせた、協調性のない少年だった。
 彼の信念は、教師にほとんどかかわることがなかったため、ほとんど父親のそれをそっくり受け継ぐかたちで形成されていった。
 ――人づきあいを避け、自分の秘密を守り、同時に他人の秘密も守る。
 それがウェストの父親の信念、ひいてはウェスト自身の信念だった。

 ウェストは家畜の世話にあけくれた。学校の友達などいらなかった。ほとんど教育を受けなかったせいで彼は生涯においてほとんど文盲だったが、それは彼にとっては「必要ないもの」だったので問題はなかった――長い長い自叙伝を書く日がくるまでは。
 彼は屠殺の現場にもしょっちゅう立ち会った。豚の血抜きをする父親の鮮やかな手並みは彼をうっとりさせた。
 10歳前後、彼の周囲にあった環境はといえば、名前まで付けられていながら、ある日突然屠られて食われる家畜たち。無教育であり、躾は「親の機嫌をそこねなければよい」という程度のもの。妹に性的虐待をはたらきながら、「親の権利」と言い切る父親。そして彼に体罰を加えながらも、溺愛する母親である。
 いくら田舎だったとはいえ、とても1940年代の家庭とは思われない――だがこれが現実だった。
 ウェストは当然の結果として、性に早熟な少年に育った。
 その手ほどきは、「村のみんながやっている」として、彼の母親自身が行なった。
 彼女がウェストを自分のベッドに引き込んだのは、彼が13歳になる前のことだったらしい。その経験は、以後の彼の人生を大きく左右した。以来「それ」は彼の唯一絶対の趣味、情熱をそそぐべきただひとつの対象となったのだ。
 また、ウェストの父親は彼に獣姦の教育までほどこした。父親の性衝動はウェストに匹敵するほど強かったらしく、妻、実娘、家畜の三者を用いてようやく鎮まるようなものであったようだ。そして父と息子はそのうち2つを――妻(母親)と家畜――のちには、最後のひとつまで共有するようになった。
 性衝動はウェスト一家全員の人生にとって「不変の要素」だった。
 そして父親の「みんながやっていることだ」との台詞は子供らを納得させるには充分な力を持っていた。なにしろこのマッチ・マークルでは「秘密にしておかなければならないこと」が多すぎた。
 その行為が「秘密だからみんなしゃべらないけど、みんながやっていること」だと言われれば、子供たちは容易にそれを信じた。

 

 


 ウェストは15の歳から町のカフェで女の子をあさってはベッドにまで連れ込む「名人」となった。
 彼の戦術はといえば、「ひたすらしゃべりまくる」ことだった。嘘でもおべっかでも、その場限りの結婚の約束でも、なんでも彼は言った。
 教養こそないが、彼は馬鹿ではなかった。のちには婚約指輪をたずさえて歩くのが常にまでなった。
 16歳になる頃には彼はもういっぱしの凄腕だった。ちなみにそんな彼に対し、32歳の彼の母親――そしてまだ彼のベッドの相手でもあった――は、激しく嫉妬してたびたび彼をひっぱたいたという。

 16歳の秋、彼はオートバイ事故を起こし、7日間昏睡状態に陥るほどの重体に陥った。奇跡的に回復したものの、ウェストは以前より気むずかしく、短気になった。この事故が彼の脳になんらかの影響を与えたことは、充分考えられる。
 しかしそれは彼の性根を変えたというより、彼の本来の性癖を助長させたに過ぎなかったようだ。彼は女あさりにせっせと励み、そして同時に13歳の実妹を妊娠させた。彼はこの近親姦によって裁判にかけられたが、
「ほかのみんなもやってることだろ?」
 ときょとんとしていた、という。
 彼にとっては歳ごろの女が目の前にいれば、それは血縁であろうがなんであろうが「据え膳」であり、それを喰わない人間がいるなどとは、想像にもつかないことだったのだ。

 また、オートバイ事故から3年後、彼は口説こうとした女にひっぱたかれた勢いで崖から転落した。今度は丸1日昏睡した。目覚めた彼は、以前よりさらに少し怒りっぽい男になっていた。
 そして妹への近親姦の裁判において勝利し、無罪になった。
 この2度の大事故からの生還、そして裁判の勝利は彼に自信を植えつけた。
「俺はかならず生き残り、そして許される」と。

 

 

 21歳のとき、ウェストは最初の妻となるリーナと出会った。リーナは表向きはウエイトレスをしていたが、実際のところは売春婦で、ヒモ付きの女だった。しかも出会ったときにはすでに、そのヒモの子供を妊娠していた。
 そのときまでウェストは、「道徳的に逸脱した」性行為というものにはほとんど馴染みがなかった。彼は女あさりには熱心だったが、それほど知識はなかったのだ。なにしろ性の手ほどきをしてくれたのが生粋の田舎者である実の母親だったのだから無理からぬ話ではあるが――ともかく、彼はこの経験豊富な、性的技巧にたけたリーナに夢中になった。
 お腹の子はウェストが、「コルク抜きのようなものが先端についた、おぞましい器具」とやらで堕胎手術をこころみたが、失敗した。
 ウェストとリーナは誰にも祝福されないまま、そしてお互いに愛情があるのかどうかもあやしいような状態で、結婚した。
 式の5分前、ウェストは弟に、
「あの女と代わりに結婚してくれたら5ポンドやるぜ」
 とにやにやしながら持ちかけたが、弟は断った。
 4ヵ月後、リーナはパキスタン人のヒモとの間にできた、混血の女児を産み落とした。名はシャーメイン。
 ウェストはアイスクリーム巡回販売のヴァンの運転手として働き、妻と性交渉をもちながらも、せっせと女をひっかけた。またリーナも、パキスタン人のヒモとウェストとの間を往復しながら、売春婦として稼ぐのもやめてはいなかったようだ。
 しかしウェストが23歳、リーナが19歳のとき、今度は彼ら夫婦の子供ができる。リーナは「自分で編み棒を突っ込んで」中絶をはかったが、またしても失敗した。
 生まれたのはやはり今度も女児だった。ウェストは赤ん坊をアンナ・マリーと名づけ、舐めるように可愛がった。その反面、妻とそのヒモとの間にできたシャーメインには冷たくあたり、少しでもいらだつことがあれば殴りつけた。

 

 



 そんな綱わたりのような生活の中、ウェストはアイスクリーム・ヴァンで誤って子供を轢き殺してしまう。
 ウェストは病院に運ばれたが、抜け出して帰ってみると妻は暴走族の男たちとベッドにいた。ウェストは逆上して妻を殴り、通報されて警察へ逆戻りになった。

 また、リーナは2番目の娘のこともヒモに対し「あなたの子よ」と言いはっていたらしい。
 しかしアンナ・マリーはどう見ても混血ではなかった。このパキスタン人男性は怒り、ウェストを叩き出した。もともと喧嘩沙汰が苦手で男に対しては強く出られないウェストは、おとなしくこれに従った。
 しかしリーナの友達で16歳のアンナ・マクフォールはどうやらウェストに首ったけだったらしく、彼が子供たちを取りもどすのを手伝った。
 子供を連れて田舎に戻ったはいいが、母親リーナはふたりの女児(とくにシャーメイン)の面倒をみることを拒んだので、彼は児童局に子供を預けることにした。このときの記録によると子供たちはふたりとも「哀れな状態」で、「初めから衣服をちゃんと整えてやらなければならない」ような有様だったらしい。
 ともかく、もうアイスクリーム・ヴァンの運転手はできなくなった。
 次にウェストがついた職業は、屠殺業だった。

 ウェストはもちろん、アンナ・マクフォールとねんごろになった。
 ウェストが死ぬ直前、うまれてはじめて字の書き方を一生懸命に練習しながら書いた自伝のタイトルは『わたしは天使に愛された』というものだが、この『天使』とはアンナのことなのである。

 ウェストはこの自伝の中で、アンナと自分の愛がいかにロマンティックで美しいものだったかを延々とつたない文章で綴っているが、現実の彼は相変わらず短気で、女子供を平気で殴りつけ、頭の中は、「どうやったら今までやったことのない女とやれるのか」だけという、およそロマンには程遠い男だった。
 しかしまだ16、7歳のアンナは、自分がこの男をまっとうな人間に戻してやれると信じこんでいたらしい。

「愛の力は偉大だ」という、いかにもうぶな小娘らしい勘違いである。そしてそれが彼女の命とりになった。
 ウェストは自伝の中でこう書いている。


「アンのからだはきぬのようなかんじで、はるのはなのかおりがした……。じぶんをあいしてくれる天使からキスされるのはすばらしいけど、ふしぎなものだ。」


 この甘ったるい文章を書いたのと同じ指で、ウェストは妊娠7ヶ月の『天使』の両手を縛り、犯しながら心臓を一突きにした。そして解体して埋めた。
 解体作業はいまやお手のものだった。彼はなんのためらいもなく『天使』の5体をばらばらにし、腹から赤ん坊を引きずり出し、手足の指を合わせて全身から42本の骨を取り除き、持ち帰った。「記念としての死体保存」。典型的な行為である。
 ウェストがアンナを殺害したのは、結婚をせまられたからだというのが主力な説となっている。だが彼は最後の自伝にまで、「リーナがアンをさした」と書いているので、真相はわからない。
 ただわかっているのはこれが嘘で、犯行はあきらかにウェストの犯したものであるということだけだ。ウェストがこのあと少なくとも11件犯した罪と、この手口はほとんどそっくり同じだからだ。これはウェストが死体に署名していったのも同然、と言えるほど明白である。
 だが誰もアンナがいなくなったことを気にとめなかった。この死体が発見されるのは、1994年のことになる。

 

 


 ウェストはリーナとよりを戻した。だが付かず離れずの腐れ縁、といった関係はあいかわらずだったようだ。彼は屠殺業者を辞め、今度は穀物・動物飼料メーカーに肉体労働の職を得た。リーナは当然のごとく売春を再開した。子供たちは施設と両親の間を行ったりきたりであった。
 その頃にはもう、ウェストの人生における基本姿勢はがっちりと固まっていた。
 他人は騙すために、法律は曲げるために、女は食い物にするためにある。
 彼は人なつっこい笑顔と如才ない態度で、女の子を舌先三寸でまるめこんではトレーラーハウスに連れ込んだ。そして妻が被写体となったポルノ写真を見せた。もちろん見せる前にはトレーラーハウスのドアをロックしておくことを彼は忘れはしなかった。
 この時期、15歳の少女がバス停留所で姿を目撃されたのを最後に失踪している。彼女は死体はおろかなんの痕跡もいまだ発見されないまま、文字通り消え失せてしまった。
 ウェストの故郷の森にはまだまだ秘密が眠っているのかもしれない。しかしウェストは最後まで、自分からそれを明かすそぶりは見せなかった。
 ――秘密は守れ。
 彼は尊敬する父親の教えを守りとおした、とも言えるだろう。
 この少女の探索が頂点に達したころ、おそらくうすうすはすべてを勘付いていたと思われるウェストの母、デイジーが突然の心臓発作にみまわれ、44歳で死去した。
 彼女の「秘蔵っ子」フレッドは葬儀で涙ひとつ見せず、
「おふくろの服を売らなくちゃな」
 とだけ言った。

 

 

 

 1969年に入り、リーナはまたウェストから離れ、別の男と出ていった。リーナはこれっぽっちも夫を恐れていなかった。むしろウェストのほうが、自分よりはるかに物知りで世慣れたリーナを恐れていたふしがある。
 ともかくリーナはウェストにとって、最良のパートナーではありえなかった。
 アンナ・マクフォールは彼と同じ世界を共有すること、従順で無垢な「性の弟子」として彼に仕えることをほのめかしてくれた最初の女――そして同時に彼に殺人の味を覚えさせたという意味でも最初の女だった。そういう意味でまさしくアンナは彼に取ってかけがえのない存在、『天使』であったのかもしれない。
 彼女を失ったことで、ウェストは自分が欲しているものをはっきりと悟ることができた。
 人生において唯一絶対の理想的な伴侶。ベスト・パートナーである。
 たいていの場合、人はこれを見つけることはできない。だがフレデリック・ウェストは出会ってしまったのだ。
 彼女の名はローズマリー・レッツ。まだ16歳の少女だった。
 リーナが出ていってしまったので、ウェストはふたりの娘の乳母をしてくれる女の子を捜していた。そしてバス停留所に突っ立っていたこの少女を発見したのである。



 

 恋人達が親密になるのは、脳のもっともプライヴェートな部分である「性的イマジネーション」を共有するからだ。しかしその共有感はたいていにおいて永くは続かない――さまざまな障害や食い違いによって。
 だが彼らは違った。ローズマリーはウェストの性的欲求と願望、イマジネーションをすべて吸収し、受け止め、しかもエスカレートしていったのだ。まさに彼らはお互いにとって「得がたいパートナー」だった。
 もっともそうなれたのは、もちろんローズにその素地があったからである。

 

 

 

 

 ローズマリー・レッツは1953年、ウェストより12年遅れて(日本流に言うなら干支でひとまわり離れて)誕生した。
 レッツ家とウェスト家は、多くの点で共通点をかかえていた。父親が暴力(肉体的にも、性的にも)をふるうこと。母親は最初内気な女だったが、次第に夫に感化され、同じく暴力的な女になっていったこと。
 ただウェスト家の破綻は子供たちの生まれる前からはじまっていたが、レッツ家の場合は父が海軍から退き、家に居つくようになってからだった。
 異常なほど几帳面で規律正しく、傲慢な彼は軍隊以外の職場ではまったく受け入れられなかった。たちまち彼は職を失い、家族にあたりちらした。彼は典型的な家庭内暴君だった。


 妻は不安神経症と鬱病にさいなまれ、精神科医からひんぱんに電気ショック療法を受けるようになった。そして彼女が4番目の娘、ローズを身篭る)
のは、彼女の剃りあげられた頭蓋に電気ショックがほどこされている期間の真っ最中だったのである。
 ローズが胎内にいる間も、母親は電気ショック療法を受けつづけた。
 ようやく月満ちて生まれ落ちたローズは2歳になったころには「知恵遅れ」と見なされていた。
 座って虚空をぼんやり見つめながら、口をあけて体を左右に揺すっている彼女はたしかにそう見えたかもしれない。現にけして知能は高くはなかった。読み書きや計算の初歩ですら、苦闘を重ねてやっと覚えられるレベルでしかなかった。だが、彼女は本能的に鋭く、少なくとも愚かではなかった。
 ローズの父親はウェストの父が実娘にしたのと同様、彼女に性の手ほどきを行なった。彼女はそれに素早く順応し、ほかの兄弟なら手ひどく殴られるようなことでも、自分は父親の欲求さえ満たしていれば罰をまぬがれることを察知した。
 近親相姦のゴシップと、父親の社会適応力の乏しさのため、一家はあちこちを転々としなければならなかった。そんな生活の中、ローズは家庭の「第2の権力」を握り、「第2の暴君」となっていった。
 年下の弟妹の世話をまかされた彼女は、彼らに性的虐待を加えた。典型的な「虐待の連鎖」である。また家の中だけでなく、外でもありとあらゆる男たちに媚態を示した。
 セックス・アピールは彼女の両親が唯一教えてくれた、「役立つ武器」だった。
 1969年のはじめには、弟たちを連れて母親が家出している。が、ローズはもちろん連れていかれなかった。
 14歳のころには30代の男と同棲したが、淫行罪で警察の注意が入り、結局父親のもとに戻った。
 そんなある日、彼女はフレデリック・ウェストに出会ったのである。

 


 ローズとウェストは、こうして見ると「似た者同士」であることがわかる。
 ともにひどい虐待を受け、人格の正常な発達をさまたげられながら成長している。しかも彼らの育った時代は都会と田舎との意識の差が激しく、マスコミの発達した今ならあきらかに「異常」「虐待」とされることも、人々の間で内々に処理される、「倫理のエア・ポケット時代」であった。
 そして彼らの子供が生まれる頃には――もう、時代は違っていた。
 病んだ家庭の犠牲者でもあり、また正当な継承者でもあったこの2人は、「その時代の終息」にいたるまでをともに歩みつづけることになる。

 ローズはウェストに出会った当初から、はっきりとリーナの後釜にすわる気だった。娘ふたりが施設に保護されていた期間ですら、彼女はウェストのトレーラーハウスに居座っている。
 ローズの父親は無論ふたりの交際に反対したが、彼女は「裁判所に訴えられないようにするには、わたしを妊娠させるしかないわよ」と言い、ウェストはそれに応じた。
 こうしてふたりの「虐待された魂」は結びつき、ついには「セックスの怪物」としてほとんど一体化を果たすことになる。

 

 

 父親に幼い頃から性奴として仕込まれたローズは、「支配されながら、同時に相手を支配する」ことを肌で知っていた。
 ローズはウェストの前で、リーナ以上に恥知らずな、不道徳な女になってみせるつもりであった。彼女は虐待による人格障害者がたいていそうであるように、自己評価が低く、自分の尊厳や誇りというものに興味がなかった。
 彼女はウェストのどんなサディスティックな求めにも応じた。売春婦になることも、彼のために他の女をトレーラーに誘いこむことも平気だった。
 ウェストは首尾よくローズを妊娠させた。そしてシャーメインだけを引き取りたがったリーナを出し抜いて、娘ふたりを施設から連れ出すと、そのままローズとともにグロスターへ逃亡した。



 アンナ・マリーとシャーメインは、幼い頃から施設と里親とトレーラーハウスを絶えず行ったり来たりして育ったが、この劣悪な環境にしては奇跡的なほど正常に育っていたらしい。ただシャーメインは明るく活発だったが、アンナ・マリーは内気な少女だった。
 アンナ・マリーは実娘であったのでウェストのごひいきだったが、シャーメインはそうではなかった。
 この混血の少女は、お腹が大きくなるにつれ不機嫌になるローズの、ストレスの捌け口にされた。ウェストはそれを見て見ぬふりをした――というより、それを奨励していた。
 ローズが子供を出産してしまうと、夫婦の誰の血もひいていないシャーメインへの虐待はさらに強まった。
 子供が産まれてすぐ、ウェストは詐欺と窃盗の罪で服役する。彼はサイコパスらしい柔軟さで、模範囚として刑務所生活を過ごした。
 その間、ローズが彼の面会に足しげく通っては、彼がいない間の自分の性体験を語って聞かせ、彼を興奮させる手助けをした。
 シャーメインは当然のことながらローズになつかず、彼女もまたサイコパスらしい感覚の鋭さで、ウェストがこの娘をうとんじていることを察知して、せっせと虐待に精を出した。
 ウェストはローズに服役中、こう手紙に記している。
「シャーのこと、イエスかノーか。おれはイエスだ。けどおまえがきめることだ、ダーリン。アッハハ。おまえとアンナとヘザー(ふたりの間に生まれた娘の名)をいつまでも愛してるよ」
 あきらかにこの虐待劇を背後から演出していたのはウェストだった。
 しばらくして、わずか8歳のシャーメインは、「失踪」した。
 学校の記録によれば「ロンドンへ転居」。しかし実際にはもちろん、この少女はどこへも行かなかった。この死体が発見されるのはやはり1994年になるのを待たなければならない。
 そしてほぼ同時に、この子の母親であるリーナも同じ道をたどった。彼女はもうウェストにとって「用なし」だったからだ。この遺体もまた、1994年になるまでは発見されない。
 しかしここで特筆すべきは、シャーメインが殺されて埋められたとき、全裸で縛られていたということである。8歳のこの少女はすでにウェストの性欲の対象範囲内だった。
 おそらく彼女は縛られて義父にレイプされ、(それを手伝ったのは当時17歳の、育ての母である)その最中に絞め殺されたか、刺し殺されたのだ。ウェストは少女の遺体から、40本ほどの骨を抜き取っている。
 この犯行はウェストとローズをさらに固く結びつかせた。彼らは今や「最良のセックス・パートナー」であるだけでなく、「共犯者」でもあった。

 

 

 彼ら夫婦はグロスターに一軒家をかまえた。そしてそのうち4室を、下宿人に貸すことにした。
 家には地下室もついており、まさに彼らにぴったりの家だった。
 ローズはこの家をねぐらとして、完全な売春婦となる。下宿人で家賃が払えない者は、ウェストに「金が払えないならローズとセックスしろ」と命じられた。
 ウェストはローズが、黒人男か若い女とベッドに入るのを特に喜んだ。彼はホモセクシュアルを忌み嫌っていたが、彼の感覚ではレズビアンは「きれいで、まとも」だった。
 ローズが客をとるのを、ウェストは壁の穴から覗き見るのが常だった。そして客が帰ってしまうとただちに妻の汚れた下着を脱がせ、ガラス瓶に入れて保存した。そのあとは必ず、「客とどんなふうに、何をしたか」を執拗に聞きながら妻と交わった。
 ウェストは1972年の秋、ヒッチハイクをしていた17歳の少女を拾い、そのまま乳母として雇い入れた。彼女の証言によると、ウェスト夫妻は、
「ほんとにすてきな人たちだった。親切で、優しいご夫妻」
 だったそうである。
 しかし獲物を手中に入れるやいなや、彼らは態度を豹変させる。
 彼ら夫婦はこの少女を拘束し、2人がかりでさんざん玩具にした。しかしこの少女は運良く脱走に成功し、生きのびた。ウェスト夫妻はこの1件で暴行罪と強制猥褻罪で50ポンドの罰金を課せられた。
 この失敗はウェスト夫妻に大きな教訓を与えることになる。
 彼らはこのときから、1994年の逮捕の瞬間がくるまで、犠牲者をこの家から逃してはいない。



 


 これとほぼ時を同じくして、ウェストは8歳になった長女のアンナ・マリーを性的に犯しはじめている。もちろんローズがすすんでそれに協力した。
 ウェストは父の教えに忠実だった。すなわち「娘の処女は父親のもの」というわけだ。
 わずか8歳の長女は地下室に連れ込まれ、縛られ猿ぐつわをはめられて、実父にレイプされた。そして11歳しか離れていない義母に、電動の性具で長時間いたぶられた。
 アンナ・マリーは16歳で家出するまで、この苦行に耐えつづけた。彼女が命を落とさずに済んだのは、死んだシャーメインとは違って内気でおとなしく、両親にはむかわなかったという一点に尽きる。
 両親は彼女に性具を取りつけ、1日中それを彼女の体内に挿入しておくことを命じた。少女にとってもちろんそれは苦痛をしかもたらさなかったが、両親は彼女のスカートをめくりあげては、手を打って笑った。
 ウェストが仕事に出かけたあと、ローズがひとりで彼女を地下室に連れていくこともあった。
 ローズは少女を裸にして縛り、罵りながら殴り、性具で痛めつけた。なにしろアンナは彼女の実子ではなかった。ランチに戻ってきた父・ウェストは縛られて吊るされている娘を見ると、もちろん止めることなくそのまま長女をレイプし、また仕事へ出かけていった。
 9歳の誕生日に、アンナは学校のプールで失神し、病院に運ばれた。またふくらんでもいない胸に多数の傷があるのを看護婦は発見したが、アンナは事故でついた傷だ、と言った。
 ローズはアンナを、ウェストをめぐるライバルとして見なしていたようだ。彼女を事あるごとに皮ベルトでひっぱたき、熱湯風呂につからせ、幼い弟妹たちを使って彼女の体に卑猥な落書きをさせたあと、父親が帰ってくるまで裸でいることを命じた。ウェストは帰ってきてそれを見ると、喜んで大笑いした。



 

 彼らの家に下宿人が絶えることはついぞなかった。施設から脱走してきた子、家出して行くあてのない子のほとんどが彼らの家に集まった。
 そしてウェスト夫妻の、このあと20年にわたって続く一定のパターンが確立されたのもこの頃である。
 1973年4月、19歳のお針子が失踪した。
 彼女は以前よりウェスト家に入りびたっていたうちの1人だった。そしてある日、彼女は「地下室」に連れ込まれることになる。
 ウェストは逮捕後も自分の犯行についてほとんど真実を語らなかったため、詳しいことは検死結果や状況証拠などから判断するしかない。
 19歳の少女は全裸にされて足首で逆さ吊りにされ、性具で体中の穴を責められた。何人かのローズの客が、この鹿肉のようにぶら下げられた少女のもとを訪れて情交したとも思われる。
 彼女が何日間、そこで吊るされていたのかは不明だ。ただ性的虐待のあと、(彼女がふたりにとって性的魅力を失ってきた頃)肉体的虐待に切り替わったことは疑いない。
 死に至る何時間――いや何日かの間に、彼女は「人間」から「1個の肉塊」にまでおとしめられた。
 あきらかに生前に、彼女は手足の指、手首を切り落とされた。また、決して逃亡できないよう膝を叩き切られ、膝蓋骨を抜かれた。肋骨と胸骨も取り除かれ、彼女は解体された鶏のような姿になった。
 最期はウェストの言によれば「絞め殺した」ということだが、彼女の意識がその頃には完全になくなっていたことを祈るばかりである。
 ウェストは死んだ19歳のお針子の手足を付け根からはずし、頭部を切断してガレージ下の検査口に投げこんだ。その前に「戦利品」として遺体から120本以上の骨を取り去ることも忘れなかった。
 この遺体もまた、1994年になるまで発見されないこととなる。

 1973年11月、15歳の少女が失踪。
 彼女も同じく吊るされ、何日にもわたって性的に辱められたあげく、拷問され、手足を切断された。おそるべきことに、彼女が首と胴体を切り離されるとき、まだ生きていた可能性すらある。ウェストはまたも彼女から骨を取り去り、ばらばらになった体を地下室の床下に埋めた。
 1973年12月、21歳の女子学生が失踪。
 彼女はおそらく1週間にわたって生きていたが、その間拷問がつづいていたことは間違いない。彼女は何も言えず、何も見えないよう、顔から頭にかけてをテープでぐるぐる巻きにされ、小さな空気穴だけを開けられた。検死結果、彼女の皮膚の一部は「生きているうちに剥がされ」、「おそらく火の使用を含む肉体的拷問」を受けたとされた。
 膝蓋骨と肋骨ももちろん、いつもの手口として切除された。そしてこれもまた当然のごとく、遺体からは70本もの骨が抜かれた。
 ウェストがこれら犠牲者から抜き取った骨をどうしていたのか、どこに隠していたかは今もって不明である。

 1974年4月、21歳のスイス人女子学生、失踪。
 彼女を待ち受けていたのもやはり性的虐待、拷問、切断の1連の手順であった。彼女は生きたまま頭皮を剥がされ、首を切断され埋められた。首のなくなった遺体とウェストは交わった可能性があるという。
 彼は遺体を徹底的に解体するのを好んだ。手足(指紋)を奪われ、頭部(顔)をなくした女たちはもう一個人ではなく「女の死体」という「記号」に過ぎない。彼は人間性を彼女たちから完全に剥奪することで、自分が得た究極の支配権を確認した。
 1974年11月、15歳の少女失踪。
 彼女も吊るされ、顔面から頭部をテープでぐるぐる巻きにされ、炎による虐待を受けた。そればかりか、ことによるとウェストの性的妄想をかきたてるべく、大型犬と交わらされた可能性もあった。ウェストは幼い頃から家畜に馴れ親しんでいたし、動物の発情のさせかたも心得ていた。また彼は常々「ローズを牡牛とやらせてやりたい」とも言っていた。
 この少女が掘りおこされたとき、頭蓋はまだマスクのようにぴっちりとテープで覆われたままだった。

 1975年4月、18歳の少女失踪。
 彼女は生きたまま膝蓋骨を抜かれ、手首を切断された。また、プラステイックの筒を挿入され、その中に生きたマウスを放りこまれたかもしれなかった。
 1978年6月、17歳の下宿人の少女が失踪。
 彼女はウェストの子を妊娠したため、ローズの不興をかって殺された。またその前年、ローズはあきらかにウェストの子供ではない黒い肌の子供を生んでおり、
「ローズに対するあてつけもちょっぴりあって、それで孕ませたのかもな」
 とウェストは言っている。彼女はいままでの犠牲者とほぼ同じ拷問を受けた。その上ローズに「腕を付け根まで、体内に突っ込まれて」胎児を押しあげられ、潰された。

 その間、ウェスト家の子供たちは性的に、精神的に、肉体的に虐待されつづけていた。
 アンナ・マリーは義母とともに客をとらなければならず、15歳のときには父の子を妊娠したが、子宮外妊娠だったので子供が産み落とされることはなかった。
 16歳で彼女は家出し、そのあと丸3年間行方を絶った。
 ローズの子供は5人になっていた。彼女は売春婦をやるかたわら、実の父親ともまだ性的交渉を持っていた。ウェストは例のごとく、それを壁の穴から覗いて興奮した。

 1979年9月、17歳の少女、失踪。
 彼女はいつもの数日間にわたる責め苦を、ウェスト夫妻によって「スナッフ・ムーヴィー」として撮影された可能性がある。ウェストの撮る自作のポルノ・ビデオはたいてい妻が主役だったが、そうでないことも稀にあった。
 1983年、ローズは8番目の子を生み、直後に不妊手術を受けた。
 この頃、上の娘たちは13歳と12歳になっており、ウェストの「性的対象の範囲内」になっていた。
 彼女たちは父の性的暴力から身を守るため共同戦線を張り、お互いが着替えをしている間やシャワーを浴びている間、交替して見張りに立った。これはウェストを激怒させた。
 次女のヘザーは父親の要求をはねつけつづけ、特に父親の怒りをかった。ウェストは彼女が自分を受け入れないことを「レズビアンだからだ」とののしり、不安とストレスによる神経症でぼうっとしていると「ヤク中」と決めつけた。
 しかしヘザーの抵抗も、いつも成功するわけではなかった。5回に1回は失敗し、彼女は地下室に連れこまれた。隣人の何人かが地下室から聞こえてくる、
「やめて、パパ」
「いやだったら、お願い。いや」
 という悲鳴を聞いている。そのたびローズは、
「ヘザーは悪い夢をみる癖があるの」
 と言った。
 だがウェストが彼女に求めたのは、かつて長女アンナにさせたような、肉体だけではなく精神にも至る完全な隷属だった。しかしヘザーはそれを拒みとおした。
 1987年6月、16歳になったヘザーが失踪。
 ウェスト夫妻は「ヘザーは家出した」、「レズビアンの恋人と出ていった」と説明したが、もちろんこの哀れな次女は、どこへも行ったのではなかった。彼女はいままでの犠牲者とそっくり同じ扱いを受け、解体され、骨を抜かれて、中庭に埋められたのだ。
 ヘザー・ウェストはウェストとローズの間にできた、最初の実の娘であった。

 

 


 だが、ほころびは思わぬところから生じる。
 1992年8月、巡査と話していた12歳の少女が突然、
「おまわりさん、友達がおとうさんに乱暴されてるとしたら、どうする?」
 と訊いた。
 しばしのジョークめいたやりとりのあと、巡査は誰が被害にあっているのかと質問した。少女の話では「友達がお父さんにソファや倉庫で痛いことをされて、それをビデオに撮られたみたいだから心配してる」とのことだった。その「友達」とは、ウェストの娘のひとりだった。
 巡査はそれを上司に報告し、ただちに捜査がはじまった。
 同年8月、フレデリック・ウェストは娘たちに対する強姦3件、獣姦1件の罪で逮捕される。同時に幼い5人の子供たちに対する緊急保護命令が出た。
 ローズマリーも「残虐行為」及び「児童に対する不法性交の奨励」で逮捕された。が、これは保釈になった。
 翌年6月、ウェスト夫妻は法廷に立たされる。しかし証人である彼らの子供たちが証言を拒んだため、ふたりは無罪になった。ウェストとローズは抱きあって喜んだ。子供たちが手元に戻されることはなかったものの、一応の勝利ではあった。
 だがその時すでに、新たな捜査の手が、彼らふたりに向かって伸びていた。


 ヘザーの失踪に対する捜査である。

 

 

 

 

 

  1994年2月、グロスター署の捜査チームがヘザー・ウェストの失踪に対する正式な捜査令状を持ち、ウェストを訪れた。この夜、ローズとウェストは一晩かかって話し合い、
「すべて隠しとおすのは無理だ。ヘザーだけ発見させよう。……1件の殺人なら、模範囚でいれば短期で釈放される見込みがある」
 として、すべての罪はウェストがかぶることに取り決めた。
 翌日、ウェストは娘の殺害を自供した。そして「殺意はなかった、事故だ」と主張した。
 さらに翌日、中庭の発掘がはじまった。その夜の7時半、複数の骨が中庭から発見されたという報告が入り、担当女性刑事はウェストに問うた。
「ひとつ質問するけど、お宅の庭には他にも誰か埋められてるの?」
「いや、ヘザーだけだ」
「あんたはヘザーを庭中に撒き散らしたとは言わなかったし、ヘザーは3本脚じゃなかったわ」
 ウェストはしばらく黙り込んだ。
「ウェスト、このもう1本の脚が誰のものか、あんたは知ってるんでしょう?」
 この瞬間、彼はもう2度と自由の身にはなれないだろうことを悟った。彼はうなずいた。

「ああ。――ろくでもない女だった」

 

 



 ウェストはこの日から3月上旬にかけて、12件の殺害を自供。
 ウェスト家からは9体の死体が、その他彼の自供した場所から3体の死体が発見された。
 ローズもまた、共犯として逮捕された。ウェストは最初のうちこそ彼女をかばったが、彼女の態度がはっきりと、自分を切り捨てにかかっていることを見てとるや、彼女に罪をなすりつけはじめた。
 獄中で彼が苦労しながら書いた自伝では、彼女が主犯格だった、というものが何件か出てくる。しかしこの自伝はほとんどが嘘で固められており、信憑性はほとんどない。
 ウェストは息子たちや看守に、実は12人以上殺していることをほのめかした。しかし警察には断固として話そうとはしなかった。彼は自分のまわりに謎を張りめぐらしておくのが好きだった。「秘密は守れ」である。


 実際、12人という数字は少なすぎるように思える。
 何人の女性が彼によって殺されたかその正確な総数はもはや知りようがないが、1970年代初頭から彼は規則正しく殺人を犯している。それが1年に3件として、彼がその後20年間同じペースを保っていたとすれば、犠牲者60人という数字も大いにあり得る。たいていにおいてシリアル・キラーというのはペースを早めていくのが常であるから、それを想定したならもう数字は見当もつかないものになるだろう。

 1995年元日、またもウェストは法の手をかいくぐることに成功した。
 しかし、それが最後の成功だった。
 彼はローズに「新年おめでとう。ありったけの愛をこめて」と書きのこし、裁判にかけられる前に独房で縊死した。
 同年11月、ローズマリー・ウェストは10件の終身刑を受けた。控訴は棄却され、刑は確定した。
 また翌年ウェストの弟が姪のアンナ・マリーともうひとりの少女強姦罪によって逮捕され、縊死。兄と同じく、彼もまた事件に関する遺書は残さなかった。

 

 

 

 

 これ以後、ウェスト家に関する記事は紙面にあらわれることなく、この血統の「負の連鎖」はいったん終わったかに見えた。
 しかし2004年12月、ウェストとローズマリーの息子スティーヴンが10代の少女と性的交渉をもったかどで逮捕されるという事件が起こる。
 負の輪はいつか閉じるものであると、せめて我々としてはそう楽観的に祈るほかはない。